ヤ サ シ イ セ カ イ 6
ファンタジーなダーク系のお話です
三人目の主人公の物語です
ひとまずプロローグを書ききったのでこの話は一旦休止し、
しばらく表のほうでヤサシイ気持ちを補給してきます
メリハリですよ、メリハリ!!
ヤ サ シ イ セ カ イ ~ソウルイーター 1
*:ドラウザ
地下書庫には書架以外にも、さまざまな物が用意されている。
風呂やトイレが完備され、一ヶ月分の食糧を蓄えた食料室があり、極端な話、一生この穴倉から出ずとも生きていけるだけの環境が整えられていた。
そしてドラウザは、王から『二度と我々の前に姿を見せるな』と強く命じられている。
その意味がわからないほど愚かではない。外へ出ようものなら、たちまち王国最強の男によって切り殺されるだろう。
さらに地下深くには牢獄が存在するが、ここも似たようなものだとドラウザは思った。
ナクア姫の顔を見ることすら出来ない地獄のような暮らしに嘆息しながら、それでも命を捨てる気にはなれず階段を下りる。
最後の段差を下りてすぐ正面に、簡素な長机のカウンターがあった。
カウンター奥に座る女はドラウザに見向きもせず、手元の書籍に視線を落としたままだ。
顔立ちは美しく、特に金色と緋色をそれぞれに宿した瞳は宝石のように輝いていた。だが長い銀髪から突き出た耳を見た途端、嫌悪感に顔を歪ませる。
(おぞましいエルフめ……っ)
「マギカ、と申します」
苦々しく睨みつけていると、唐突に女が口を開いた。
本を静かに閉じ、細い目がようやくドラウザを捉える。
「話は、聞いています。地下書庫へようこそ、ドラウザ様」
「ふん……っ、エルフに歓迎されたところで、気分が悪くなるだけだ」
「おやおや、初対面なのに嫌われたものですね」
マギカと名乗った女はいやに芝居がかった口調でうっすらと微笑むと、カウンターから席を立ちドラウザに歩み寄ってきた。
「それ以上、近づくな! 汚らわしい!」
「ご自身の立場を理解されていないようで?」
「何?」
「あなたは、私の、部下です」
口調はあくまで穏やかなまま、槍のような鋭い言葉が刺さる。
改まって突きつけられた己の地位にドラウザは強く歯軋りをし、怒りから顔を真っ赤にした。
「図に乗るなよ、エルフ風情が……ッ! ワシはこんな所で終わらんぞ、終わるものか!」
「期待しています。早速、仕事を始めてください」
抑揚の少ない喋り方を微塵も崩さず、女がカウンター脇を指差す。
台車に大量の本が積まれていた。ドラウザの身長をゆうに超える高さだ。
「……な、なんだあれは」
「こちらが、地下書庫の見取り図です」
呆然とするドラウザを無視して、マギカが半紙を差し出してくる。
地図だった。王城の敷地と同等の広大さでありながら、所狭しと書棚が立ち並ぶ様はまるで迷路のようだ。
「そちらの本は全て60Bの書架に収納してください。本の詰め方はご存知ですか、大臣様?」
馬鹿にされたことすら気付かず、ドラウザは震える手で地図を指差した。
「わ、ワシ一人でか? 貴様は? 従者はおらんのか! ここから60Bとやらまで、どれだけ距離があると……!」
「良い運動になるのではないですか? ドラウザ様は少々肥えすぎかと」
「ぐ、愚弄するか! エルフの分際で!」
「そのエルフより下等な身分であると自覚してくださいませ?」
気取った調子で恭しく身体を折り、カウンターの奥に引っ込む。
ドラウザは反論しようとしたが結局何も言えず、重い台車を悪戦苦闘しながら押し動かすのだった。
指定されたエリアにたどり着き、ぶつぶつと文句を言いながら本を収めていく。
頭の中はどうマギカを出し抜くか、そのことばかりだった。
「おいっ、もっと丁寧に扱えよ!」
「!?」
静かな書庫に男の叫び声が響き、ドラウザは思わず手を止めた。
(何だ?)
