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メイドと栞と退屈な書斎2

引き続き説明ターン


2頁「異世界の本」


 世界は女神によって創造された。
 それは、貴族社会が長く続くマルクのいた世界であったり。
 夜空に浮かぶ星の全貌を解き明かす、科学の世界であったり。
 何もない場所から火を生み出す、魔法の世界であったりする。

 あらゆる仮定が一つの成果として構築された『異世界』は、女神の住まう場所において本として扱われていた。
 人々はそれぞれの本の中で生活し、制作者たる女神の定めた秩序に則って生き死にを繰り返しているのだと言う。
「女神は基本的に不干渉だ。直接手出しはしない。だがとんでもない悪党が現れた場合に限り、彼女は本の住民に力を分け与え、【英雄】と呼ばれる存在を生み出すんだ。悪は滅び正義が勝利する、牧歌的な物語の誕生というわけさ」
 丸眼鏡の男の弁舌がそこで一旦止まり、沈黙が訪れる。
 マルクは用意されたイスに腰をかけ、丸テーブルの上に置かれていた紅茶を手に取った。姿はいまだにメイド服を着た女性のままだが、それについての関心は相変わらず薄い。
「……僕はね、もう飽きたんだ。安寧と平和が約束された物語なんかには、ちっとも面白味が感じられない。退屈なんだよ、彼女の作る世界は」
「だから、女神に成り代わろうと?」
 カップをソーサーの上に戻し、静かな声で訊ねる。
 にわかには信じ難い話だが、受け入れなければ始まらない。
 世界は本であり、本を作り大まかな内容を決めるのは女神という存在だ。
 そしてこの丸眼鏡の男は、女神の生み出す物語に飽き果てている。
「女神の力を奪い、君が代わって世界を創造する……そんなところか」
「ふふん、話が早くて助かる」
 丸眼鏡の男も一旦喉を潤し、わずかな沈黙が訪れる。
 メイドが本棚をはたく、パタパタという軽い音だけが書斎空間に響く。
「僕は女神の立場を手に入れたい。とはいえ彼女は強力で、おいそれと手出しができる相手じゃない」
「それはそうだろうな」
 マルクに言わせれば、女神とは大国を統べる女王のようなものだ。堅牢な牙城と屈強な守護者に囲まれていることは想像に難くない。
「だが気付いたのさ。女神の力は分散されていることに」
「【英雄】のいる世界か」
 女神は世界の均衡を保つため、自分の力を本の中の人物に分け与えている。つまり英雄から力を奪うことで、本体である女神自身の弱体化が期待できる。
 マルクはぐるりと視線を流し、無限に広がる書架を見た。この膨大な本の山に、いったいどれほどの英雄譚が記載されているのだろう。
「何も、英雄譚の全てに女神の加護があるわけじゃない」
 機先を制し、丸眼鏡の男はにこやかな顔のまま続ける。
「目星はすでにつけてある。女神に祝福された英雄がいる世界を僕が見つけ、マルクが英雄どもから力を奪うんだ」
 そこで話を区切ると、男はメイドを手招いた。
「現場での具体的な行動は、この子が教えてくれる」
「て、テイミーです。よろ、よろしくお願いします!」
 どもりながら、勢い良く頭を下げる。
 見るからに頼りなさそうな女だが、それでも異世界渡航の経験者だ。案内役はいないよりいる方が良い。
「そういうわけだ。二人で頑張ってくれたまえ」
「……気に入らないな」
「なに?」
「協力というからには、俺と君は同等のはずだ。しかし、これまでの話では俺の仕事の方が危険かつ多忙なようだが?」
 マルクは組織のボスとして君臨してきた。自尊心はそういった立場にしては慎ましいものだが、他人にいいように使われるのは癪に障る。
「……この膨大な本から女神の力を見つけただけでも、充分な働きぶりだと自負するがね」
「足りないな。君にも異世界への同行を求める」
「マルク様、ご主人様は……」
「構わないよ、テイミー」
 何かを言いかけたテイミーを制し、男は手近にあった書架から本を抜き取った。
「本の中に入る方法を教えよう」
 そういい、小さな紙片を掲げる。
 縦長で厚みはほとんどない。
「それは?」
「栞という。マルクの世界にもあっただろう?」
 親指と人差し指で挟んだ黒い栞をひらひらと弄び、口端を吊り上げた表情のまま続けた。
「ページを開き、どこでもいいから栞を挟む。そして本を閉じれば、移動完了だ」
 言葉通りの行動をする。
 だが、本を閉じた瞬間、男の体が発火した。
「ひぅうっ!」
 テイミーは両腕で頭を抱え、身を縮こませた。
 煌々と燃え上がる炎の色が、薄暗い書斎世界を鮮明に彩る。
「なっ……」
 一瞬で火柱へと変わった男は、悲鳴の一つさえ上げず、無言のままくずおれた。
 マルクは直前まで対面していた人間が消し炭へと変わるさまを、愕然と眺めていた。
「ただし、書斎世界の住人である僕がそれを行うと、本は拒絶反応を示す」
「!?」
 背後から男の……目の前で焼死したはずの男の声が聞こえ、慌てて振り向く。
 書架に挟まれた細長い通路を、紳士服を着た丸眼鏡の男が歩いていた。
 両腕を背中に回し、まだ怯えているテイミーに笑顔で片付けを命じる。
「ふええ……」
 ビクビクと主人であった男の灰を箒で掃き、床を磨いていく。
 あれほど激しく燃えていたのに、床には焦げ跡らしきものなどいっさいついていなかった。
「本の世界の住人であったマルクとテイミーだけが、栞を使って異世界に旅立てる。つまり僕は、同行したくてもできないんだよ。裏方専門というわけだ」
 男が目の前に栞を差し出す。
「納得してくれたかな?」
「……ふん」
 マルクは栞を受け取り、床に落ちた本を拾い上げた。これも焼け跡一つない。熱すら感じられなかった。
「この本は?」
 紺色の装丁がされた、厚みのある書籍だ。ページを開いてみるが、すべて白紙だった。
「そこに女神の力を授かった人間はいない。【英雄】は必要とされない、平和と慈愛に満ちた美しい世界だ」
「それは……退屈そうだな」
 適当な場所に栞を挟む。あとは、本を閉じるだけだ。
「まずは試したい。問題はあるか?」
「後で、テイミーもそこに送る。この世界へ戻るには、彼女の助けが必要だ」
「そうか」
 単独行動はできないと知り、マルクは心の中で舌打ちをした。
「最後にもう一つだけ聞かせてもらおうか」
「いくつでもいいぞ? 何だ」
 笑顔を浮かべる男を睨みつけ、乱暴にメイド服の端をつまむ。
「なぜ俺は、女になっている?」
「僕の趣味だ」
 はぐらかされたのか、それとも本気で言っているのか。
 笑顔を崩さない男からは、真意は読めなかった。


