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憑依ゲーム STAGE.1 -リザルト

更新速度は極遅ですが、ちょっと時間が出来たのでステージ1のオチまで続けます


謎の男に捕らわれ、親友や家族に憑依した『誰か』の名前を当てるゲームに参加させられた少女の話です
親友に憑依していたのは鰐村と言う教師でした


◇ 鰐村
 女子校で教師をやっていると言うと、ほとんどの男友達が羨ましがる。
 だが正直に言おう。そんなにいいものではないと。むしろ男にとっては最悪な職場だと。

憑依ゲーム ステージ1 ~リザルト


 鼻につく香水の匂いが充満し、どこへ行ってもキンキンとした話し声が聞こえてくる。
 それが一人や二人ならまだ可愛らしいものだが、百人単位となれば害悪でしかない。良い香りも大量に交じり合えば悪臭となり、けたたましく響く高音の笑い声は聴いていると耳がおかしくなりそうだった。
 連中を見ていると、人間が動物であることを思い知らされる。
 開校当初はお淑やかな生徒も多く、近隣からは「お嬢様校」とまで呼ばれたことすらある女子校が、いまや動物園だ。
 ならば生活指導を任された俺はさしずめ飼育員か? そうでもない。
「女性のことは、同じ女性が一番よくわかっているんです」
 そんな風紀委員たちのふざけた台詞のせいで、俺の発言権はないも同然だった。
 生徒たちに都合のいい校則やお目こぼしがまかり通り、携帯や化粧用品が堂々と机の上に置かれているのが容認される有様である。
 俺が服装や頭髪を注意しようものなら、「セクハラです」といい対話を拒絶する。生足をさらして歩き回るお前たちの方がよっぽどセクシャルハラスメントだというのに、そんな反論すら馬鹿の一つ覚えのようにセクハラだと返し最後は人格攻撃を始めやがる。
 学園長は「男性の意見も交えてより良い生活指導を」との方針を掲げ、どんなに蔑ろにされていても俺が生活指導の担当から外されることはなかった。
 俺の仕事は、動物どもが寄り集まって決めたルールモドキに認め印を押し、上に提出するだけだ。
 このくだらない日々が定年まで続くのかと思うと、吐き気がした。

 ある日、女子寮で下着の盗難事件が起きた。
 普通に考えれば内部犯──寮内の人間を怪しむのだが、疑いの矛先はなぜか俺を含めた男性教師全員に向けられた。
 当然、心当たりなどない。そもそもリスクを冒してまで動物の下着を欲しがる人間がいることが信じられなかった。あんなものを手に入れてどうしようと言うのか。
 事件はその後もたびたび起こり、女どもは中世の魔女狩りよろしく男性教師を槍玉に挙げていった。
 劣悪な授業妨害をはじめ、一部ではあらぬ噂まで囁くようになる。
 下着ドロよりもよっぽど悪質なイヤガラセは同期の勝山先生にも及び、彼はその日のうちに辞職をさせられた。
(次は俺か……?)
 生徒たちの愚痴を言い合う仲だった教師が次々と餌食になるこの現状に、危機感を覚えないはずがない。
 だが運良く、俺は生活指導という立場にあった。
 風紀委員たちが厳戒態勢を敷くという提案に全面的に同意をし、調査にも参加し、態度で身の潔白を証明することができた。
 犯行時刻や被害者の関係性を調べ上げていくと、その延長線上に浮かび上がる人間が出てくる。
「こうしてみると、バレー部の被害が圧倒的ですね。それに、女子寮での被害は一年生が中心です」
 俺の指摘に、風紀委員長も納得しているようだった。
 おそらく犯人は、女子寮にいる人間で、バレー部に所属してる。俺が最初に睨んだ通りだ。
 ところが特定も間近になったそのとき、亀梨聖礼が俺の前に現れた。