「そんな乱暴にしなくたって、誰も逃げねぇよ! それとも、人を痛めつけるのがお姫様の趣味なのか? くひひっ」
下品な笑いと共に出てきた『姫』というキーワードに反応し、書棚の隙間から声の正体を確かめる。
三人の人間が、地下牢へと続く入り口の前にいた。
みすぼらしい格好をした男と、黒鎧の騎士。そして『姫』は、ドラウザの視線に気付くことなく階段を下りていく。
「ふん、アトラ姫か」
親愛なるナクア姫ではないとわかり、肩透かしを食らった気分でそう吐き捨てる。
見慣れない男は罪人だろうか。そういえば盗賊団がどうのと騒いでた記憶があった。
アトラ姫の剣技は最強の男レギオニウスとも渡り合えるらしいが、ドラウザは信じていない。盗賊と思わしき男を捕らえる事が出来たのも、黒鎧の男が手を貸したに違いないと踏んでいた。
(……ワシには関係のないことか)
またたく間に興味を失い、再び書棚の整理を再開する。
カウンターへ戻った頃には、既にアトラ姫たちは地上に帰った後だった。
忌まわしいエルフと共に仕事をして、塩味の濃い肉の缶詰と硬いパンをもそもそ食らい、地上の大浴場が排水した残り湯で溜められた小さな風呂に入り、かび臭い書架に囲まれ薄汚い毛布で眠る。
個室はなく、ベッドもなければ従者もいない。明日も明後日も今日と同じ事を繰り返し、いつの間にか年をとり死んで行くのだ。
(冗談ではない……!)
ドラウザは一日で限界を迎えた。今までの贅沢な暮らしから一転、貧困層のような生活など彼の精神が耐えられるはずもなかった。
なんとかしてここから脱出しなければ。しかし妙案はまったく浮かばない。
マギカを言いくるめて、味方につけるか? 無理だ。あの小賢しいエルフは完全に自分の事を見下している。
今日収容された男の脱獄を手助けするか? 無理だ。どうやって牢の鍵を手に入れれば良いのか見当も付かない。
一人での逃亡など問題外だ。カウンターで眠るマギカに、城の衛兵、門番。あらゆるところに監視の目がある。
考え事をしているせいか、腹が奇怪な音を鳴らした。
「くそぅ……腹が、減った」
そもそもマギカの指定した一回分の食事量では、間食代わりにもならない。
(備蓄の節制……? 無くなれば補給させれば済む話ではないか!)
ドラウザは毛布を払いのけると、足音を殺して食料室へと向かった。
(む?)
書棚の陰からマギカの眠るカウンター窺い、首を捻る。
長机の上に燭台が立てられているが、そこに人の姿はなかった。
(便所か?)
いずれにせよ好都合だった。
食料室はカウンター奥にある。
急ぎ足で扉に近づき、ドラウザは室内に飛び込んだ。
「ふん、やはりな」
室内をざっと見回し、棚に並べられた大量の缶詰を見て息を漏らす。
これなら十や二十無くなったところで気付かれまい。たくさんの食料を前に気を良くし、同時にコソ泥の真似事をする自分が非常に惨めに思えてきた。
「えぇい、何もかも忌々しい……!」
それもこれも、秘密の扉が発見されたせいだ。
一体なぜバレた?
仕立て屋の裏切りという線も考えられたが、自分自身の首を絞めることにもなるのでそれは無いだろう。
では、誰だ?
「ぐぅ……腹が減っては考えもまとまらん」
ドラウザは思考を切り替え、懐に缶詰を詰め込めるだけ詰め込んでいった。
「……なんだ、これは?」
棚を漁る手が、缶詰とは異なる質感に触れる。
引き寄せると、それは古びた黒い本だった。
食料室には似つかわしくない、しかし地下書庫にあるとすれば不思議ではない存在に首を傾げる。なぜ、本がこんなところに?
「【ソウル・イーター】……魂食らいか」
掠れてほとんど見えなくなっている題名を読み上げ、何気なく開いてみる。
黄ばんだ空白のページが、数百にもわたり続いていた。
「???」
紙の無駄遣いとしか思えない書籍に、ドラウザの疑問はますます強くなる。
最初の何枚かは破り取られたらしい痕跡も見えるが、そこに何らかの説明が記してあったのかもしれない。
やがて白紙を追い続けていた目が裏表紙の内側に辿り着き、表題と同じ書体で綴られた文字を見てドラウザは雷に打たれたような衝撃を味わった。
「『マホウを望む者は、我が一部を食らえ』」
まるで本そのものに意思が宿っているかのような一文に、空腹も忘れて見入る。
これはまさか、噂に聞く魔道具というものだろうか。もしコレが本物ならば、地位の回復も夢ではない。
『魔道具を献上した者には思いのままの褒美を取らせる』。他ならぬ王自身の言葉だ。
(いや、ひょっとすると姫との結婚すら……!)
