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ワーキング ~偶像

職業モノ4つ目
アイドル詰め合わせ

 立木市では、五人の少女たちがアイドル活動をしていた。
 立木サウンドフェアリーズ。妖精をイメージした煌びやかな衣装と高い歌唱力を持つ彼女たちは市外にも多くのファンを獲得し、CDの売り上げもインディーズにしては好評を博していた。
 メジャーデビューが近いと、ファンの誰もがそう思っていた。特にセンターの赤城マキ、そしてメンバーの中でもひときわ愛らしい容姿を持つ桃原ミサトの人気はすさまじいの一言だ。
 赤や桃色をベースにした個別のステージ衣装を着て振る舞う美しいダンスと、甘く囁きかけるような歌声は、ファンの半数以上を魅了している。
 もちろん残りの三人も美少女アイドルという肩書きに恥じない容姿と美声を持つが、どうしても先の二人に見劣りがちになってしまう。
 五人で一つのグループなのに、壁を感じる。メンバーの一人、蒼井ツバメは特にその思いが強かった。
 そんな折のことだ。
「君たち、舞台に立ってみないか?」
 はじまりは、社長の一言だった。
「舞台、ですか?」
 セミロングの赤城マキが目をしばたかせ、先ほどの言葉をオウム返しする。
 社長は一度深く頷くと、ある劇団の主催から事務所にオファーがあったことを補足した。
「あの、それって五人いっしょにお芝居をするってことです……よね?」
 おずおずと手を上げ、ショートボブの黄坂(こうさか)ミユが震え声で尋ねる。
 答えたのは社長ではなく、ミユの隣に座る長いツインテールの少女だった。
「ばかねぇ。私たち全員が主役なんてできるわけないじゃない」
 鈴の鳴るような愛らしい声を嘆息まじりに吐き出し、慣れた調子で自分より年上の少女へ悪態をつく。
 義務教育を修めているかすら危うい小柄な容姿ではあるが、彼女の存在感は誰よりも大きい。
「これは、誰が主演を勝ち取るかっていうメンバー内のオーディションなのよ。うふふっ、燃えてきたわぁ!」
 勝気で高圧的な桃原ミサトの本性を知る人間は少ない。拳を握りしめ野心を剥き出しにした美少女の姿は、彼女の幼さと愛らしさに魅了されたファンが見たら卒倒モノだろう。
「んー。ユカは、そーゆーの苦手だなぁ~。みんな一緒の方が楽しいじゃん?」
 下唇に細い指を添えて、紫河(ゆかりがわ)シノンがのんびりとした口調で発言する。
 そのセリフを、まるで心外だと言わんばかりに眉間にしわを寄せるのは、蒼井ツバメだった。
 桃原ミサトほど露骨ではないが、彼女も野心に燃える少女だ。
(楽しい……ですって? 私たちは仲良しごっこをしているの? 違うでしょ)
 切れ長の瞳に怒りをにじませ、向上心の欠片もないシノンを無言で睨みつける。
 子供の頃からアイドルを目指していた蒼井ツバメにとって、今はとても大事な時期だった。
 リーダーシップでは赤城マキに後れを取り、容姿では桃原ミサトの足元にも及ばない。ネット上では二軍扱いされ、個別のファンもシノンやミユとほぼ横ばい。そんな現状から抜け出すのに、舞台の話はまさにうってつけだった。
(そうよ……私は、トップアイドルになるの!)
