バニシング・ツイン 前編
リハビリ双子モノ第二弾。前回とは無関係です
ムダに長くなりそうなので前後編に分けます。もう少し簡潔に出来ればいいのですが……
ムダに長くなりそうなので前後編に分けます。もう少し簡潔に出来ればいいのですが……
私はもともと双子だったらしい。
だが兄になるはずだった胎児は産まれる前に消えてしまい、私だけが残されたそうだ。
中学を卒業する際に、そんな話を両親から聞かされた。
たぶん、そうなんじゃないかと何となく思っていた。
自分と同じ顔をした男の子と一緒に遊ぶ夢を良く見ていたし、兄という存在に強く惹かれてもいた。
幼馴染を「お兄ちゃん」と呼んでもどこかズレを感じ、鏡の中の自分に何度も男装をさせた。
男子の制服を借り、男の真似事をしてみたことも一度や二度じゃない。けど、二次性徴を迎えた私の身体はどれだけサラシで締め付けても胸の膨らみを消す事が出来ず、いつしか男女の性差に絶望した。
それ以来男装はしていない。髪も伸ばし放題になり、性格は徐々に引っ込みがちになっていった。
いまでも兄は夢に出てくる。私の成長と共に姿を変え、しかし性格は子供時代から全く変わっていない。
「大丈夫だなつめ! オレに任せろ!」。そんな風に快活に笑う兄は、まるで現実に生きているかのようだった。
妄想乙、と笑われても構わない。
私は、兄が心の底から大好きだった。
「アホかお前」
意地の悪い声が、理想の兄を語る私を現実に引き戻す。
髪の毛を七三に分けた黒縁眼鏡の男が、冷酷な眼差しで私を見下ろしていた。
「理想を語るのもいいが、そろそろ現実を見ろ。進路は決まったのか?」
「……まだ、だけど」
進路。その一言で、心がズンと重くなる。
卒業後どうするのか。二年に上がったばかりでそれを考えろというのは、酷いと思う。
当然、教師から渡されたプリントは白紙のままだった。
「お兄ちゃんは?」
「僕は三年だぞ。当然決まっている。……というか、いい加減その呼び方はやめろ」
幼馴染の彼は疲れたようなため息をこぼし、眼鏡を押し上げる。
私とおそろいの黒縁眼鏡をしているのに、野暮ったい印象はなく全体的にシュッとしている。クールで格好良いと女子の中では評判だが、カノジョはいないらしい。
部活にも入っていないので、似たような生活をする私とは登下校の時間が重なることも多かった。
子供の頃の名残りでいまだに彼を「お兄ちゃん」と呼んでしまうが、さすがにこの年でそう呼ばれるのは恥ずかしいようだ。
とはいえ、昔から慣れ親しんだ呼び名を変えるのはなかなか難しい。
「とにかくだ、いもしない兄を妄想するのはやめろ。クラスでも孤立しているんだろ?」
「…………関係ないもん」
お兄ちゃんには聞こえない程度の小声で呟く。
私のコレは、男になれない自分に絶望した結果だ。
兄は何も悪くない。悪いのは私だ。
クラスで孤立するのも。進路が決まらないのも。根暗な性格も地味な外見も全部自己責任なのに、どうして兄が責められるのか。
(私が消えるべきだったんだ……)
どうして産まれたのが私だったのか。
近頃は、そんなことばかりを考えるようになった。
その夜。お風呂から上がりふと洗面台の鏡に目をやった。
前髪で顔の隠れた陰鬱な女が、隙間からじっとりとこちらを睨んでいる。
「……大丈夫だなつめ、オレに任せろ」
鏡を覗き込みながら、私は兄の口調を真似した。
「大丈夫だなつめ、オレに任せろ」
女の高い声のまま、男性的なセリフを繰り返し唱える。
鏡の中の女が口を動かし、耳に届くまでのわずかな時間に、男の声色へと脳内変換した。
兄が私を励ましてくれる幻聴に、心を委ねる。
「大丈夫だ、なつめ! オレに任せろ!」
夢の中で出会う快活な笑みに引きずられるまま、口端が歪む。
私の意識は、そこでプツンと途絶えた。
目覚まし用のアラームが鳴り、のそりと這い上がる。
「んぅ……」
枕元にある携帯をおぼろげな意識のまま握り締め、操作する。音楽が止まり、朝の静かな時間が戻ってきたことに安堵した。
……朝?
