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ヤ サ シ イ セ カ イ 14

DL版ヤサシイセカイをご購入くださいました方に感謝を
ありがとうございます!


ファンタジーなダークTS系のお話です

少女騎士と入れ替わった盗賊のつづきです
シスター編は後回しか、書き下ろしの方に回そうかと模索しています


 ヤ サ シ イ セ カ イ ~シンパシーリング 6


 目が覚めると、自分が柔らかいベッドの上で寝ていることに気付く。
 軽くて暖かいブランケットや、背中に当たる羽毛布団の心地良さに包まれながら迎える朝は、廃鉱に隠れ住む盗賊としての暮らしと比べるまでもなく非常に清々しいものだった。
 しかし上体を起こした瞬間、体中に気だるさがのしかかってくる。
「ふぁ……ああ……」
 大きなアクビを一つして、ウィーグルは自分の胸元を見下ろした。
 瑞々しい肌と、年頃の娘らしいなだらかな稜線。身じろぎをすればその頂きにある淡紅色の乳輪と乳首が揺れ、若い女の肉体を自分の意のままに動かしているのだと改めて実感する。
 ブランケットを完全に取り払うと生まれたままの姿があらわになり、ベッドの下半分はまるで小便を漏らしたかのようにぐっしょりと湿っていた。
 乳頭がひりひりと痛み、股が愛液でベトベトだ。夜通し女の快楽を堪能していた名残りである。
「……女ってのはホント、すげぇよな」
 いくら絶頂を迎えても際限なく快感が湧き上がり、止め時を見失ってしまった。覚えていないが、気を失うように眠りに落ちたのだろう。おかげですっかり寝不足だった。
「顔でも洗うか」
 起き上がり、一糸纏わぬまま洗面所へと向かう。
 元のリタが知れば卒倒してしまいそうな行為だが、咎めるものは誰もいなかった。

 地下水から汲み上げた冷たい水を思い切り顔に浴びて、寝起きの頭を完全に覚醒させる。
 手探りで取ったタオルで顔を拭いていると、正面に備え付けられた鏡に改めて意識を向けた。
 短髪の、整った目鼻立ちをした少女がじっと自分を見つめている。
 もはや生来からの付き合いであるかのように、ウィーグルは違和感なくその顔を受け入れる事が出来た。しかし同時に、男として目の前の女を評価することも可能だった。
「こんなイイ女として人生やり直せるなんてな。本当に最高だ」
 穢れも知らないような美少女が目を細め、唇がヨコシマに吊り上がる。
 やり直すとはいっても、いまさら真面目に働くつもりなどない。新しい身体で、これまで通りの生き方をするだけだ。

