ヤ サ シ イ セ カ イ 18
ファンタジーなダークTS系のお話です
少女騎士と入れ替わった盗賊の話です
ヤ サ シ イ セ カ イ ~シンパシーリング 8
ウィーグル盗賊団は金品や食料をはじめ、ときには人の命も躊躇なく奪ってきた。
シュバルツェン王国を取り囲む山岳に潜み、諸外国との貿易を行う商人の積荷を幾度となく掠め取ってきた、王国史上最悪の犯罪集団である。
その名は民衆の間にも轟き、恐怖の対象となっていた。
しかし王国騎士たちの尽力によってついに頭首ウィーグルは捕らわれ、盗賊団は事実上壊滅をする。
姫騎士アトラ、最強の騎士レギオニウス、そして王国騎士団の少女達は手を取り合い、正義の勝利を喜ぶのだろう。目の前で胎動する悪意の存在には気付きもせずに。
毎朝入城し、騎士団の訓練に励み、苦手な男性に少しでも慣れるため盗賊ウィーグルの食事を運ぶ任務を仰せつかった新人少女騎士リタが、ウィーグルと身体を取り替えられているなどとは、夢にも思っていない。
「くひひっ……」
何も知らない騎士団のマヌケ面を思い返し、リタの体をせしめたウィーグルはニヤニヤとほくそ笑んでいた。
少女には似合わない屈折した笑い顔のまま、地下牢へ続く階段を下り獄中の男の元へと向かう。
薄暗く少々肌寒い地中の監獄は、『リタ』として寝泊りする貴族の家とは比べ物にならないほど居心地の悪い空間だった。
廃鉱をねぐらにしていた経験があっても、そんな風に思う。これまで貴族の娘として生きてきたリタの心境ともなると、ウィーグルには想像も及ばなかった。
「おはようございます、『ウィーグル』さん。調子はどうですか?」
鉄格子の向こうで横になる男の姿を見下ろし、ウィーグルは外見に合わせた口調で声をかけた。
先日の荒治療が効いたのか、男に対する嫌悪感はずいぶん薄れている。
獄中の男は少女の……元・自分の声にピクリと反応し、驚くほどの速さで鉄格子の隙間から腕を突き出してきた。
「てめぇっ!」
「おっと」
胸倉を掴もうとしてきが、少女騎士の動体視力はその動きを見極め、すんでのところで身をかわす。
「……くひひひっ、いきなりご挨拶だなぁ」
「黙れ! 俺の身体を返せクソ野郎ッ!」
粗暴な振る舞い、粗野な言葉は堂に入っていて、いかにも盗賊らしい。
「くひゃはははっ! 何だその言葉遣い! 身体どころか、頭の中まで盗賊になったのか?」
「ち、違う……俺は、私は、リタだ! お前と、身体を入れ替えられたせいだ! 畜生……畜生!」
「誰がどう見たら、今のお前がリタだって認めるんだよ。本物の反応はこうだろ?」
侮蔑に満ちていた笑みが、ふいに気弱な表情を浮かべ、妄言を吐き出す『盗賊』を困惑した瞳で見つめはじめた。
「り、リタは私です。変なこと、言わないで下さい! ……ってな! くひひひひっ!」
「ふざけやがって! いいかよく聞け。私は、盗賊団のアジトを思い出したぞ! 元に戻さなきゃ、アトラ様に全部喋ってやる!」
『ウィーグル』が生かされているのは、残りの部下達がどこにいるのかを吐かせるためだ。だが優しい姫騎士は拷問によって無理に聞き出そうとはせず、それどころか協力的な態度を見せれば温情を与えるとまで言っていた。
もし『ウィーグル』の記憶を読み、アジトの正確な場所をアトラに伝えるのなら、釈放される可能性がないでもない。
「あぁん? 何だそれは。脅迫のつもりか? 騎士様のやることじゃねぇな」
「何とでも言え! もちろん魔道具で入れ替わったことも話す! そうなりゃ、檻の中に入るのはテメェの方だ!」
「……くひっ、ひひひっひゃはははははっ!!」
意気込んで宣言するリタのセリフを聞き、ウィーグルはたまらず大声で笑った。
(盗賊団のアジトをばらす? 魔道具の話をする?)