いつの間にベッドに入ったのか。布団を除けると、私はパジャマを着ていた。
お風呂上りからここにいたるまでの記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。
寝ぼけながら着替えたのだろうか。私は自慢じゃないが、そんな器用な人間じゃない。
時間は既に七時半を回っていた。腑に落ちないものを感じるが、とりあえず朝の仕度をしなければ。
そこでようやく、私は視界の変化に気が付いた。
(あれ……前髪がない?)
視界の大半を覆う長い前髪が、今日は一度も目に入らない。
変だなと思いながら姿見を覗き込むと、そこにはショートカットの女の子が映っていた。
「うそ……なんで……?」
前髪はバッサリ切り落とされ、驚く私の表情が丸見えだ。肩口まで伸びていた髪は耳に掛かる程度まで短くなり、妙に艶がかっていた。
震える手で髪を触る。
さらりとしたハリのある手触りは、昨日までの自分の髪とはまるで違った。
ただ短く切っただけでは、こうはならない。
「なんで……どうして何も覚えてないの!?」
戸惑いながら、視線が部屋の中を泳ぐ。
壁に掛けていた制服が、脱ぎ捨てられて床に散らばっていた。
タンスも開けっ放しで、泥棒が入った跡のように衣類が飛び出している。
勉強机には通学カバンと、先日渡された進路希望調査のプリントが置いてあった。
【大丈夫だ! オレに任せろ!】
空欄部分を完全に無視した、大きな字が書き殴られていた。
「お兄ちゃん……?」
夢の中で何度も聞いた、兄の言葉だ。
目頭がじわりと熱くなり、一瞬で涙が頬をつたう。
私に何が起こったのか。これから何かが起こるのか。
不安がないといえば嘘になる。
だが、失われた片割れとの再会はそれを上回る嬉しさだった。
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だが兄になるはずだった胎児は産まれる前に消えてしまい、私だけが残されたそうだ。
中学を卒業する際に、そんな話を両親から聞かされた。
たぶん、そうなんじゃないかと何となく思っていた。
自分と同じ顔をした男の子と一緒に遊ぶ夢を良く見ていたし、兄という存在に強く惹かれてもいた。
幼馴染を「お兄ちゃん」と呼んでもどこかズレを感じ、鏡の中の自分に何度も男装をさせた。
男子の制服を借り、男の真似事をしてみたことも一度や二度じゃない。けど、二次性徴を迎えた私の身体はどれだけサラシで締め付けても胸の膨らみを消す事が出来ず、いつしか男女の性差に絶望した。
それ以来男装はしていない。髪も伸ばし放題になり、性格は徐々に引っ込みがちになっていった。
いまでも兄は夢に出てくる。私の成長と共に姿を変え、しかし性格は子供時代から全く変わっていない。
「大丈夫だなつめ! オレに任せろ!」。そんな風に快活に笑う兄は、まるで現実に生きているかのようだった。
妄想乙、と笑われても構わない。
私は、兄が心の底から大好きだった。
「アホかお前」
意地の悪い声が、理想の兄を語る私を現実に引き戻す。
髪の毛を七三に分けた黒縁眼鏡の男が、冷酷な眼差しで私を見下ろしていた。
「理想を語るのもいいが、そろそろ現実を見ろ。進路は決まったのか?」
「……まだ、だけど」
進路。その一言で、心がズンと重くなる。
卒業後どうするのか。二年に上がったばかりでそれを考えろというのは、酷いと思う。
当然、教師から渡されたプリントは白紙のままだった。
「お兄ちゃんは?」
「僕は三年だぞ。当然決まっている。……というか、いい加減その呼び方はやめろ」
幼馴染の彼は疲れたようなため息をこぼし、眼鏡を押し上げる。
私とおそろいの黒縁眼鏡をしているのに、野暮ったい印象はなく全体的にシュッとしている。クールで格好良いと女子の中では評判だが、カノジョはいないらしい。