 無言の気迫が、彼女のロングヘアを膨らませる。「まぁまぁ。明日は挨拶程度で終わる予定らしいから、気軽に構えてくれ」
 闘争心をあらわにするミサトと、目じりに涙を浮かべ始めたミユ。不満そうなシノンを社長がなだめすかし、どうにかその場は納まった。
 だがツバメは騙されない。その「挨拶程度」の面接ですべてが決まるのだ。
 やる気のないシノンや臆病なミユは問題外として、障害となるのはやはりマキ・ミサトのツートップだろう。
「よぉし、頑張ろうねツバメちゃん。みんなも!」
 はつらつとした笑顔を浮かべ、全員に向かってマキが声をかける。毒気を抜かれる裏表のない声と顔に、ツバメもうっすらと微笑み「そうね」とだけ答えた。
 ツバメはマキと一緒に過ごす時間に穏やかな気分を抱いていた。自分の中にある野心の炎が弱まっていくのがわかっているのに。いずれは蹴落とす相手なのに、彼女を親友と呼び、信頼したくなる。
 そして、それを悪いものではないと考えてしまう自分が、どうしようもなく嫌いだった。


 弱小事務所が費用を捻出して手に入れた中古のハイエースに連れられ、五人は目的の場所に辿り着いた。
 人気のない雑居ビルの階段をのぼり、マキが社長から手渡された住所とオフィスルームの一室とを照らし合わせる。
 扉は閉ざされ、中の様子は全く分からなかった。
「うん……うん、ここだね。間違いないよ」
「本当にぃ? 看板とか、何も出てないじゃない」
 メモをひったくり、ミサトが改めて扉と紙面を見比べる。
「ちょっと見せてー」
 シノンがそれをさらに後ろから奪い取り、スマホの画面をのぞき込んだ。
「ちょっと、いま私が見てるのよ! 返しなさい!」
「いいっしょ別に。んや? 圏外って……ここ、街のど真ん中だよねぇ?」
「わぅ~。け、ケンカしないでよぉ」
 騒ぎ始めた三人を尻目に、ツバメは閉ざされた扉に耳を寄せる。人の声はしはない。物音すらせず、中は静まり返っていた。
「悩んでても仕方ないよ! おっはよーございまーす!」
「きゃっ!」
 マキが持ち前の思い切りの良さを発揮し、ドアノブを回す。扉に寄り添っていたツバメはバランスを崩し、たたらを踏みながら室内へと入った。
「ようこそ、アイドルのみなさん」
 男の低い声に女の高い声を混ぜたような、不気味な音声が室内に響く。
 ツバメが顔を上げると、正面には一脚の長机と五つの椅子が置いてあった。それ以外のインテリアは何もなく、殺風景という言葉をそのまま表したような部屋だ。
 机を挟んだ壁際には、三人の男性が横並びに座っていた。中央に座る男はマイクを持ち、糸のようにか細い双眸でこちらを見つめている。
「早速ですが、みなさんの人生は我々が引き継ぎます。今までご苦労様でした」
 男性が口を動かすと、先ほどの不気味な音声が不可解な台詞となって反響した。だが誰もその言葉の意味を探るだけのゆとりはない。
 彼女たちの目は、糸目男の両サイドに並ぶ顔に釘付けされている。
「プロ……デューサー?」
 マキが震え声で、右側の椅子に座る中年男性を指差す。そこにいるのは数ヶ月前にアイドル達へのセクハラが発覚し業界から追放された、彼女たちの元プロデューサーだった。
「いよぉ、赤城ぃ。元気だったかぁ?」
 酒焼けしたような赤ら顔で笑みを浮かべ、つぶれただみ声がマキに向けられる。虎刈りの頭髪はだいぶ後退し、潰れ饅頭のような鼻がひくひくとうごめいていた。
 生理的な嫌悪感を掻き立てられるのか、明るく前向きな性格をもってしても頬を引きつらせ後退りする。
「ちょっと……なんでアンタがここにいるわけ?」
 トゲのある声で、ミサトが左側に座る太った男を睨みつけた。
 男はだぶついた頬肉を震わせ、歪曲した分厚い唇の隙間から赤い舌をのぞかせる。チェック柄のシャツに羽織った派手な桃色のハッピは、襟のところに黒字で『ミサト命』との刺繍がしてあった。
「ふぃひひひっ、ひ、ひさしぶり、だね。ミサたん」
 どもりの含んだ喋り方と、粘ついた声と視線にミサトの小さな身体が総毛立った。忌まわしいストーカーとの再会はおぞましいの一言に尽き、ふだん純真無垢をこれでもかとアピールする幼い顔立ちにはあからさまな憎悪が浮かんでいる。