 『リタ』の持つ私服はほとんどがスカートで、どれも山登りに適さない、大人しいものばかりだった。
 短い髪や騎士という立場上、なんとなく活発な人間かと思ったが、実際の『リタ』はずいぶんと大人しい少女のようだ。
 身体を取り替える前の態度や男が苦手という性格を考えれば、それも納得のいく品揃えではある。
「ひらひらひらひらした物ばっかり置きやがって……仕方ねぇな」
 結局はいつもと同じ、騎士の制服──昨日着ていた分は既に洗濯していたので、これは代えの制服だ──に着替えることにした。これもスカートだが、着慣れているだけいくらかマシだ。
 女物の衣類をつかえることなく身にまとい、最後に、この素晴らしい肉体をもたらしてくれた魔道具【シンパシーリング】を指に嵌める。
 姿見には、満足のいく笑みを浮かべた制服姿のリタが映っていた。
「よし……行くか」
 少女の笑みのまま部屋を出て、頭の中ではこの国に混乱をもたらす算段を整えていく。
 まずはアジトに戻り仲間を増やす。ただ、リーダーの不在でどれだけの人間が残っているか定かではない。
 人望がなかったわけではないが、もともとが身勝手な連中の集まりだ。行ってみたはいいがモヌケの殻、では徒労もいいところである。
(まぁ、とりあえず行くしかないんだけどな)
 正体を明かし、姫騎士を陥れるための計画に賛同する人間を『リタ』として現地調達するのは難しい。気心が知れて、何よりも裏切りの心配がない部下達を引き入れればその問題はほぼ解決するのだ。
「そうだ、出かける前に……」
 とある一室の前で足を止め、ノックも無しにドアを開ける。
「おはようございます、兄様。起きていますか?」
「……ッ」
 ベッドの上で半身を起こし、初日に見た頃よりいっそうやつれた顔の『兄』に挨拶をする。兄カイトは妹の登場に一瞬気を緩ませたものの、状況は何一つ改善されていないことを思い出したのかすぐに悲愴な目を向けた。
「リタの喋り方をしないでくれと、言っただろう……」
 搾りかすのような小さな声を呟き、うなだれる。
 現地調達できた新しい部下は病弱で、山登りどころか家を出ることすらままならない役立たずだ。
 そんな男でも、身の回りの世話ぐらいはなんとか任せられる。
 風呂の用意、洗濯、料理。いままで『リタ』が率先してやってきた家事全般は、すべて兄に肩代わりさせていた。
「私、今から出かけますので。夕刻ぐらいには戻ると思いますから、食事の仕度をしていてください。そうですねぇ……酒と肉を、たくさん」
「た、たくさん?」
「お客さんを呼ぶんです。とりあえず、少しずつアジトから移って貰おうかと」
 『リタ』の中身を知る数少ない人間であるカイトは、すぐにその言葉の意味するところを理解した。
「ま、まさか……盗賊の仲間をここに?」
「察しが良いですね。彼らにも、この贅沢な暮らしを経験させてあげましょうよ」
 盗賊を我が家に招き入れる計画に、一応の当主であるカイトは目を白黒とさせている。
「む、無理だ……百歩譲って宿代わりにするのは構わない。だが、食事を贅沢させるほどの余裕はないんだ……!」
「あぁん?」
 それまでにこやかに『妹』として話しかけていたリタの口調が変わり、盗賊の荒っぽい口振りに戻った。
「ぬるいこと言うなよ、キョーダイ。金がないんなら盗って来い」
「な、なんだと!?」
「あぁ、嫌なら別にいいぜ? 俺が代わりに調達してきてやるよ。それで清く正しい騎士様にどんな噂が流れようが、元に戻っちまえば関係ねぇしなぁ。くひひひっ」
「……ぐっ」
 貴族や騎士にとって、悪い噂は肉体を傷付けられる以上に耐え難いものだ。
 誇り、礼節、家の体面に、自身の名誉。盗賊のウィーグルからしてみれば真っ先に捨てるようなものを後生大事に抱え、それを守るためならば最大限の努力をいとわない。
 家のため、そして何よりも妹の名誉のために、カイトはウィーグルに従う他なかった。
「わ、わかった……、なんとかしてみる」
「あはっ。ありがとうございます、兄様。大好きですよ」
 一度覗かせた凶悪な表情はすぐに元の少女らしさを取り戻し、最愛の兄へ言葉を贈る。
 カイトは唇を強く噛み、やがて力尽きたかのように両手で顔を覆った。