とめどなく溢れる素晴らしい未来像に頬を歪ませ、ドラウザは小脇に本を抱えるといそいそと食料室から出て行った。
*
カウンターから最も離れた60Bのエリアで足を止め、床に座る。
持ち出した缶詰が懐から転がり落ちたが、それを拾おうともせずドラウザは古ぼけた黒本を改めて開いた。
【ソウル・イーター】というタイトル。内扉に添えられた一文。破れたページ。
これらのことから導き出される答えはひとつしかない。
「この本を食うと、マホウが使えるのか……?」
俄かには信じがたい。それに虫が這っていそうな黄ばんだ紙を口に含むという抵抗感もある。
本当にマホウが使えるかどうかもわからなかった。
確認もせず王に献上し、もしニセモノをつかまされたと思われでもすれば……今度こそ、自分は処刑される。
だが、今の暮らしが耐え難いのも事実だった。
「えぇい、なんとでもなるがいい!」
ドラウザは先頭のページを千切り取ると、口の中に詰め込んだ。
咀嚼をするたびに、無機質な紙の食感とかび臭い味わいが口の中に広がる。
二、三回口を動かし、後は丸のみだった。
「んっ、ぐぅんッ……」
ガサゴソとしたものがノド元を通り、胃袋に落ちていく。
全身が吐き気に襲われた。
「うっ、ぐっ、ぐうう!!
こみ上げた嘔吐感は急速に限界を迎え、胃液がせり上がってくる。息苦しさにのた打ち回り、震える手で床に手を付く。
ヨダレを垂れ流し、視界が涙で滲んでいた。
「かは……はっ、ハァッ」
次の瞬間、彼の口からは呼吸以外のものがついに吐き出される。
「うぐ、ぐええええええええええッ!!!!」
激しい嗚咽と共にドラウザの口腔からベシャリと打ち捨てられたソレは。
吐瀉物でも、胃酸でもなく。
半透明の、ドラウザだった。
*:ナクア
ナクアはベッドの上で今日の出来事を振り返る。
なんといっても、一番は姉姫のことだ。
姫騎士の名に恥じず、アトラは見事に盗賊のリーダーを捕らえ城に戻ってきた。騎士団の何人かは手傷を負ったものの、死者は一人も出していないと聞く。
まるで自分の事のように誇らしい気持ちでいっぱいだった。
ただ一つ気がかりなのは、盗賊のこれからの処遇だ。
このままでは遠からず処刑にされるだろう。しかしどのような極悪非道の輩であれ、命が奪われるのはやはり心苦しい。
もともと心優しい姫君だったが、母親である女王と死別して以来、彼女は特に他人の命を重んじるようになった。
(せめて、死罪だけは……)
どうにか盗賊の罪を軽くは出来ないだろうか。
暗闇の中でウトウトしながらナクアはそんな事を考え、やがて静かな寝息を立てた。
…………ナクア姫の様子を、ベッドの脇でじっと見下ろす存在には、全く気が付いていない。
「…………」
半透明な人影は、口と思わしき部分をニヤリと歪め、姫のベッドに潜り込む。
毛布はめくれず、ナクアもソレの侵入に何も感じていないのか、ひたすら可愛らしい寝息を立てていた。
「…………」
小さな口から漏れ出る吐息を浴びるように、影の顔が寄り添う。
たるんだ頬と分厚い唇の輪郭が恍惚に歪み、ためらい無く口付けをした。
「うっ……」
ナクアがかすかに苦しげな声を漏らすが、人影は構わず唇を押し付ける。両腕で姫の小さな肩を抱きしめ、出っ張った腹を少女の胴体と重ね合わせた。
すると、まるでナクアの中に溶け込むかのように、影の形が崩れていく。
太い腕が、大きな腹が、一周り以上小さな姫の中へ次第に侵蝕する。
そのたびにナクアから呻き声が漏れ、端正な眉がひそめられた。
それでも侵入は止まらず、やがてついに全ての影が姫の体内へと収まった。
「────ッ」
ビクンッと一度大きく彼女の体が痙攣し、徐々に穏やかな顔つきに戻っていく。
夜の静寂が寝室を支配する中、ナクアのまぶたがゆっくりと持ち上がった。
「こ、これは……」
上半身を起こし、自らの両手を見下ろす。
小さな唇がじわじわと醜く歪められ、夜更けにも関わらず姫は声高に笑い出した。
「ふふ、ぐふふ、ぐふっぐはああはははははははははッ!!!!」
*:クレア
異様な笑い声に飛び起き、クレアは寝間着のまま部屋を飛び出すと姫の元へ急いだ。
(今のは、いったい……?)