 生活指導室で仕事をしていると、亀梨はしおらしい態度で部屋に入ってきた。
「先生、ちょっと相談が……」
「ん、なんだ?」
 亀梨は、ありていに言ってしまえば美少女だった。大きな目に、砂糖菓子のような声。胸の大きさはほかの女子よりも劣るが、全体的に整った少女らしいボディラインをしている。
 派手さこそないが思わず目を惹きつける魅力のある少女だった。長い髪を従来の校則通り左右で結んでいるのも好感が持てる。
「じ、実は私……先生のこと、好きなんです!」
「なに……?」
 あまりにも予想だにしていなかったセリフに、体が硬直する。
 呆然とする俺に構わず、亀梨はさらに熱のこもった視線で俺ににじり寄ってきた。
「私、先生になら……私の初めて、あげてもいいです。し、下着も今日は、私の一番のお気に入りのやつ、つけてきましたからっ」
 亀梨がブラウスのボタンをはずし、レースが入ったピンク色のブラジャーを見せつけてくる。
 俺はあまりの出来事に、頭が真っ白になっていた。
 わかるのは、俺の目の前で生徒が下着を見せつけていることだけだ。
 なんだこれは。一体何が起こっている?
 亀梨は微動だに出来ない俺の手を取り、自分の胸元へと引き寄せる。
 白いブラウスの隙間から見えるピンクの下着に指先が触れようとした、まさにその瞬間だった。
「そこまでだ、変態教師!」
 凛々しい声が生活指導室に響き、カメラの連射音が俺たちに向けられる。
 入り口に立っていたのは、舞台役者のような整った顔立ちの生徒、因幡勇魚だった。
「イサナ!」
 亀梨はパッと俺から離れ、因幡に駆け寄る。置き去りにされた俺は、いよいよ何が何だか分からなくなった。
「よかった……助けに来てくれるって、信じてた!」
「うん。もうすぐ、学園長や風紀委員の子たちも来るはずだよ」
 どういうことだ。これではまるで、俺が亀梨を襲おうとしたみたいじゃないか。
 戸惑う俺の耳に、廊下からバタバタと足音が近づいてくる。
「鰐村先生!? 何をしているんですか!」
「い、いや、俺は、何も……」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
 因幡が声を張り上げ、俺に向かってボストンバッグを投げつけてくる。見覚えのないバッグだ。
 開きっぱなしだったファスナーの口から、色とりどりのブラやパンツがこぼれ出した。
「貴様のロッカーで見つけたものだ! 言い逃れはできないぞ、下着泥棒め!」
「そ、そんな馬鹿な! 嘘だ、こいつは嘘をついている!」
 こんな粗の目立つ筋書きで俺に罪を被せる気でいるのか。
 風紀委員長も学園長も、いきなりの展開に戸惑っている様子だ。
「うっ……うっうっ、ぐすっ……」
 だが、ふいに聞こえてきた亀梨のすすり泣く声が、空気を一変させた。
「わ、私……進路のことで相談しようと思ったら、先生が急に襲い掛かってきて……」
 俺を除く同情的な視線に囲まれながら、涙ながらに亀梨が『真相』を騙る。
「で、でたらめを言うな!」
「黙ってて、鰐村先生。亀梨さん、それで?」
「無理やり押し倒されて……私の、む、胸を……! うううっ」
 女の涙は武器だというが、むしろ暴力そのものだ。
 涙一つで、荒唐無稽な話がみるみる真実らしい空気をまとい始める。風紀委員長も学園長も、亀梨の言葉をすでに疑っていなかった「これが、その証拠です」
 因幡が携帯を操作し、俺と亀梨の画像を開く。
 映っていたのは、亀梨の胸を触ろうとしているように見えなくもない写真だった。
「最低……」
 風紀委員長が、侮蔑のこもった視線を送りつけてくる。
「よく考えろ! 俺は、お前たちに協力していた! 一緒に犯人を捜していただろう!? 学園長、コイツの言っていること全部でたらめです!」
「…………処遇は追って伝えます。とりあえず今日は、みんな帰りなさい」
「が、学園長ぉぉっ!」
 わけがわからない。
 証拠品だと言って突き出されたバッグの存在も、タイミングよく現れた因幡も、嘘を並べる亀梨も。それらをあっさり信じる風紀委員長や学園長もだ。
 理性や理論をかなぐり捨て、場の雰囲気と自らの感情によって判断を下す連中の様子は、実に動物的で滑稽だった。

 どこをどう歩いたのか。気が付けば俺は踏切の前にいた。
 けたたましい警鐘や交互に点灯する信号機が、からっぽの頭に染み込んでいく。
(……終わりだ)
 今日は解散を命じられたが、学園長の様子から無罪で済みそうにないことはわかっていた。
 おそらく俺は、明日にでも懲戒免職を食らうだろう。
 下着ドロと生徒への淫行という濡れ衣を着せられ、それを晴らす手段も思いつかない。
 俺は、ハメられたわけだ。亀梨と因幡の二人に。
「畜生……なぜだ、どうして俺が……!」
 いっそのこと、このまま線路に飛び込んで死んでしまおうか。
 電車のライトが迫ってきた。
 この頼りないバーをまたぎ、数センチ進むだけで楽になれる。
 誘惑に屈し、足を前に踏み出しかけた、その時だった。