そんなものは、もはや不安材料にもならなかった。
「なぁ、てめぇの名前はなんだ?」
「リタだっつってんだろ! さっさと元に戻せ!」
「フルネームは? 私がどこの家の生まれか、言ってみて下さい」
「何を言って………………あ、れ?」
猛り狂い口汚い言葉を浴びせかけていた『ウィーグル』が、ようやく鎮まる。
唇をワナワナと震わせ、どうにかして名前を紡ぎだそうと何度も動かしていた。だが吐き出されるのは空気ばかりで、『リタ・ハーネスト』という名前が男の口から出ることはない。
「嘘……だ……? 私の……私の、名前は……! ウィーグル……違う!」
「やっぱりなぁ。くひひひっ」
リタの急変には、違和感があった。
ウィーグルであるという自覚を持ちつつ、『リタ』の人格も自由に引き出せる自分と異なり、向こうは『ウィーグル』の人格に塗りつぶされているように見える。
むしろそうでなければ、臆病な少女が盗賊の粗野な喋り方をする理由がない。リタは、リタ・ハーネストであった自分を忘れつつあった。
「お前の言い分なんか、誰も信じねぇよ。少しでも罪を軽くしようと、盗賊がデタラメほざいているようにしか見えないね」
「そんな……でも、アジトの場所は本当だ! 盗賊団は壊滅する! 仲間もみんな捕まるぞ!」
「あー、それな。実は、もうしているんだよ。壊滅は」
「……は?」
「全員いなくなっちまった。もぬけの殻ってやつだな」
正確には一人、忠僕とも呼べる小男が残っていた。だがその男もすでにウィーグルの手引きによって街に入り、坑道のアジトは完全に無人と化している。
「だから、ムダなんだよ。お前は誰が見ても盗賊のウィーグルだし、入れ替わったことを証明も出来ないし、アジトには誰もいない。……もちろん私も、アトラ様の前では『リタ』として振る舞い、ちゃんと、あなたの気が狂ったと証言してあげます」
「嘘……だ。返せ返して頼むお願いだからおねがいします、やだっやめて俺から私からリタを取らないで私を俺を返してぇッ!!」
純真な少女と粗暴な男の口調が混在した、悲壮な雄叫びだった。
檻にしがみついたまま涙を流し、嗚咽を上げている。
ウィーグルは『リタ』の顔で慈愛に満ちた笑みを浮かべ、憐れな元・少女騎士の耳元にそっと囁いた。
「俺達は、元に戻れない」
残されていた一縷の希望を、容赦なく、踏み潰す。
そんなものは、はじめからなかったのだと、思い知らせる。
「返すも何もない。あの魔道具で入れ替わる事が出来るのは、一回だけなんだよ」
「う……そ……」
「残念ながら本当だ。俺は一生女のまま。そしてお前も、この先ずっと薄汚い盗賊の男として生きていくしかないのさ……くひっ、くひひひひひひッ! くひゃははははははははッ!!」
下劣な笑い声を高らかに上げ、絶望の表情を見せるリタを視線で、言葉で侮蔑する。
「ひっでぇ顔だな、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ! こんな男が自分だったなんて、今じゃ信じられねぇな!」
ウィーグルのあざけりも聞こえていないのか、リタは力なくその場に座り込み、呆然と呟いた。
「騙した……の? 元に戻れないって、最初から、知って……」
「そういうことさ! 入れ替わった時も、お前は簡単に騙されてくれたよなぁ。くくっ!」
発端は、リタの優しさだ。
急ごしらえの作り話をあっさり信じ、獄中の盗賊に同情したことで、魔道具シンパシーリングの【マホウ】は発現した。ウィーグルからいわせれば、入れ替わったのは彼女の自業自得である。
世の中は優しい人間が損をする。安易に同情などした少女騎士の軽率さを、『少女騎士』を奪った盗賊は心の底からあざ笑った。
「けどまぁ、そう落ち込むな。すぐにそんな人生は終わるさ!」
「なん……それは、どういう」
「わかんねぇか? 死刑だよ死刑! お姫様は、王国史上最悪の犯罪者を殺すことにしたのさ! 大勢の前で、見せしめのためになぁっ!」
今朝方、食事を運ぶ際に姫騎士アトラから直接聞かされたことだ。