 グループへ害をなした男達との再会に、ツバメ、シノン、ミユもそれぞれ動揺する。そんな彼女たちの狼狽をまるで無視して、中央の糸目男が再び口を開いた。
「紫河シノンさん。あなたは憑依されてください」
「へっ、ゆか? ってか、ひょーいって……?」
 輪を掛けて不明瞭な発言をする男に、シノンが怪訝な顔を浮かべる。
 だが次の瞬間、それは苦悶の表情に変わった。
「うっ……あっ……や、なに……?」
 カラダを小刻みに震わせ、息をするのも苦しそうに肩を抱きすくめる。額には汗を浮かべ、シノンは不可視の存在に自身が侵蝕されていくのを感じ取っていた。
「シノン? どうしたの、シノン!」
「やっ、ああっ! 入って、こない……で……ああああっ!」
 メンバーの声に耳を傾ける余裕もなく、目じりに涙を溜め悲痛な声で喘ぐ。
 シノンは弾かれたように体を弓なりに反らし、大きく痙攣した。見開かれた瞳が虚空を見つめ、苦しげに歪んでいた唇がゆっくりと閉じられていく。
「…………」
 がっくりとうなだれ、両腕をだらりと垂らす。狂乱じみた一幕が終わっても少女たちは一人としてその場から動かなかった。
 そんな中で誰よりも先に自分を取り戻したミサトが、壊れ物でも扱うように彼女の肩をゆする。
「ちょっとあんた……大丈夫?」
「う……」
 ピクリと指先が震え、シノンが焦点の合わない眼差しで周囲を見渡す。
 ミサトを寝起きのような顔で眺め、室内を、そして自分の両手へと順繰りに視線を移ろわせた。
「……綺麗な手だなぁ」
 細く小さな手をせわしなく裏表に返し、拳を何度も何度も握り、閉じる。口角がじわじわと吊り上がり、喉奥から歓喜の声が漏れ出した。
「あはっ、あははは! これも俺の声か! かっわいいなぁ、あはははははは!」
「ちょっと……?」
 狂気じみた哄笑に、身内へはどこまでも強気に出るミサトすら圧倒される。
 眉をひそめて半歩下がる少女の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
「シノンちゃん、しっかりして! どうしたの」
「へぇえ? この娘、シノンっていうんだ? んー……紫河シノン……アイドルね。あはは、俺がアイドル! しかも女かよ!」
 ベタベタと自身の女体を撫でまわす様は、まるでいやらしい男のようだ。口元に好色な笑みを浮かべ、興奮を隠し切れない様子で熱い息を何度も吐き出す。
「すべすべだぁ……やわらけぇ……」
 紫河シノンの曲線を這いまわる手つきは徐々に速度を上げ、服の上から性感を刺激し始めた。
 メンバーの痴態に他の四人は戸惑い、軽いパニックに陥る。
「シノンに何をしたの!」
「何もしていねぇさ。俺たちは。な」
 元プロデューサーが、ニタニタと不気味な笑みを浮かべて答えた。ストーカー男にいたっては片手を机の下に隠し、鼻息を荒くしてもぞもぞ動いている。
 そんな男たちの視線を意にも介さず、シノンは自身の豊かな乳房を服の上から鷲づかみにすると、左右を時計回りにこね回した。
「あんっ、んっ、女が胸を揉まれると、こんな気分になるのか……んはぁっ」
 艶めいた甘い声を漏らし、人前で胸を揉みしだく仲間の姿に、四人はますます混乱する。
 そんな中、合成音声の声が再び響いた。
「黄坂ミユさん」
「ひぅ!」
 名指しされたミユは子ネズミのように震え、顔を蒼白に染めた。
 自分も、シノンのようになるのではないか。そんな恐怖がありありと浮かんでいる。
「い……いやです。私は……!」
「あなたには、心だけ男性になってもらいます」
 かぶりを振って拒絶するミユに構わず、糸目男が再び難解な言葉を告げた。
 同時に、ミユの瞳がカッと力強く見開かれる。
「えぅっ、あ、やだ、なに、これ……いや! そんなこと……!」
「ミユ、ミユ! 大丈夫!?」
 突然苦しみだしたミユの腕を取り、必死で声をかけるマキ。
 しかしいくら励まそうとも、その言葉は心にまで響いてはいなかった。
 今までの認識が覆され、まったく別の思考が奔流のように押し寄せる少女に、他人の声など気にかける余裕はない。
「やだ……いやあ! わたしが……わたしじゃなくなる……!」