ナクアの声に似ていたが、まさかそんなはずはないと早々に否定する。
可憐な姫が大口を開けて笑うはずもないし、仮に笑ったとしてもあのような驕り高ぶった声を発するはずが無い。
そもそも城内にいる者の中で下品な笑い方をする人間など、クレアはたった一人しか知らなかった。そしてその男は今頃地下深くにいるはずだ。
「姫様!? いかがなさいましたか!」
姫の寝室に辿り着いたクレアは、礼儀も作法もなく乱暴にドアを叩く。
連打を二、三回ほど繰り返し、ドアノブに手をかけたところで鍵が掛かっていることに気が付いた。
(侵入者ではない……? いえ、ひょっとすると窓から?)
あらゆる危機を想定し、クレアの顔が見るからに焦燥していく。
「姫様! ナクア様! わたくしです、クレアです! 戸をお開けになって下さい!」
合鍵を取りに自室へ戻るという判断すら失い、侍女は泣き叫ぶ子供のようにドアを叩き続けた。
するとその願いを聞き入れたのか、室内から鍵の回される音がする。
「……クレア?」
開いた戸の隙間からおそるおそる顔をのぞかせるのは、彼女の最も愛する第二王女の怯えた顔だった。
「姫様! あぁ、よかった!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
何も心当たりのなさそうなナクアの顔を見て、ようやく冷静さが戻ってくる。
周囲を見回すと、自分以外の侍女や衛兵が集まっていた。全員、姫の心配をしてというよりは、クレアの叫び声で叩き起こされたような顔をしている。
「ゆ、夢……だった?」
へなへなとヒザから折れ、床に尻餅をつく。
あの女の笑い声は、自分が夢で聞いただけの幻聴だったのか。そう思うと途端に恥ずかしくなり、姫や同僚達に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「お、お騒がせ致しました……なんでもありません」
「寝ぼけていたの? 珍しいね」
口元に手を添え、くすくすと笑うナクア姫はやはり可憐だった。
こんな姫が先ほどのような笑い方をするはずが無い。やはり夢だったのだ。
クレアは廊下に集まった人間にもう一度謝罪をして、姫の寝室から立ち去ろうとした。
「それでは姫様、夜分遅く、誠に申し訳ありませんでした」
「気にしないで、クレア。……私も、なんだか今夜は寝ぼけていたみたいだから」
「?」
「ううん、何でもないわ。それじゃあ、おやすみなさい」
姫はにっこりと目を細め、寝室の扉を静かに閉じた。
「ふぅ……」
今日は奇妙な夜だ。
どことなく胸騒ぎを覚えながら、クレアは廊下を歩き自室へと戻った。
*:ドラウザ
地下書庫の60Bエリアでは、男が白目を剥いて横たわっていた。
周りには缶詰が散らかされ、一見すると食あたりにでもあったのかと疑わせる。
すると、何も映さなかった彼の瞳に前触れ無く生気が宿り、上半身がバネ仕掛けのように思い切り跳ね上がった。
「ぐはっ、ぐお、げほッ!」
途端に全身が嘔吐感に打ち震え、盛大にむせる。
やがて呼吸が落ち着くと、ドラウザは周囲に視線をめぐらせた。
「はぁ、はぁ……も、戻った……?」
薄暗い書庫。垣根の如く張り巡らされた書架。かびの臭いと、冷え冷えとした硬い床と、重苦しい肉体。
ドラウザが先ほどまで感じていた光景とは全く逆だった。
夜間でありながらほの明るい寝室。
広々とした部屋。漂う花の芳香。絨毯の敷かれた柔らかな床に、身軽な肉体。
つい数分前までの感覚を鮮明に思い出し、手元の黒い本に視線を落とす。
「……本物だ」
【ソウル・イーター】。
肉体から魂を抜き出し、他人の肉体を乗っ取ることのできる魔道具。
その性質を理解したドラウザは、分厚い唇をニチャ…と引き裂き、黒い本を再び懐に収めた。
(王への貢物? バカバカしい!)
地位の回復も、自分を陥れた犯人探しも、この本があれば思いのままだ。
そしてナクア姫。美しき第二王女さえをも、手に入れる事が出来る!
「ぐふ、ぐふふ……ぐふふあああははあああああああああッ!!」
ドラウザの高笑いが、地下書庫に響く。
その声を聞き咎める者はどこにもおらず、騎士も貴族も、王家も侍女も、誰もが心穏やかに寝息を立てていた。
かの名作「街」や「428」のような
一人の主人公の行動が別主人公にも影響する……みたいなものを目指しています
これまでで最長の物語になりそうですがお付き合いいただければと

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