『リタ』の記憶にある彼女らしからぬ決断だが、ウィーグルにはおおよその意図がつかめていた。
神父の淫行が発覚して以来、民衆は教会や教会を擁護する王城に不満を抱いている。それらの注意を逸らし、また広く認知された巨悪を目の前で大々的に葬ることで、少しでも不興を軽減させようとしているのだ。
人々を守る騎士が、民衆から憎まれながら盗賊として死ぬ。なんとも皮肉な話である。
「なんなら、最後にこのカラダを抱かせてやろうか? 自分で自分の処女を奪う経験なんて、めったに出来ねぇぞ!」
「お……あ……あああああああああああああああああああ!!!!」
誘惑をする『リタ』の言動には目もくれず、絶望の未来を思い男は慟哭する。
地下監獄全体に響き渡る悲痛な叫び声を、ウィーグルは高尚な音楽でも聞くような恍惚とした表情で聴いていた。
*
地上へと戻る途中、ウィーグルは書棚の間で本を読む長い耳の女を見つけ、声をかけることにした。
「よぉ。しばらくだな」
長い銀髪を揺らして、緋色の瞳が粗野な少女騎士を捉える。
ほんのわずかな沈黙を挟み、女はパタンと静かに本を閉じると相手に向き直った。
「指輪を、渡す気になりましたか?」
感情の起伏がほとんどない口調で、右手を差し向けてくる。
魔道具【シンパシーリング】の特性を教え、ウィーグルの脱獄──リタとの入れ替わり──を手助けしたエルフは、その際に取引をもちかけた。
脱獄に成功したならば、使い終わった指輪は自分に渡すこと。だがこの魔道具にはまだ利用価値があると考えたウィーグルは、約束を反故にした。
「バカが、そんなわけねぇだろ」
律儀に約束を果たすつもりはない。彼……『彼女』がエルフの女に声をかけたのは、指輪の特性をさらに理解するためだった。
「さっき、このカラダの元の持ち主と会ってきたんだがな。本人の人格がかなり薄れていた。身も心も、完全に『ウィーグル』になってやがったぜ?」
「自分も、やがて同じようになるのでは、と?」
「ふん、察しがいいな。……で、どうなんだ?」
実際のところ、そこまで不安に思っているわけではない。
リタと自分との侵蝕具合には、かなりの差異がある。だが、確認だけはしておきたかった。
「人格が塗りつぶされるのは、「同情をした」方だけです。「同情をされた」あなた……つまり魔道具を使った方の人格は、消えることはありません」
約束を反故にされた相手だろうが、エルフの女は丁寧に説明をしてくれる。
ウィーグルは盗賊の観察眼で女を睨みつけたが、嘘を言っているそぶりは見られなかった。
「なるほど、それを聞いて安心した。……もう一つ。本題はこっちだ」
姫騎士への復讐計画には、入れ替わりのマホウが要となる。
自分で使う事が出来ない以上、他の人間に魔道具を委ねるしかない。その場合、「どうなれば」マホウが発動するのか、詳しい条件を知る必要があった。
「入れ替わるのは、「指輪を持っている人間」と、指輪を持った奴を「同情した人間」で間違いはないな?」
「えぇ。補足するのなら、お互いの姿が見えていることが条件です」
「制約の多い道具だな……まぁ、問題ないか」
計画に支障はない。また、目の前のエルフ女が強引に指輪を奪いにくる気配もなかった。
「……お前、名前は?」
正体は不明。目的も不明。
なぜ魔道具に詳しいのか、なぜ自分を騙した相手にここまで協力的なのか。
そんな些細なこと、どうでも良い。ウィーグルにとって他人は、使える者かそうでないかだ。
「見所がある。全部上手く行った後は、俺の部下にしてやるよ」
「……そうですね。それも、いいかもしれません」
赤と金色の瞳を細め、女は「マギカです」と名乗る。
どことなく底知れない人物だが、『少女騎士』である自分の脅威になる相手ではない。敵は、騎士団の連中だけだ。
(いよいよ決行だ……首洗って待ってろよ)
『リタ』の肉体は一般人や下手な盗賊よりは強いが、騎士団の中では下っ端もいいところである。姫騎士、そして最強の近衛隊長を打ち倒すには圧倒的に力不足だ。