「電車事故の賠償金、おいくらだと思います?」
「え?」
 顔を上げる。
 正面。向かい側の踏切に、黒いスーツ姿の男が立っていた。
「!」
 突風が吹き、鉄の塊が目の前を猛スピードで通り過ぎていく。
 次に視界が開けた時、向かい側の踏切には誰もいなかった。
 踏切のバーがゆっくりと持ち上がり、待機していた車がのろのろと動き出す。
「いやぁ、亀梨聖礼。ひどい女ですよねぇ」
 さっきと同じ声が、すぐ後ろから聞こえてきた。
 振り返ると、踏切の向かい側にいたはずの男が背後に立っている。
 瞬間移動でもしたような身のこなしに、俺は絶句するしかない。
「あと一歩で真犯人にたどり着けたのに、彼女のせいで台無しだ。さぞ悔しい思いをしたでしょうねぇ?」
「な、なんだ、あんたは……っ」
 黒服の男は、歯を見せびらかすように笑い、俺の目を覗き込む。
「私のゲームに参加すべきですよ、鰐村さん。新しい人生を手に入れるチャンスです」
 人の話を一切聞かない、一方的な要求。言っている内容も謎だらけで、ちっとも理解が出来なかった。
 それでも無視をして歩き出さなかったのは、男の台詞に魔力めいたものを感じたからかもしれない。その場に縛り付けられたように、俺の足は一歩も進むことなく、気が付けば口を開いていた。
「……ゲームの内容は?」

 それから男は……鬼柳さんは、色々と説明をしてくれた。
 憑依という能力を使い、因幡のカラダを奪うことを。
 因幡の姿で亀梨を追い詰める計画を。
 だが。
 順調だったはずの計画は、急速に破綻を迎えた。
「……鰐村(わにむら)。生活指導の鰐村!」
 鬼柳さんの誘導で、亀梨は『因幡』に憑依した俺の名前を言い当てた。
 名前を当てられた俺は、因幡の身体からでていかなくてはいけない。
 濡れ衣で教職を失った、冴えない男の体に、戻らなければいけない。
「い、いやだ……!」
 話が違う。
 この身体は、俺のものだ。まだ全然楽しんでいない。『因幡』の立場を使えば、女子寮やバレー部の後輩を食いまくるコトだって容易いはずで……。
「往生際が悪いですねぇ。最初に説明したでしょう? もし正体がばれたら、身体は本人に返すと」
「あ、あんたが、あんたが亀梨に質問なんかさせるから!」
「難しすぎるとゲームになりませんからねっ! ファーストステージでいきなりチャレンジに失敗したら、亀梨さんだってやる気をなくしてしまうかもしれませんし」
「知ったことか! 亀梨を追い詰めるのが、俺たちの目的だろ!?」
「あぁ~、うるさいですねぇ。あなたの出番は終わりました。どうぞ、退場してください」
 鬼柳はテレビ画面いっぱいに指を映し、パチンと鳴らした。
 その瞬間、強烈な浮遊感と全身がドロドロに溶け崩れていくような感覚が同時に起き、ぐにゃりと視界が歪んだ。
「あぁ、そうそう。下着ドロですがね。犯人は因幡勇魚さんです。亀梨さんは彼女の性癖を知り、黙っている代わりに「親友」の契約を結んだそうですよ」
 鬼柳が楽しそうに何か喋っているが、全く聞こえない。激しい耳鳴りに襲われ、全身から力が失われていく。
「う……ぁ……」
 俺はベッドの上にカラダを横たえ、少女の声でうめき声を漏らした。
 それが、俺が『因幡勇魚』として発した、最後の言葉だった。

***

「ゲームは盛り上がらなければ面白くありません。亀梨さんや他のお二人があまりにも不甲斐ないようなら、遠慮なく私も口を挟ませてもらいます」
 イサナの身体から鰐村を追い出した(と思う)テレビの男は、ニヤニヤしたまま私や残りの二人を見回した。
 イサナは気を失っているのか、ベッドの上に倒れたままピクリとも動かない。
「あ、そうだ。クリアボーナスとして、亀梨さんに一つ、いいことを教えてあげましょう」
「……何?」
 あまり聞きたくなかったが、今は少しでもヒントが欲しい。
「実はですね。憑依されている間も、本人達の意識はちゃんとあるんですよ」
「え……?」
「つまり、憑依された自分がどんな行動をしているか、ちゃんと見て、理解しているわけです。イヤですよねぇ、自分の身体が好き勝手使われているのに、何も手出しが出来ないなんて!」
「……う、そ……」
 それじゃあ、イサナはずっと。鰐村にカラダを弄ばれていた間も、ずっと意識があったというの?
「彼女が目を覚ましたら、心のケア、していた方がいいんじゃないですかねぇ? 『親友』として」
「……そうよ、私とイサナは、親友なの」
 こんなことぐらいで、友情が壊れたりするもんか。
「その意気です。さぁ、ゲームを続けましょうかぁ! 次も当たると良いですねぇ?」
「くっ……」

 最低最悪のゲームは、まだ始まったばかりだった。
 あと二人。必ず救って見せる。



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