 これまで一度も浮かび上がったことのない黒い衝動が、全身に熱く燃え広がっていた。
 さっきまで恐怖の対象だったシノンの痴態に劣情を催し、口元が緩む。自分も服を脱ぎ捨て、自らの肢体を堪能したい思いが湧き上がる。
 貧相だと思っていた自分のカラダがとてもいやらしく感じ、弱気な自分をいつも励ましてくれる優しいマキを滅茶苦茶に犯してやりたい気持ちに支配される。
 アイドル衣装を着た少女達を、男性が放出する白濁液でどろどろに穢したい。一度も見たことのない興奮状態の男性器が自分の陰部にそそり立ち、先端から放物線状に精液を吐き散らかす様子や快感まで含め、ミユは現実感たっぷりに想像できた。
 女では知るはずのない射精快楽の妄想に、股間が下着を湿らせる。
 疼きだした子宮の存在感に、ミユは自分が女であることを改めて思い出した。しかし暴虐的な性的衝動はおさまるどころかますます荒ぶり、女体への欲求はとめどなく溢れてくる。
「うへへへぇ、マキちゃーん」
 マキの手を握り返し、ミユは今まで浮かべたことのない妖しい微笑を作った。
「な、なに?」
「なぁー、セックスしようぜ?」
「セッ……! なな、何言ってるの?」
「だからセックスだよ。レズセックス。そういやマキちゃんって、シノンちゃんの次ぐらいにおっぱいあるんだよなぁ~」
 指をしっとりと絡ませ、発情を隠そうともしない顔つきのままマキの肉体を舐め回すように見る。
 しなだれかかるように体をすり寄せ、どちらかが少しでも身を乗り出せば少女の唇が重なり合う近さになった。その光景を目にした瞬間、ツバメが金切り声を上げて二人を引き離す。
「やめなさいミユ! マキから離れて!」
「つ、ツバメちゃん……」
 迫られていたマキは安堵の表情を浮かべ、自らもミユから距離を取った。
「んだよぉ。女同士だし良いだろ? あ、ツバメちゃんも一緒にシタい?」
「ふざけないで!」
 警戒心を剥き出しにして怒鳴る。いつもならそれだけで萎縮し平謝りするミユが、今はあからさまに不愉快そうな顔を浮かべ舌打ちした。
「もーやだ! 私、帰る!」
 かんしゃくを起こしたように叫び、ミサトが部屋の出入り口へきびすを返す。
 ツバメもマキの手を引いて後に続こうとするが、またしても糸目男の声がアイドルの名前を呼んだ。
「桃原ミサトさん」
「ひひっ、ミサちゃぁん。君は、今から僕と一つになるんだよぉ」
 ストーカー男が席を立ち、自慰行為を繰り広げるシノンや服を脱ぎ捨て始めたミユには目もくれずに歩き出す。
 一歩進むごとに腹に蓄えたぜい肉がタプタプと揺れ、右手からは魚介類を思わせる腐臭が漂っていた。
 のしのしと迫りくるストーカー男に追い立てられるように、ミサトは慌ててドアノブに手をかける。しかし、扉が開かれることはなかった。
「え……?」
 だらりと、まるで風船の空気が抜けたようにミサトの手がしぼんでいた。ドアノブにかけた右手だけでなく、左腕も、白のニーハイソックスに包まれた両脚からも肌の張りが失われ、瑞々しい少女の肉体から中身だけが溶かされていく。
「ひっ、なによこれ……いや! いやああ! 助けて! お願い許して!」
 床に頬をこすりつけ、常に自信に満ち溢れた顔を恐怖に彩り、なりふり構わず悲鳴を上げる。その間にも、ミサトの幼い身体はしぼみ続けていた。
 生きている人間が着ぐるみへと変貌する猟奇的な光景に、ツバメは固唾を呑んで見入った。
「あ……あ……ぁ」
 頭の部分すら完全に萎れたところで、悲鳴は完全に途絶える。自尊心溢れる瞳が在った場所には、ぽっかりと穴があいていた。
 ストーカー男は皮だけになったミサトを拾い上げ、うなじの部分をおもむろにこすり始めた。愛する少女が無残な姿になったというのに、男は動揺するどころか嬉しそうに頬肉を弾ませている。
「ひひっ、ひひひ……見つけたぁ……」
 指先に何かを探り当てた男は、粘ついた声色で醜く微笑んだ。
 皮だけになった少女のうなじ部分には、『切れ目』があった。男がソコに指を掛けると、少女達の目の前でミサトの背中が切り開かれていく。
 内臓は完全に消失し、肉色の空洞だけが広がっていた。