そして、そんな戦力差すら覆してしまうのが、【マホウ】の力だった。
君の名は。~ダークサイド
「自分」になった少女を侮蔑できるのは入れ替わりの特権だと思います。ぅぃ
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少女騎士と入れ替わった盗賊の話です
ヤ サ シ イ セ カ イ ~シンパシーリング 8
ウィーグル盗賊団は金品や食料をはじめ、ときには人の命も躊躇なく奪ってきた。
シュバルツェン王国を取り囲む山岳に潜み、諸外国との貿易を行う商人の積荷を幾度となく掠め取ってきた、王国史上最悪の犯罪集団である。
その名は民衆の間にも轟き、恐怖の対象となっていた。
しかし王国騎士たちの尽力によってついに頭首ウィーグルは捕らわれ、盗賊団は事実上壊滅をする。
姫騎士アトラ、最強の騎士レギオニウス、そして王国騎士団の少女達は手を取り合い、正義の勝利を喜ぶのだろう。目の前で胎動する悪意の存在には気付きもせずに。
毎朝入城し、騎士団の訓練に励み、苦手な男性に少しでも慣れるため盗賊ウィーグルの食事を運ぶ任務を仰せつかった新人少女騎士リタが、ウィーグルと身体を取り替えられているなどとは、夢にも思っていない。
「くひひっ……」
何も知らない騎士団のマヌケ面を思い返し、リタの体をせしめたウィーグルはニヤニヤとほくそ笑んでいた。
少女には似合わない屈折した笑い顔のまま、地下牢へ続く階段を下り獄中の男の元へと向かう。
薄暗く少々肌寒い地中の監獄は、『リタ』として寝泊りする貴族の家とは比べ物にならないほど居心地の悪い空間だった。
廃鉱をねぐらにしていた経験があっても、そんな風に思う。これまで貴族の娘として生きてきたリタの心境ともなると、ウィーグルには想像も及ばなかった。
「おはようございます、『ウィーグル』さん。調子はどうですか?」
鉄格子の向こうで横になる男の姿を見下ろし、ウィーグルは外見に合わせた口調で声をかけた。
先日の荒治療が効いたのか、男に対する嫌悪感はずいぶん薄れている。
獄中の男は少女の……元・自分の声にピクリと反応し、驚くほどの速さで鉄格子の隙間から腕を突き出してきた。
「てめぇっ!」
「おっと」
胸倉を掴もうとしてきが、少女騎士の動体視力はその動きを見極め、すんでのところで身をかわす。
「……くひひひっ、いきなりご挨拶だなぁ」
「黙れ! 俺の身体を返せクソ野郎ッ!」
粗暴な振る舞い、粗野な言葉は堂に入っていて、いかにも盗賊らしい。
「くひゃはははっ! 何だその言葉遣い! 身体どころか、頭の中まで盗賊になったのか?」
「ち、違う……俺は、私は、リタだ! お前と、身体を入れ替えられたせいだ! 畜生……畜生!」
「誰がどう見たら、今のお前がリタだって認めるんだよ。本物の反応はこうだろ?」
侮蔑に満ちていた笑みが、ふいに気弱な表情を浮かべ、妄言を吐き出す『盗賊』を困惑した瞳で見つめはじめた。
「り、リタは私です。変なこと、言わないで下さい! ……ってな! くひひひひっ!」
「ふざけやがって! いいかよく聞け。私は、盗賊団のアジトを思い出したぞ! 元に戻さなきゃ、アトラ様に全部喋ってやる!」
『ウィーグル』が生かされているのは、残りの部下達がどこにいるのかを吐かせるためだ。だが優しい姫騎士は拷問によって無理に聞き出そうとはせず、それどころか協力的な態度を見せれば温情を与えるとまで言っていた。
もし『ウィーグル』の記憶を読み、アジトの正確な場所をアトラに伝えるのなら、釈放される可能性がないでもない。
「あぁん? 何だそれは。脅迫のつもりか? 騎士様のやることじゃねぇな」
「何とでも言え! もちろん魔道具で入れ替わったことも話す! そうなりゃ、檻の中に入るのはテメェの方だ!」
「……くひっ、ひひひっひゃはははははっ!!」
意気込んで宣言するリタのセリフを聞き、ウィーグルはたまらず大声で笑った。
(盗賊団のアジトをばらす? 魔道具の話をする?)