 市場は大勢で賑わっていた。
 通り過ぎる店の中からはパイを焼く甘い香りが漂い、かと思えば数軒先では香水の匂いが風で運ばれてくる。
 路上では会話をしながら歩く大勢の人々がすれ違い、旅人らしき服装の男が詩を歌い、馬車が石畳の上を走り、露天商が客寄せに大道芸などを披露していた。
 音と香りに溢れた路地を眺めながら、ウィーグルは城へと向かう。
「まずは馬がいるよなぁ……私用で持ち出せるものなのか?」
 街外れの教会に行くだけでもそれなりの時間が掛かった。山岳のアジトに向かうのなら、馬はあった方が良い。
 だが厩舎にいる愛馬は個人で所有しているわけではない。リタの知識を紐解いても、これまで私用で馬を使った例は存在しなかった。
「なんとか言い訳になりそうな話を作らなきゃな。ったく、面倒だ」
 いっそのこと、どこかの金持ちが馬の一頭や二頭ばかり譲ってくれれば話は簡単なのだがと、そんな捨て鉢なことを考えている時だった。
「あら、リタじゃない」
 聞き覚えのある声に呼び止められ、顔を上げる。一番最初に目に入ったのは、強烈な赤だった。
「トリーシェ」
「どうしたの、今日は休み? あ、でもそれって騎士の制服よね?」
 買い物でもしていたのか、貴族の少女はパンの入った紙袋を抱えていた。
「う、うん。ちょっと、お城の方に用事があって……」
 『リタ』として対応する傍ら、ウィーグルは面倒な人間に出会ったものだと胸中で舌打ちする。
 悪い娘ではないが、トリーシェはいかにも貴族の令嬢らしいワガママな面が目立つ。世界が自分を中心に回っているのだと信じきっているかのごとき傲慢さには、元・リタもたびたび苦笑いを浮かべていたらしい。
「ちょうどいいわ。今からお茶会をしましょう」
 閃いたとばかりに瞳を輝かせ、相手の都合を完全に無視した提案をする。
 さっそくワガママが始まったようだ。
「セバス、これを教会に。ジズによろしくと伝えて」
 傍にいた黒服の男に紙袋を押し付け、手馴れた様子で命令を下す。黒服も慣れたもので、何も言わずに一礼をするとすぐにトリーシェが向かっていた方角へ離れて行った。
「さ、行きましょうリタ」
「え、ちょ、私、用事が……」
「わたしとのお茶会より大事な用があるの? そんなわけないでしょう? 今日のリタは面白いことを言うのね」
「いや、離……っ」
 同じ女同士とはいえ、騎士の称号を持つリタと商会の令嬢では力の差は歴然だ。それなのに、腕を引くトリーシェの手をなぜか振り払う事が出来なかった。
 ウィーグルが女に甘いわけではない。その気になれば、小娘の誘いなど文字通り一蹴できる。
 深紅のドレスに包まれたわき腹に蹴りを入れ、その美しい金髪を乱暴に引っ張り上げてやることだって可能だ。
 だがこんな街中で暴行を加えれば、騒ぎが大きくなる。そうなると謹慎処分は免れないし、最悪、除名もありえた。
 騎士団の地位に未練はないが、城に出入り出来るせっかくの立場をこんなくだらないことで失うつもりはない。
(くそっ、面倒くせぇ……)
 ウィーグルは『リタ』として、事態を穏便に済ます選択を取るしかなかった。



 マーグレイ家は王国有数の貴族であり、その敷地は呆れるほど広大だった。
 横幅の長い三階建ての屋敷を取り囲む庭は手入れが行き届き、あちこちに大理石や赤銅でできた何某かの像が置かれ、噴水やバラ園までもが設けられていた。
 王城の庭園と比べても遜色のない、見事な中庭だ。
(すっげぇ……)
 ウィーグルは素直に感激している。盗賊の観察眼でこの屋敷にあるありとあらゆる調度品を査定し、思わずこぼれそうになるヨダレを慌ててぬぐった。
 外だけでなく屋敷の中も絢爛豪華で、十人ぐらいが横並びになってもまだ余裕のある広い廊下には金箔の鎧や動物の剥製などが飾られている。
 中には、枯れ枝に似た形の赤い骨といった珍しい品も飾られ、ウィーグルはますます興奮していく。
(くおお~……宝の山じゃねぇか、ここはよぉ!)
「変なリタ。あなた、こういうのに興味なんてなかったじゃない」
 彼女にとっては見飽きた調度品を目を輝かせて眺める友人に、やわらかな微笑みが向けられた。
「まぁ、トリーシェ様。もうお戻りになられたのですか?」
 廊下の角から現れたメイドが、令嬢の姿を発見し立ち止まる。
 トリーシェは声をかけてきた使用人を振り返り、横柄に命じた。
「予定を変えたの。お茶会の用意をして。場所は……そうね、バラ園がいいわ」
「え? あ、あの……バラ園は今、庭師が手入れをしていまして……」
「何、まだ終わっていないの? 帰るまでに済ませておきなさいと言ったじゃない」
「も、申し訳ありません!」
 メイドが勢い良く頭を下げ、謝罪をする。
 ウィーグルはそんな使用人とのやりとりを横目に、ひっそりと嘆息した。
(なんてお嬢様だ……)
 そもそも勝手に予定を変えて早く帰ってきたのは他ならぬ彼女だというのに、悪びれた様子などカケラもない。
 盗賊の男だった頃に捕らえてきた女の中にも、ああいった驕り高ぶった女がいたものだ。そういう世間知らずには理不尽というものをイヤというほど叩き込んでやった。
 殴り、犯し、尊厳を踏みにじり、最後には命を奪った。
(楽しかったよなぁ……)
 もし、目の前のお嬢様をかつてのように犯したら、どんな泣き言が聞けるだろう。どんな表情を見せるだろう。
 想像するだけで、いきりたつモノのない女の股間に熱がほとばしる。一晩の経験から、その感覚が何であるかウィーグルはすぐにわかった。
「仕方ないわね……それじゃあ、わたしの部屋に行きましょう」
「うん、いいよ」
 リタの胸中に渦巻く悪意の存在を、トリーシェは疑ってすらいなかった。


