短編 「セックスレポート」
就活生入れ替わりネタ
前置きだけが長い…
【就活の相談乗ります! やり手の女社長によるマンツーマンで内定も? 女性のみ】
携帯を確認すると、そんな通知が届いていた。
就職活動に行き詰まり、とにかくコネを得ようと人気のマッチングアプリを使い始めてからわずか数日後のことだ。
このサイトの評価は驚くほど高い。社会人として働く人たちから話を聞けるのは物凄いメリットだし、就職率99%のうたい文句はまさに今の私にこそふさわしい言葉だった。
万が一お金や淫らな行為の要求をされたらすぐにサイト管理人が対応してくれるおかげで心置きなく利用できるのも大きい。
私は通知を送った人物のプロフィール詳細に目を通し、相手が女性であることや会社経営者という肩書を確かめるとさっそく申し込みにエントリーした。
実際に会う日時を指定した返信メールがその日のうちに送られ、素早い対応に感心しながら私は勝利を確信する。
ようやく就活時地獄から抜け出せる期待に胸を膨らませて、ついでにしばらく着用していた窮屈なスーツともお別れして思いっきり羽を伸ばした。
……それがよくなかった。
「クマ、大丈夫かな」
昼下がりの街中で女社長の到着を待ちながら、私はショーウィンドウに映る自分の顔を覗き込む。
待ち合わせは今日だとわかっていたはずなのに、つい夜更かししてしまった。なんとか化粧でごまかして時間にも遅れずに済ませたけど、リクルートスーツを身にまとった自分の姿はまだ二十歳になったばかりだというのに、どこかくたびれた雰囲気を漂わせ、フレッシュ感に欠けている。
そもそもスーツ自体が似合っていない。お仕着せ感が強くて、どうにも馴染んでいないように見えた。
一度も染めたことのない髪は、強い日差しを浴びて黒く艶めいている。胸が多少窮屈でも第一ボタンまできっかりと閉じて、タイトスカートの丈はもちろん平均的な長さで、さらに熱さにも負けずブラウンのストッキングまで穿く自分の姿は、いかにも真面目な就活生なはずなのに。
やっぱり顔つきだろうか。
男を知れば女は変わるというし、これまで「カレシ欲しー」と愚痴るだけで何もしてこなかった人生をちょっとだけ後悔する。
就活の相談ついでに、そのあたりのことも話してみようかな。そんなことを考えていた時だった。
「香坂さん?」
名前を呼ばれ、振り向くとプロフィール欄に載っていた女社長の顔がすぐそばに立っていた。
実物は写真で見るよりも遥かに整った顔立ちをしていて、同性ながら思わず見惚れてしまう。
同じ黒のスーツを着ているのに、私にはない色気を感じられる。多く見積もっても五つかそこらしか離れていないだろうに、落ち着いた微笑みには大人びた雰囲気をまとっていた。
第一ボタンを開け、シャツ越しにうっすらと浮かび上がる赤い下着のラインはむしろアンバランスな魅力をいっそう引き立てている。
「セクシュアルスワップの代表をしている空木です、今日はよろしくお願いします」
「はっ、はい! あの、今日はお時間いただき、まことにありがとうございます!」
「ふふっ、そんなに硬くならないで。うーん……」
優し気な顔つきのまま、空木社長が私を上から下までじろじろと眺める。素敵な女性に見つめられるのは悪くない気分だけど、ときどき送られる値踏みするような視線が少しだけ気になった。
「……うん。じゃあ、早速だけど行きましょうか」
「い、行くって、どこにですか?」
「もちろん、私の会社よ。見学させてあげるわ」
そう言って、てくてくと歩き出す。
やり手の女社長は、行動も早かった。
二人で並んで歩きながら、私は空木社長に尋ねられるまま自分のことを答えていった。
家族構成や趣味。休日の過ごし方や恋人がいるかどうかまで、およそ採用と関係なさそうな世間話を続けた。