そんなものは、もはや不安材料にもならなかった。
「なぁ、てめぇの名前はなんだ?」
「リタだっつってんだろ! さっさと元に戻せ!」
「フルネームは? 私がどこの家の生まれか、言ってみて下さい」
「何を言って………………あ、れ?」
猛り狂い口汚い言葉を浴びせかけていた『ウィーグル』が、ようやく鎮まる。
唇をワナワナと震わせ、どうにかして名前を紡ぎだそうと何度も動かしていた。だが吐き出されるのは空気ばかりで、『リタ・ハーネスト』という名前が男の口から出ることはない。
「嘘……だ……? 私の……私の、名前は……! ウィーグル……違う!」
「やっぱりなぁ。くひひひっ」
リタの急変には、違和感があった。
ウィーグルであるという自覚を持ちつつ、『リタ』の人格も自由に引き出せる自分と異なり、向こうは『ウィーグル』の人格に塗りつぶされているように見える。
むしろそうでなければ、臆病な少女が盗賊の粗野な喋り方をする理由がない。リタは、リタ・ハーネストであった自分を忘れつつあった。
「お前の言い分なんか、誰も信じねぇよ。少しでも罪を軽くしようと、盗賊がデタラメほざいているようにしか見えないね」
「そんな……でも、アジトの場所は本当だ! 盗賊団は壊滅する! 仲間もみんな捕まるぞ!」
「あー、それな。実は、もうしているんだよ。壊滅は」
「……は?」
「全員いなくなっちまった。もぬけの殻ってやつだな」
正確には一人、忠僕とも呼べる小男が残っていた。だがその男もすでにウィーグルの手引きによって街に入り、坑道のアジトは完全に無人と化している。
「だから、ムダなんだよ。お前は誰が見ても盗賊のウィーグルだし、入れ替わったことを証明も出来ないし、アジトには誰もいない。……もちろん私も、アトラ様の前では『リタ』として振る舞い、ちゃんと、あなたの気が狂ったと証言してあげます」
「嘘……だ。返せ返して頼むお願いだからおねがいします、やだっやめて俺から私からリタを取らないで私を俺を返してぇッ!!」
純真な少女と粗暴な男の口調が混在した、悲壮な雄叫びだった。
檻にしがみついたまま涙を流し、嗚咽を上げている。
ウィーグルは『リタ』の顔で慈愛に満ちた笑みを浮かべ、憐れな元・少女騎士の耳元にそっと囁いた。
「俺達は、元に戻れない」
残されていた一縷の希望を、容赦なく、踏み潰す。
そんなものは、はじめからなかったのだと、思い知らせる。
「返すも何もない。あの魔道具で入れ替わる事が出来るのは、一回だけなんだよ」
「う……そ……」
「残念ながら本当だ。俺は一生女のまま。そしてお前も、この先ずっと薄汚い盗賊の男として生きていくしかないのさ……くひっ、くひひひひひひッ! くひゃははははははははッ!!」
下劣な笑い声を高らかに上げ、絶望の表情を見せるリタを視線で、言葉で侮蔑する。
「ひっでぇ顔だな、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ! こんな男が自分だったなんて、今じゃ信じられねぇな!」
ウィーグルのあざけりも聞こえていないのか、リタは力なくその場に座り込み、呆然と呟いた。
「騙した……の? 元に戻れないって、最初から、知って……」
「そういうことさ! 入れ替わった時も、お前は簡単に騙されてくれたよなぁ。くくっ!」
発端は、リタの優しさだ。
急ごしらえの作り話をあっさり信じ、獄中の盗賊に同情したことで、魔道具シンパシーリングの【マホウ】は発現した。ウィーグルからいわせれば、入れ替わったのは彼女の自業自得である。
世の中は優しい人間が損をする。安易に同情などした少女騎士の軽率さを、『少女騎士』を奪った盗賊は心の底からあざ笑った。
「けどまぁ、そう落ち込むな。すぐにそんな人生は終わるさ!」
「なん……それは、どういう」
「わかんねぇか? 死刑だよ死刑! お姫様は、王国史上最悪の犯罪者を殺すことにしたのさ! 大勢の前で、見せしめのためになぁっ!」
今朝方、食事を運ぶ際に姫騎士アトラから直接聞かされたことだ。
『リタ』の記憶にある彼女らしからぬ決断だが、ウィーグルにはおおよその意図がつかめていた。