 テーブルに着くと、ほどなくして先ほどのメイドが二人分のお茶とお菓子を運んできた。
 バラの香りがする紅茶と数種類の小さなムースがテーブルに並べられていくのを見ているうちに、小腹が空いてくる。
 メイドが一礼をして出て行くと、まずは腹ごしらえだとばかりにウィーグルは手を伸ばした。
「騎士の生活はどう? もう慣れたかしら」
「まぁ……最高の気分、かな」
 指先で摘んだムースを口に放り込み、率直に答える。
 無作法な友人の挙動にトリーシェは一瞬眉をひそめたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「意外ね。男性は苦手だし、荒事も嫌いなのに……あなたが入団試験を受けると聞いたとき、正直、絶対に無理だと思っていたわ。運が良かったのね」
「ひどいなぁ……実力だよ」
 本物のリタは、いまごろ薄ら寒い地下牢の中で、彼女の嫌悪する男の姿のまま、粗末な食事をしているはずだ。
 憧れの騎士団に編入し、ひょっとするとそれでリタの運は尽きてしまったのかもしれない。口の中に広がる芳醇な甘味を堪能しながら、ウィーグルはそんなことを考えた。
「トリーシェは、どこかに行く予定だったの? さっき、買い物をしていたみたいだけど」
「あぁ、あれ? 教会への寄付よ。前に言わなかったかしら。わたし、施設の子達にパンを配っているの」
「へぇ……」
 先日の、衛兵殺害の犯人を探していたときも彼女は教会にいた。
 傲慢なだけのお嬢様と思ったが、人に優しくできないわけではないらしい。
 ……そんな考えは、一瞬で覆された。
「あ、そうそう聞いてよ。その施設にね、もうすっごく可愛い子がいるの。エルフの男なんだけど、なんていうか、泣くのをガマンしてガマンしてガマンして目を潤ませちゃう感じの、意地っ張りな子でね」
 表情をほころばせ、すらすらと少年エルフの話を始める。
 ウィーグルは全く興味がわかず適当に聞き流そうとしたが、その内容はなかなかに不愉快なものだった。
 少年エルフの困る顔が見たいあまり、施設の少年少女を扇動し彼を『悪魔の子』に仕立て上げたこと。
 ほぼ毎日寄付をしているパンには、少年の食べる分にだけ微量の劇薬を混入していること。
 少年にあることないことを吹き込み、誰も信用できない状態にさせたこと。
「ジズはエルフが嫌いって聞いたときの、アービィのあの顔……ふふふっ、いま思い出してお、最高に可愛かったわぁ」
(ふん……いい性格してやがる。見所はあるが、仲間にはいらねぇな)
 令嬢ではなく盗賊がお似合いの性悪さだ。嬉々として喋っているのが、また始末におえない。
 部下の中にはエルフもいたが、こういう人間から迫害されればなるほどたしかに悪党の側に回りたくなる気持ちもわかる。
 しかし、と少女騎士リタとしての感情が流れ込み、ウィーグルに妙案が浮かんだ。
「残念だよ、トリーシェ」
 おもむろにイスから立ち上がり、テーブルを回り込んでトリーシェの傍に立つ。
 お嬢様はきょとんとした顔をしている。彼女が首をかしげると、左右に束ねられたブロンドの髪がさらりと揺れた。
「どうしたの? リタ」
 ウィーグルは何も言わず、素早く彼女の金髪をつかんだ。
 手触りの良い艶やかな髪を乱暴に持ち上げて、トリーシェの態勢が大きく偏る。
「痛ッ! 何を」
「騒ぐな。死にたいか?」
 空いている方の手で指を立て、小声でささやく。
「な、なな、なん、なんのよ、いきなり……」