気が付くと、オフィス街を抜け、飲み屋や食事処が立ち並ぶ繁華街に入っていた。よれよれのツナギを着た老人が昼間から酒を飲み、別の一画ではタバコを吸い、縁石に座ってたむろする人間を頻繁に見かけるようになる。
ときどきくたびれた雰囲気の中年が、すれ違いざまに私たちへ色目を使ってくる。舌なめずりする音が聞こえてきそうだった。
「あ、あの、見られてます」
「いいじゃない。どうせ彼らは毎日毎日シコるしか楽しみがなんだし、見せ付けてやりましょうよ」
「し、しこ……?」
「私たちが美人ってことよ。さぁ、着いたわ」
立ち止まり、築三十年は過ぎていそうな古めかしい雑居ビルを指す。
ビルの両隣はソープやアダルトグッズ店で挟まれ、薄暗い入り口からは怪しい雰囲気がモヤモヤと漂っているように見えた。一人きりなら絶対に入ろうとは思わない。
空木社長はむしろ当たり前のようにビルの中へ進み、奥のエレベーターに入っていった。……そういえば、この人がどんな仕事をしているのか聞いていない。
内定と言う言葉に踊らされるまま応募してしまったが、思い返せばプロフィールにも会社名しか書いていなかった気がする。
「あ、あの……空木社長ってどんな仕事をされているんですか?」
私のいまさら過ぎる質問に、社長は軽く驚いたように息を吐いた。
気を悪くさせたかと心配になるが、彼女はすぐ笑顔に戻る。
「そうね。簡単に言うと性に関するレポートサイト、かな」
エレベーターのドアが閉まる。
空木社長は上ではなく、表示されている最下層のボタンを押した。うなるような低い音を立てて、エレベーターが地下を目指し始める。
「香坂さんは、女性の快感がどんなものか説明できる?」
「え……? か、快感?」
「そう。一般的に女性の快感は男性よりも気持ちいいと言われているわ。でも、感応はひとりひとり違うものでしょう? セックスよりもクリイキの方がずっと気持ちいいって子もいれば、ナカでしかイケない子もいる。逆に、どれだけ膣内をかき回しても全く感じない子もいるのよね」
「は、はぁ……」
いきなり赤裸々に語られ、私は赤くなってしまう。仕事とはいえ、これが男性相手ならすぐにでもセクハラで訴えることができそうな話題だった。
「私たちは、その全てを知りたいの。女の子の気持ち良さを知って、世の男性たちへと伝えたい。女って、こんなに気持ちいいんだぞって」
エレベーターはあっという間に最下層へ辿り着いたが、セクハラトークはいっそう熱を帯びていく。
扉が開くと、薄暗い廊下を挟んですぐ目の前にも扉があった。
空木社長は胸元からカードを取り出し、リーダーに差し込む。
「わが社での女性社員の仕事はとても単純よ」
扉を開けると、強い光が一気に差し込んできた。
一瞬だけ視界が真っ白に染まる。目が慣れると、ここまでひたすら怪しげだった雰囲気を払拭するような清潔感のあるエントランスに出迎えられた。
正面にあるガラス扉にはセクシュアルスワップという社名ロゴが描かれ、白や茶色をしたレンガ壁の内装からは異国情緒みたいなものを感じる。
会釈する受付のお姉さん(この人も美人)に見送られながら進むと、吹き抜けのある細い回廊が見えてきた。
高い天井と木目のフローリングはおしゃれで圧迫感もない。壁際に置かれた観葉植物は、ここが地下であることを忘れさせる。
「わ……すごい……」
さっきまでのセクハラトークも忘れ、素直に感動した。
こんな綺麗な雰囲気の会社がブラック企業なはずはないと、確信にも似た気持ちでいっぱいになる。
「ほら、ちょうど社員が仕事をしているわ」
吹き抜けの前で立ち止まると、社長が下のフロアを覗き見るよう促した。
どうやらそこは、オフィスルームになっているようだ。
「え……?」
事務机が整然と並び、フロアの中央や壁際にはエントランスと同じく大きな観葉植物が設置されている。
デスクの前には、五人ほどの男女がいた。……私の頭が平静を保てたのはそこまでだった。
「はひっ! あ、あああっ、んんぅ!」