「うわぁ……ミサちゃんの中、ピンク色で凄く綺麗だぁ」
 恍惚としたため息を漏らし、男は自ら引き裂いた少女の体内へと己の腕を突き入れた。まるで服に腕を通すかのような気軽さで、小柄なミサトの体型とは真逆の肉体が吸い込まれるように潜り込んでいく。
 野太い腕が細長くしなやかな腕へ。スネ毛だらけの足がニーハイソックスに包まれた美脚の中へと。ミサトの外見にあわせて、中身は一瞬で矯正されていった。
 最後に男はミサトの頭を被り、目の高さを調節するように二、三度揺り動かす。
 数秒後、そこにはツバメ達の見慣れた、グループ一の美少女である幼い体付きの少女が、萎む前と変わらない姿で目の前に佇んでいた。
「……ひっ、ひひひっひひひっひ!」
 奇妙に上擦った、嫌悪感を掻き立てられる粘ついた笑い声が、愛らしい少女の口から紡ぎだされる。
「一つになれた……ひひっ、ひゃははは! ミサちゃんが、僕だけのものになったんだぁ! ひゃひゃひゃひゃ!」
 耳をつんざくような甲高い声で哄笑し、自身を抱きすくめる。
 ファンに向けた純真無垢な笑顔でもなく、身内だけに見せる強気で高圧的な笑みでもないその顔は、「喜び」というにはあまりにも醜悪すぎた。
 外見は間違いなく桃原ミサト本人でありながら、仕草や表情や口調から滲みだすのは彼女の体内へと潜り込んだストーカー男のものだ。身体を乗っ取られた。そうとしか言いようがない豹変と異様な光景だった。
「逃げましょう、マキ!」
 ツバメは絶望に屈しそうになる心をなんとか奮い立たせ、マキの腕を力強く引っ張った。しかしマキはピクリともその場から動かない。
「マキ?」
 再度腕を引くが、やはり動かない。次々に嬌態をさらす仲間におののいていたはずの顔は、一転してすっかり穏やかな微笑みを浮かべていた。
「あうっ!」
 ガタンッと大きな音が聞こえ、ツバメは反射的に振り返る。
 ストーカー男が消え二人になった長机の向こう側で、元プロデューサーが椅子から転げ落ちていた。
「いたた……なに、これ……」
 男の両足首には、どういうわけか手錠がかかっていた。つながれた鎖は座っていたパイプ椅子の脚と絡まり、とっさには動けないようにしてある。
 自分が拘束されていることにたったいま気付いたように男は驚愕し、鎖を握り締めた。
「くっ、はずれな……に、逃げてツバメちゃん! それは私じゃない!」
「やだなぁ。何を言ってるんですか?」
「マキ……?」
 くすくすと微笑み、マキが口元に手を添える。
 シノンのように体中を撫で回すわけでもない。ミユのように喋り方が荒々しくなったわけでもなければ、ミサトのような異様な現象が起こったわけでもない。
 そこにいるのは明るく前向きで、メンバーの誰よりも優しい心を持つ赤城マキそのものの笑顔だ。それなのに、ツバメは胸の奥が凍り付きそうなほどの恐怖を感じていた。
 違和感と、これまでの異常事態による経験則が、元プロデューサーと目の前のマキを結びつけてしまう。「ありえない」と否定すべき常識の壁は、彼女の中でとっくに崩壊していた。
「どうしたの、ツバメちゃん。私、どこか変?」
「逃げて! わた、私、気が付いたらプロデューサーになってて……!」
「何言ってるの? どこからどう見ても私が赤城マキだよね。……それともツバメちゃんは、親友の私より芸能界から追い出されたセクハラオヤジを信じるの?」
「きゃあっ!」
 スカートの上から急に尻をまさぐられ、ツバメの口から女らしい悲鳴が上がる。
 柔らかな双丘を両手でこね回し、マキは甘えるようにすり寄ってきた。同い年だがハッキリと格差のある胸を重ね合わせ、息の掛かる距離で黒よりはトビ色に近い瞳が緩く弧を描いてツバメを見つめる。
「胸だけじゃなくて、お尻もちっちゃいねぇ。でもハリがあってムニムニしてて……気持ち良いー」
「やっ、やめて……んっ……」
「どうして? ツバメちゃん、私のこと嫌い?」
 眉尻を下げて縋るような目を向けるマキの顔に、胸がキュウッと締め付けられる。自分の言葉が彼女にそんな表情をさせているのだと思うと、ツバメはどうしようもなく心苦しかった。
(これはマキじゃない……わかってる。わかってるのに……!)