神父の淫行が発覚して以来、民衆は教会や教会を擁護する王城に不満を抱いている。それらの注意を逸らし、また広く認知された巨悪を目の前で大々的に葬ることで、少しでも不興を軽減させようとしているのだ。
人々を守る騎士が、民衆から憎まれながら盗賊として死ぬ。なんとも皮肉な話である。
「なんなら、最後にこのカラダを抱かせてやろうか? 自分で自分の処女を奪う経験なんて、めったに出来ねぇぞ!」
「お……あ……あああああああああああああああああああ!!!!」
誘惑をする『リタ』の言動には目もくれず、絶望の未来を思い男は慟哭する。
地下監獄全体に響き渡る悲痛な叫び声を、ウィーグルは高尚な音楽でも聞くような恍惚とした表情で聴いていた。
*
地上へと戻る途中、ウィーグルは書棚の間で本を読む長い耳の女を見つけ、声をかけることにした。
「よぉ。しばらくだな」
長い銀髪を揺らして、緋色の瞳が粗野な少女騎士を捉える。
ほんのわずかな沈黙を挟み、女はパタンと静かに本を閉じると相手に向き直った。
「指輪を、渡す気になりましたか?」
感情の起伏がほとんどない口調で、右手を差し向けてくる。
魔道具【シンパシーリング】の特性を教え、ウィーグルの脱獄──リタとの入れ替わり──を手助けしたエルフは、その際に取引をもちかけた。
脱獄に成功したならば、使い終わった指輪は自分に渡すこと。だがこの魔道具にはまだ利用価値があると考えたウィーグルは、約束を反故にした。
「バカが、そんなわけねぇだろ」
律儀に約束を果たすつもりはない。彼……『彼女』がエルフの女に声をかけたのは、指輪の特性をさらに理解するためだった。
「さっき、このカラダの元の持ち主と会ってきたんだがな。本人の人格がかなり薄れていた。身も心も、完全に『ウィーグル』になってやがったぜ?」
「自分も、やがて同じようになるのでは、と?」
「ふん、察しがいいな。……で、どうなんだ?」
実際のところ、そこまで不安に思っているわけではない。
リタと自分との侵蝕具合には、かなりの差異がある。だが、確認だけはしておきたかった。
「人格が塗りつぶされるのは、「同情をした」方だけです。「同情をされた」あなた……つまり魔道具を使った方の人格は、消えることはありません」
約束を反故にされた相手だろうが、エルフの女は丁寧に説明をしてくれる。
ウィーグルは盗賊の観察眼で女を睨みつけたが、嘘を言っているそぶりは見られなかった。
「なるほど、それを聞いて安心した。……もう一つ。本題はこっちだ」
姫騎士への復讐計画には、入れ替わりのマホウが要となる。
自分で使う事が出来ない以上、他の人間に魔道具を委ねるしかない。その場合、「どうなれば」マホウが発動するのか、詳しい条件を知る必要があった。
「入れ替わるのは、「指輪を持っている人間」と、指輪を持った奴を「同情した人間」で間違いはないな?」
「えぇ。補足するのなら、お互いの姿が見えていることが条件です」
「制約の多い道具だな……まぁ、問題ないか」
計画に支障はない。また、目の前のエルフ女が強引に指輪を奪いにくる気配もなかった。
「……お前、名前は?」
正体は不明。目的も不明。
なぜ魔道具に詳しいのか、なぜ自分を騙した相手にここまで協力的なのか。
そんな些細なこと、どうでも良い。ウィーグルにとって他人は、使える者かそうでないかだ。
「見所がある。全部上手く行った後は、俺の部下にしてやるよ」
「……そうですね。それも、いいかもしれません」
赤と金色の瞳を細め、女は「マギカです」と名乗る。
どことなく底知れない人物だが、『少女騎士』である自分の脅威になる相手ではない。敵は、騎士団の連中だけだ。
(いよいよ決行だ……首洗って待ってろよ)
『リタ』の肉体は一般人や下手な盗賊よりは強いが、騎士団の中では下っ端もいいところである。姫騎士、そして最強の近衛隊長を打ち倒すには圧倒的に力不足だ。
そして、そんな戦力差すら覆してしまうのが、【マホウ】の力だった。
君の名は。~ダークサイド
「自分」になった少女を侮蔑できるのは入れ替わりの特権だと思います。ぅぃ

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