耳に飛び込んでくる、甲高い嬌声。
肉を打ち付ける乾いた音や、ぐちゅぐちゅという粘液をかき回す淫靡な音が、フロアのあちこちから聞こえてくる。
白濁液を裸体のいたるところにまとわせた若い女性は、下半身を露出させた男に今も後ろから犯され、よがっていた。
「ふぁあ! おくっ……当たって……この女、気持ち良すぎ……!」
「ハタさん手が止まってますよ! ベテランなんっすから、どんな風に気持ちいいかしっかり書いてくださいよぉ!」
「んなこと言ったって……んひっ、はぁ、あああんっ!」
女は正面のデスクに置かれたキーボードに手をかけるが、よほど快感に翻弄されているのか、タイピングもままならないらしい。
鋭い喘ぎ声をあげて仰向けにのけぞる。
私とそう変わらない、新卒の、まだ少女と言っても差し支えのない顔が快楽に歪んでいた。淀んだ瞳と目が合い、私は思わず息を呑む。
地帯を繰り広げているのはその二人だけではない。別のデスクでは騎乗位でゆっくり腰を振りながらメモを走らせる女もいるし、自らの巨乳を揉みしだきながら自慰行為にふける学生服姿の女もいた。
狂宴、乱交。
私のこれまでの人生で、ニュースの中の出来事でしかなかった光景が、目の前で繰り広げられている。
「な……に、これ……」
「仕事よ」
おののく私に、空木社長は顔色一つ変えず、むしろ誇らしげにほほ笑みながら答えた。
「ウチは女の快感を追究する会社よ。ここではオナニーもセックスも仕事の一環。彼女たちの仕事は、それを記事にすること」
「そ、そんなの、異常です!」
百歩夕って、セックスやオナニーの体験談を記事にするのはまだ理解できる。けれどそれを職場で、しかも他の人の目の前で繰り広げるなんて、常識では考えられなかった。
私が強い嫌悪感を示すと、、それまでにこにこしていた空木社長の雰囲気が急変する。
「はぁ……こんな気持ちいいモノ持ってるくせに、セックス嫌がるやつが多いんだもんなぁ。予想通りとはいえ、シラけるわ」
「社長……?」
「ま、今更何言ってもおせーけど」
それまでの上品な物腰から一転して、まるで男のような喋り方でニヤリと笑い、彼女の双眸がギラリと光る。
やっぱり普通じゃない。私は本能的に危険を悟り逃げ出そうとした。
ところが背中を向けた瞬間、いつのまにか真後ろにいた黒服の男たちに拘束されてしまう。屈強な男二人に腕をつかまれ、あっという間に身動きが取れなくなった。
両脚をばたつかせても腕をホールドする力が強くなるだけで、ちっとも抜け出せそうにない。痛いだけだ。
「まだ会社案内は終わってないのに、どこ行くつもりだ?」
「や……は、離して! 絶対、誰にも言いませんから!」
「あー、はいはい。いままで業務内容知った女ども、全員同じこと言ってたよ。くくっ、そいつら、いまどこにいると思う?」
ニヤニヤと、人を見下しきった嫌な笑顔だ。
「わ、わかりません……」
「おいおい、もうちょっと考えろよ。正解はぁ……お前が外で見た冴えない中年オヤジの中だ」
「……はい?」
「さ、会社案内を続けようか」
空木社長が再び歩き出すと、私の体は私の意志に反し、黒服の男たちに引きずられるがままその後を追った。
階段を降り、吹き抜けになっていた乱交部屋の中を素通りして奥の部屋に入る。
ドアが開いてまず目に飛び込んできたのは、二つの椅子だった。
薄明りが灯る小部屋の中央に、革張りの大きな椅子が置いてある。背もたれやひじ掛けの部分には大小さまざまなコードが取り付けられ、それぞれが隣と繋がっていた。
「ようこそ、わが社の中核へ」
空木社長はイスに座り、大仰なセリフで胸を張る。
私の背中で扉が音もなく締まり、室内の息苦しさがいよいよ増した。エントランスのような観葉植物もなく、椅子しか存在しないほの暗い部屋はまるで映画で見た拷問部屋のようで圧迫感がある。
扉を閉めた黒服の片割れはそのまま女社長の椅子に近づき、ベルトで彼女の手足を固定し始めた。