 何にでも興味を向ける大きな瞳。美しいカーブを描いた鼻筋。潤いに満ちた小さな唇。そこから紡ぎだされるハキハキした明るい声。少し外側にはねた栗色のセミロング。同い年でありながら自分の倍以上に膨らんでいる柔らかい胸。細い腰。しなやかな手足に白い肌。
 目に映る全ての情報が、目の前の少女は赤城マキだと訴えかけてくる。
「わ、私……は……」
「うんうん?」
「マキのこと、嫌いじゃ、ないわ……」
「……あはっ」
 マキがお尻から手を離し、一歩だけ下がる。いつもと変わらないポジティブな笑顔には、先ほどまでは浮かんでいなかった陰惨な影がさしこんでいた。
「それってさぁ……私が赤城だって信じてくれたんだよね? この俺をさぁ?」
「!」
 どこからどう見ても赤城マキだった少女の雰囲気が、その瞬間まるでコインの裏表が入れ替わったようにガラリと変わる。
 ツバメは恐怖と後悔にさいなまれ、ぺたりと崩れ落ちてしまった。
 立ち上がる気力すら消え沈み、ニタニタといやらしく笑うマキを唖然と見上げる。
「どうだ赤城ぃ? いや、セクハラプロデューサーさんよ。立木サウンドフェアリーズのメンバーが。お前の親友が! 俺こそが赤城マキだと認めてくれたぞ!」
「あ、ああああああ!」
 狂喜するマキの声も男の慟哭も、今のツバメには聞こえない。理不尽に襲い掛かってきた絶望に少女の心はぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。
(どうして私たちがこんな目に……どうして……)
 何が間違っていたのか、いつ間違えたのか。答えの出ない疑問が、ずっと頭の中で渦を巻く。
 絶望に食いちらかされたツバメの心へ、しかしその声ははっきりと届いた。
「蒼井ツバメさん」
 平坦な、感情を窺わせない声が真後ろから聞こえてくる。それがあの糸目男のものだとは、実際に振り返って見てもすぐには気付けなかった。
「わた……し?」
 ツバメの背後に立っていたのは、他ならぬツバメ自身だった。
 背中の裾が二股に分かれた燕尾服風のベストと、ミニのフレアスカートというアイドル衣装に包まれた『もう一人のツバメ』は両目を糸のように細めると、右手に持った注射器をきらめかせる。
「あなたには、消えて貰います。蒼井ツバメは一人で充分ですから」
 アイドル衣装のツバメは、ツバメの声で淡々と告げた。
 無色透明の液体が入った注射器の針が、いやにゆっくりとした動作で、ツバメのノド元に迫る。
「ひっ……いや……」
 助けてくれる人間は誰もない。
 シノンも、ミユも、ミサトも、マキも、全員が同じように怯えるツバメを見下ろし、ニヤニヤと笑っていた。


「……メちゃん。ツバメちゃんってば!」
 暗闇の中から、声が聞こえる。
 ツバメは身体を跳ね起こし、両目を大きく見開いた。長い間呼吸を忘れていたかのように息苦しく何度も喘ぎ、全身から噴き出した汗が服を濡らしている。
 長い髪が腕や顔に張り付き、目じりからは涙まで流れていた。
 目の前には、マキがいる。
 マキだけではない。他のメンバーも全員それぞれのイメージカラーを基調にしたアイドル衣装に着替え、事務所のソファにもたれかかるツバメの様子を窺っていた。
「居眠りなんて珍しいね。大丈夫?」
 マキが笑顔を浮かべ、顔にはりつく髪を優しく梳く。下卑た顔も、目を覆うような痴態もさらしていない。
 見慣れたいつも通りの仲間達の姿に、緊張の糸がほぐれていった。
(夢……そう、夢を見ていたんだ……)
 メンバーが一人ずつ豹変し、最後は自分も男に姿を奪われ、殺される。
 何という悪夢だろう。どうしてそんな夢を見てしまったのだろう。
 だがもう終わった。
 夢で良かった。現実じゃなくて良かった。
 ツバメは心の底からそう思い、ふと、自分が悪夢の中で着ていた青のアイドル衣装をまとっていることに違和感を覚えた。
「しっかりしなさいよね。今日は、新しいプロデューサーとの顔合わせでしょ?」
「そう……だっけ」
 まだ混乱しているのか、意識を失う以前の出来事が思い出せない。
 混濁する頭の中で、事務所のドアが開く音を聞く。開かれた扉へ、五人は一斉に視線を向けた。
「こんにちは、アイドルのみなさん」
 糸のように細い目をした男が、男にも女にも聞こえる声で無感動に挨拶をする。
 その瞳がツバメに向けられると、男の目はいっそう小さくなった。
「いけませんね。オーディションはまだ途中ですよ」
 その言葉に呼応するように、ツバメを取り囲む少女たちも微笑んだ。陰惨で淫靡な、いやらしい男の笑みを。
 悪夢は終わっていない。
 ツバメは一刻も早くこの夢から目醒めるよう、必死に祈り続けた。




なんかアイドルらしさが出ていない……
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