***

 本を閉じた途端、激しいめまいと熱に襲われた。
 強烈な光と闇の明滅が視界を塗り潰し、意識が遠のいていく。
 だがそれは、ほんのわずかな間の出来事にしかすぎず、気が付くとマルクは見知らぬ場所にいた。
(ここは……?)
 巨大な書架は影も形もなく、辺りは人で溢れている。
 自分が元々暮らしていた世界と同じような服装を見かけることもあれば、いやに露出度の高い女もいた。
 多くは花柄の散りばめられた一枚の布切れで全身を包んでいる。修道女がまとうローブのようにも見えるが、胸元が開けていて腰の辺りには布を巻いていた。マルクの知識にはない、初めて見る服装だ。
 幸せそうな顔をした男女が腕を組んで歩き、それを何組も見かける。喧騒の中には物売りの呼び込みも聞こえ、視線を向けると雲のような物体を美味そうに食う子供らがいた。
 見るもの全てが驚きに溢れている。
(素晴らしい……ん?)
 正面から恋人らしき男女が歩いてきた。二人はお互いの会話に夢中で、速度は緩む気配がない。
 女のような顔をした少年が、まっすぐ近づいてくる。親切に避けてやる気も起きず、マルクは少年の肩を突き飛ばそうと腕を振った。
 予想した衝撃は訪れず、音もなく相手の身体に腕が埋まる。
「!?」
 少年はそのままマルクの体を避けるまでもなく、するりと通り抜けた。
 何事もなく少女との歓談を続ける少年を横目で見送り、マルクは自分の体に視線を移す。
「これは……」
 男の肉体でもなければ、メイド服を着た女のものでもない。
 何もなかった。
 自分は今、手のひらを見つめているという感覚があるにもかかわらず、地面しか映りこんでいない。水か、さもなくば霧にでもなったかのように体の輪郭が消失していた。
 左右で拳を握り突き合せるが、煙を殴ったかのように手応えがない。透明化ではなく、肉体が完全に失われているのだ。
「……次から次へと、飽きさせないな」
 書斎世界では女になり、異世界へ辿り着けば実体のない魂だけの存在。目まぐるしく変化する自分の姿に、マルクは薄ら笑いを浮かべた。
「ま、マルク様ぁ~ッ」
 雑踏から脱力を促すような甘い声が聞こえ、振り向く。
「す、すいません、通してくださいぃ。むきゅうっ」
 呻き声を上げながら現れたのは、周囲の人間とは一線を画すメイド服姿のテイミーだった。
 彼女の姿は見えるのか、ほとんどの人々がその奇妙な格好に目を奪われている。
「ひ、ひどいですよぉ。先に行くなんて。お掃除が終わるまで待っててくれてもいいじゃないですか」
 マルクの前で立ち止まり、テイミーがむくれた声を出す。マルクの姿が他の人間に見えない以上、何もない空間に話しかけているようにしか映らない。
 好奇の視線が憐憫を含んだものに変わり、あからさまに目をそらす人間が続出した。
「テイミー。いいのか?」
「何がですか?」
「俺は構わないが……君は今、非常に目立っている」
 テイミーは意味がわからないといった風に首をかしげ、すぐに甲高い悲鳴を上げた。
「きゃああ!? そ、そうでした、私ったらつい……!」
 周辺からますます人波が引いていく。ずいぶん臆病な連中だと、マルクは鼻で笑った。
「と、とと、とりあえず、人目のない場所に移動しませんか? ここだと、ちょっと……」
 指摘しなければ何事もなくこの場で話を進めたに違いない。
 よっぽど言ってやろうと思ったが、ここは大人しく従うことにした。