「さっきも言ったが、この会社では女がどれだけ気持ち良いかって記事を作っている。でも、女が男の何倍気持ちいいかなんて、両方体験している奴じゃねぇと書けないよな?」
拘束されながら、あくまでも余裕たっぷりに女社長が語る。
唖然としながら話を聞く私の腕を、もう一人の黒服が引っ張った。
「この椅子は特別でな。座った者同士の精神を入れ替えるんだ」
「いれか……え……?」
「そうだよ。ここの男性社員は、女と体を入れ替えていろんな性の快感をレポートしている。お前が外で見かけた冴えない中年どもは、元は新卒のお嬢さんだったわけだ」
話をしている間にも黒服は私を椅子に押し込め、女社長と同じように手足をベルトで縛る。
私は自分の身に何が起きているのか、そして彼女が何を言っているのか、半分も理解できていなかった。
考えがまとまらない。混乱している。
「そ、その子たちの身体は……どうなったの?」
「さっきお前も見ただろ。いまも、フロアで一生懸命仕事しているよ」
ドアの向こうから、絶頂のような鋭い嬌声が聞こえる。
ここにいる連中が何をしようとしているのかようやく悟った時には、手遅れだった。
こいつら、わたしの身体を奪う気だ。
「ま……待って! 空木社長は、女性でしょう!? 私と入れ替わる必要なんて……!」
「バカかお前。俺がもともとこの女なワケないだろ」
わかっていた。予想はついていた。
でも今は話をつないで、とにかく時間を稼ぎたかった。
拘束されている。手も足も首もベルトをきつく締められ、指先程度しか動かせない。それでも一筋の光明を求めて、私は矢継ぎ早に口を動かす。
「わ、私、文章力ないから! 私の体になっても、いい記事なんて書けませんよ!?」
「いいんだよ。今回は採用とかじゃなくて、新しいカラダが欲しかっただけだから」
そこまで言うと、空木社長は思い出し笑いでもするような軽い口調で、「あぁ、そうそう」と言葉を紡いだ。
「ちなみにこのカラダ、妊娠してるんだ」
「え?」
「いやぁ、ちょっと中出しされる感覚が知りたくてな。調子乗ってナマでやりすぎて、気が付けば三か月目だってよ」
「ひ、ひどい……」
「そう思うなら、お前がこの体のリカバリーをしっかりしてやれ。腹ン中のガキもろとも、全部お前にくれてやるよ」
そう言って、空木社長は椅子に深く腰を掛け背後の黒服に「始めろ」と声をかけた。
制止する間もなく、椅子の後ろでスイッチが押されるような、硬くて軽い音がする。
その瞬間、私の視界はグチャグチャにかき回され、あっという間に気分が悪くなっていった。
いやだ。
どうして、こんな。
身体を取られるなんて。初体験もまだなのに妊娠だなんて。
いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
「う、うあああああああああああああああ!!!!」
私は渾身の限り叫び────ぷつんと、目の前が真っ暗になった。
*
これはきっと悪夢。
就活があまりにも上手くいかないから、こんな夢を見てしまっているんだ。
本当の私はまだベッドで眠っていて、目を開ければいつも通り朝で、「今日も面接がんばらなきゃ」とか何とか言いながら憂鬱な気持ちでリクルートスーツに袖を通して昨夜の残りを朝ごはんにしていつも通り鏡の前でいつも通りお化粧をしていつも通りそういつも通りに────。
「んーっ、やっぱ若いカラダはいいなぁ」
私の目の前で私が爽快に笑っていた。
ペタペタと頬を触り、ひとしきり撫でまわした自分の手の平をニヤニヤと眺めている。
「肌もスベスベだな。こっちのほうが全然体も軽いわ」
自分では決して言わないだろう高い自己評価をして、意地の悪いまなざしが私を捉えた。
「そっちの気分はどうだい? 元・香坂さん?」
「あ……あ……」
椅子に座ったまま、自分の声ではない声を震わせて、体を見下ろす。