部活にも入っていないので、似たような生活をする私とは登下校の時間が重なることも多かった。
子供の頃の名残りでいまだに彼を「お兄ちゃん」と呼んでしまうが、さすがにこの年でそう呼ばれるのは恥ずかしいようだ。
とはいえ、昔から慣れ親しんだ呼び名を変えるのはなかなか難しい。
「とにかくだ、いもしない兄を妄想するのはやめろ。クラスでも孤立しているんだろ?」
「…………関係ないもん」
お兄ちゃんには聞こえない程度の小声で呟く。
私のコレは、男になれない自分に絶望した結果だ。
兄は何も悪くない。悪いのは私だ。
クラスで孤立するのも。進路が決まらないのも。根暗な性格も地味な外見も全部自己責任なのに、どうして兄が責められるのか。
(私が消えるべきだったんだ……)
どうして産まれたのが私だったのか。
近頃は、そんなことばかりを考えるようになった。
その夜。お風呂から上がりふと洗面台の鏡に目をやった。
前髪で顔の隠れた陰鬱な女が、隙間からじっとりとこちらを睨んでいる。
「……大丈夫だなつめ、オレに任せろ」
鏡を覗き込みながら、私は兄の口調を真似した。
「大丈夫だなつめ、オレに任せろ」
女の高い声のまま、男性的なセリフを繰り返し唱える。
鏡の中の女が口を動かし、耳に届くまでのわずかな時間に、男の声色へと脳内変換した。
兄が私を励ましてくれる幻聴に、心を委ねる。
「大丈夫だ、なつめ! オレに任せろ!」
夢の中で出会う快活な笑みに引きずられるまま、口端が歪む。
私の意識は、そこでプツンと途絶えた。
目覚まし用のアラームが鳴り、のそりと這い上がる。
「んぅ……」
枕元にある携帯をおぼろげな意識のまま握り締め、操作する。音楽が止まり、朝の静かな時間が戻ってきたことに安堵した。
……朝?
いつの間にベッドに入ったのか。布団を除けると、私はパジャマを着ていた。
お風呂上りからここにいたるまでの記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。
寝ぼけながら着替えたのだろうか。私は自慢じゃないが、そんな器用な人間じゃない。
時間は既に七時半を回っていた。腑に落ちないものを感じるが、とりあえず朝の仕度をしなければ。
そこでようやく、私は視界の変化に気が付いた。
(あれ……前髪がない?)
視界の大半を覆う長い前髪が、今日は一度も目に入らない。
変だなと思いながら姿見を覗き込むと、そこにはショートカットの女の子が映っていた。
「うそ……なんで……?」
前髪はバッサリ切り落とされ、驚く私の表情が丸見えだ。肩口まで伸びていた髪は耳に掛かる程度まで短くなり、妙に艶がかっていた。
震える手で髪を触る。
さらりとしたハリのある手触りは、昨日までの自分の髪とはまるで違った。
ただ短く切っただけでは、こうはならない。
「なんで……どうして何も覚えてないの!?」
戸惑いながら、視線が部屋の中を泳ぐ。
壁に掛けていた制服が、脱ぎ捨てられて床に散らばっていた。
タンスも開けっ放しで、泥棒が入った跡のように衣類が飛び出している。
勉強机には通学カバンと、先日渡された進路希望調査のプリントが置いてあった。
【大丈夫だ! オレに任せろ!】
空欄部分を完全に無視した、大きな字が書き殴られていた。
「お兄ちゃん……?」
夢の中で何度も聞いた、兄の言葉だ。
目頭がじわりと熱くなり、一瞬で涙が頬をつたう。
私に何が起こったのか。これから何かが起こるのか。
不安がないといえば嘘になる。
だが、失われた片割れとの再会はそれを上回る嬉しさだった。

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