「うぅ~、恥ずかしかったですぅ」
 喧騒から少し離れた雑木林の中で、テイミーは胸に手を当ててほっと一息ついた。
 初めて見たときから感じていたが、この女は馬鹿なのだろう。あるいはそう思わせる演技かもしれない。だとすれば、まんまと罠にかかってしまったことになる。
 マルクは、テイミーに対する警戒度を少しだけ下げることにした。
「まずは聞こうか。なぜ、俺には体がない?」
「あ、そこは気にするんですね……」
 書斎世界では女の体になっていたが、特に支障はなかったので追及も後回しにした。
 しかしこの世界では、実体そのものがなくなっている。認識されないのは便利だが、何も触れることが出来ないのでは行動の取りようがない。
「えぇと。あの体は、異世界では使えないそうです」
「だが、君は実体化している」
「それはそうですが……正直、この姿のまま異世界で活動できても、不便な場合が多いですよ?」
 テイミーを見た人々の反応を思い出す。
 自分が元いた世界でもメイドは珍しかったが、この世界では更に珍妙な存在のようだ。隠密行動ではないとはいえ、人目にはなるべくつきたくない。
「だがこのままでは何も出来ない」
「違いますよ。マルク様は、あらゆる人生を経験できるようになったのです」
 マルクが更なる説明を求めようとした矢先、茂みの方から女の叫び声が響いた。
「バカ! 意気地なし! もう知らない!」
 罵声を口にしながら勢い良く飛び出してきたのは、例の奇妙なローブを身につけた女だった。
 女はテイミーに目もくれず、左右二房にした髪を振り乱して大股で駆け抜ける。彼女のやってきた方を見ると、狼狽顔の少年が佇んでいた。
 女のような彼の目鼻立ちは、マルクの体を通り抜けた男の顔と一致する。仲睦まじく見えた二人だったが、喧嘩別れをしたようだ。
「一人になるみたいですね……では、少しだけあの方の人生をお借りしましょう」
「人生を借りる?」
「はい。今のマルク様は、他人の体に乗り移る事が出来るのです」
 言いながらテイミーは女が走り去ったほうへ向けて歩き出す。移動しながら、彼女は説明を続けた。
「異世界に住まう人間のカラダを操り、その人生を一時的に間借りする。それが、マルク様が魂の状態で本の中に入り込んだ最大の理由です」
「ほぅ……」
 そっけなく返したが、心は期待に膨らんでいた。
 他人になる。それは、自らの人生に退屈しきっていたマルクの悲願だった。
「どうすれば乗り移れる?」
「えぇと……相手のカラダの中に潜り込むイメージを持つことだ、とご主人様は仰っていました。…………あ、あと、対象は女性のみです」
「なぜだ?」
「ご主人様の話では、趣味だと」
 書斎世界でのことといい、ますますあの男の事がわからなくなった。
 だが理解できない相手にこそ、強い興味を抱く。
 テイミーによる諸注意を聞きながら、マルクははやる気持ちを抑えきれず実体のない口元を歪曲させた。






主人公は一応女体化しましたが
メインは憑依です
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また憑依か!(歓喜)

憑依される女性はどうなってしまうのか、
この後を想像するとグッと来ますね!
記憶は読み取れるのかなども気になるので
次回も楽しみにしてます!

No title

悪意に満ちた憑依をお願いします!

コメントありがとうございます


> John さん
懲りもせず飽きもせずに憑依です


> 柊菜緒 さん
今回はあまり制約がありません。
完全に主人公優位のお話になるかと


> 3℃  さん
今作も手加減無しで行きます!ヒャッハー