黒いスーツと中の白いシャツは同じなのに、シャツ越しにうっすらと透けて見えるブラの色は派手な朱色で、下着に押し込めらる胸の圧迫感はさっきよりも強く感じた。
私はこんなに大きな胸じゃないし、髪だってちゃんとアップでまとめていたし、よく見たらスーツのデザインも違うしストッキングを穿いていたのに生脚でこんな長くて細くなってて、でも容姿が少しばかりよくなったからと言って喜べるはずもなかった。
お腹が張っているような、生理中によく似た不快さがある。
胃がむかむかして、吐き気もする。食欲があるのに食べたら吐き戻してしまいそうな、矛盾した感覚を抱えていた。
「気分わりぃだろ? ツワリってやつなんだとよ」
無意識に、私は自分のお腹に手を当てる。
とくん、と胎動を感じた気がするのは、気のせいだろうか。
私はそれに、よりいっそう恐怖を煽り立てられる。母性なんてものが湧き上がるはずもなく、強い拒絶感でいっぱいになる。
「い、いやああああっ!!」
本当に、入れ替わってしまった。私は私を奪われ、初対面の女の体を押し付けられて、顔すら知らない男の子供を身ごもっていて。
「なんで、こんなの、ひどい。ひどすぎる……! 返して、私を返してよ!」
「ったく、ホントお前らって、同じセリフしか言わないよな」
慟哭する私の耳に、失笑を交えた自分の声が聞こえる。
見飽きた光景を眺める目つきのまま薄ら笑いを浮かべる「私」はひどく冷酷で、まるで別の人間を見ているかのようだった。
「いつまでもビービー泣かれちゃ迷惑だからな。一回だけチャンスをやる」
「……ちゃん、す?」
「ああ。世の中には、妊娠して子供を産みたいって変態野郎も多くてな」
ほんの一瞬だけ差し込んだ希望の光が、あっけなく消える。
虫をいたぶるような嗜虐的な目が、私の反応を窺っていた。
「そいつらと入れ替わって男として生きるか、それとも女のまま、誰のかも分かれねぇガキを産むか……どっちの人生がマシか、よく考えてから選びな」
「あ、ああ……あああああああああああああ!!」
想像すらしたくない二択を突き付けられ、私は再び慟哭した。
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前置きだけが長い…
【就活の相談乗ります! やり手の女社長によるマンツーマンで内定も? 女性のみ】
携帯を確認すると、そんな通知が届いていた。
就職活動に行き詰まり、とにかくコネを得ようと人気のマッチングアプリを使い始めてからわずか数日後のことだ。
このサイトの評価は驚くほど高い。社会人として働く人たちから話を聞けるのは物凄いメリットだし、就職率99%のうたい文句はまさに今の私にこそふさわしい言葉だった。
万が一お金や淫らな行為の要求をされたらすぐにサイト管理人が対応してくれるおかげで心置きなく利用できるのも大きい。
私は通知を送った人物のプロフィール詳細に目を通し、相手が女性であることや会社経営者という肩書を確かめるとさっそく申し込みにエントリーした。
実際に会う日時を指定した返信メールがその日のうちに送られ、素早い対応に感心しながら私は勝利を確信する。
ようやく就活時地獄から抜け出せる期待に胸を膨らませて、ついでにしばらく着用していた窮屈なスーツともお別れして思いっきり羽を伸ばした。
……それがよくなかった。
「クマ、大丈夫かな」
昼下がりの街中で女社長の到着を待ちながら、私はショーウィンドウに映る自分の顔を覗き込む。
待ち合わせは今日だとわかっていたはずなのに、つい夜更かししてしまった。なんとか化粧でごまかして時間にも遅れずに済ませたけど、リクルートスーツを身にまとった自分の姿はまだ二十歳になったばかりだというのに、どこかくたびれた雰囲気を漂わせ、フレッシュ感に欠けている。
そもそもスーツ自体が似合っていない。お仕着せ感が強くて、どうにも馴染んでいないように見えた。