 おそらくこんな風に乱雑に扱われた経験などないのだろう。『リタ』らしからぬドスをきかせた口調は、平和ボケしたお嬢様の気勢を削ぐのに充分な効果を発揮していた。
「……ねぇ、トリーシェ。私は、何?」
 髪をつかんだまま優しく語り掛け、彼女の目に自分がどう映っているのかを問う。
 中身が盗賊の男と入れ替わっているなどと想像もしない貴族の少女は、とつぜん豹変した親友の質問におびえながら答えた。
「り、リタ、でしょ? は、ハーネスト家の一人娘で、わたしの友達……なのに、どうしてこんなこと……いたっ」
「私は王国騎士所属、アトラ近衛騎士団のリタ。悪の手から民を守護する盾であり、剣です」
 先日のリエーレの名乗りを意識して真似、現在の自分の地位を明らかにする。
 騎士道など、実にくだらない。しかしその理念に添って照らし合わせれば、目の前の女はあきらかな悪だった。
「エルフへの度重なる暴行の自供、しっかりと聞き及びました。見過ごすわけにはいきません。……私は、騎士、だから」
 最後のセリフをかつての仲間達が聞けば、たちまち大笑いされただろう。ウィーグル自身、笑いをこらえるのが大変だった。
 だが髪をつかまれ、恐慌状態にあるトリーシェは、そのセリフを額面通りに受け取る。
「ま、真面目すぎるんじゃない? あ、あんなの、ただの悪ふざけよ」
「申し開きは謁見室で聞きます。マーグレイの令嬢が逮捕されたと広まれば、家名に傷がつき商売もやり辛くなると思うけど……まぁ、悪いのはトリーシェだものね。仕方ないよ」
「そ、そんな! ま、待ちなさいリタ! こんなことをして、ただで済むと思っているの!? 家名に傷がつこうと、没落寸前のハーネスト家にトドメを刺すことぐらいできるのよ!?」
「脅迫かぁ……罪状が増えちゃったね、トリーシェ?」
「なっ……!」
 マーグレイ家には逆らえない。だが、それは上流階級の間でしか通じない不文律だ。
 リタの家が潰れようと、その時は盗賊としての暮らしに戻るまでだった。以前より若く強く、美しさまで加わった肉体である。略奪もよりスムーズに行えるだろう。
「ま、待って。わたしも、反省しているのよ? それに今、アービィは行方不明で……痛いってば! 髪を引っ張らないで!」
「知ってる? 悪評っていうのは、尾びれ背びれがついて広まるものらしいよ。トリーシェも気を付けてね」
「……っ、いいわ、何が欲しいの? お金?」
(くひひっ、折れたか)
 心の中で唇を吊り上げ、獲物が罠にかかったのを確信する。
 トリーシェを追い詰めるつもりなら、そんな取引は一蹴して連行すべきだ。
 しかしウィーグルの目的は、彼女にそのセリフを言わせた時点で達成した。そもそも連行したところで厳重注意が関の山だろう。
 友人の豹変と生まれて初めて受ける暴力に困惑しているだけで、本人もすぐに大した罪にはならないと気付くはずだ。
 トリーシェ・マーグレイという女を本気で壊すつもりなら、この程度ではまったく足りない。
「……従者ひとりと、馬が二頭。それで、黙っててあげる」
 裏取引など、それこそ騎士道に反する行為だ。
 しかしトリーシェがその矛盾をつくことはなく、ささやかな要求だったこともあってかすぐに頷いた。
「今日のことは忘れないわ。必ず、後悔させてあげる」
 せめてもの抵抗とばかりにそんなことを言うが、瞳の奥にある怯えの色は隠しきれていなかった。






次も盗賊の話っす
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