一度も染めたことのない髪は、強い日差しを浴びて黒く艶めいている。胸が多少窮屈でも第一ボタンまできっかりと閉じて、タイトスカートの丈はもちろん平均的な長さで、さらに熱さにも負けずブラウンのストッキングまで穿く自分の姿は、いかにも真面目な就活生なはずなのに。
やっぱり顔つきだろうか。
男を知れば女は変わるというし、これまで「カレシ欲しー」と愚痴るだけで何もしてこなかった人生をちょっとだけ後悔する。
就活の相談ついでに、そのあたりのことも話してみようかな。そんなことを考えていた時だった。
「香坂さん?」
名前を呼ばれ、振り向くとプロフィール欄に載っていた女社長の顔がすぐそばに立っていた。
実物は写真で見るよりも遥かに整った顔立ちをしていて、同性ながら思わず見惚れてしまう。
同じ黒のスーツを着ているのに、私にはない色気を感じられる。多く見積もっても五つかそこらしか離れていないだろうに、落ち着いた微笑みには大人びた雰囲気をまとっていた。
第一ボタンを開け、シャツ越しにうっすらと浮かび上がる赤い下着のラインはむしろアンバランスな魅力をいっそう引き立てている。
「セクシュアルスワップの代表をしている空木です、今日はよろしくお願いします」
「はっ、はい! あの、今日はお時間いただき、まことにありがとうございます!」
「ふふっ、そんなに硬くならないで。うーん……」
優し気な顔つきのまま、空木社長が私を上から下までじろじろと眺める。素敵な女性に見つめられるのは悪くない気分だけど、ときどき送られる値踏みするような視線が少しだけ気になった。
「……うん。じゃあ、早速だけど行きましょうか」
「い、行くって、どこにですか?」
「もちろん、私の会社よ。見学させてあげるわ」
そう言って、てくてくと歩き出す。
やり手の女社長は、行動も早かった。
二人で並んで歩きながら、私は空木社長に尋ねられるまま自分のことを答えていった。
家族構成や趣味。休日の過ごし方や恋人がいるかどうかまで、およそ採用と関係なさそうな世間話を続けた。
気が付くと、オフィス街を抜け、飲み屋や食事処が立ち並ぶ繁華街に入っていた。よれよれのツナギを着た老人が昼間から酒を飲み、別の一画ではタバコを吸い、縁石に座ってたむろする人間を頻繁に見かけるようになる。
ときどきくたびれた雰囲気の中年が、すれ違いざまに私たちへ色目を使ってくる。舌なめずりする音が聞こえてきそうだった。
「あ、あの、見られてます」
「いいじゃない。どうせ彼らは毎日毎日シコるしか楽しみがなんだし、見せ付けてやりましょうよ」
「し、しこ……?」
「私たちが美人ってことよ。さぁ、着いたわ」
立ち止まり、築三十年は過ぎていそうな古めかしい雑居ビルを指す。
ビルの両隣はソープやアダルトグッズ店で挟まれ、薄暗い入り口からは怪しい雰囲気がモヤモヤと漂っているように見えた。一人きりなら絶対に入ろうとは思わない。
空木社長はむしろ当たり前のようにビルの中へ進み、奥のエレベーターに入っていった。……そういえば、この人がどんな仕事をしているのか聞いていない。
内定と言う言葉に踊らされるまま応募してしまったが、思い返せばプロフィールにも会社名しか書いていなかった気がする。
「あ、あの……空木社長ってどんな仕事をされているんですか?」
私のいまさら過ぎる質問に、社長は軽く驚いたように息を吐いた。
気を悪くさせたかと心配になるが、彼女はすぐ笑顔に戻る。
「そうね。簡単に言うと性に関するレポートサイト、かな」
エレベーターのドアが閉まる。
空木社長は上ではなく、表示されている最下層のボタンを押した。うなるような低い音を立てて、エレベーターが地下を目指し始める。
「香坂さんは、女性の快感がどんなものか説明できる?」
「え……? か、快感?」
「そう。一般的に女性の快感は男性よりも気持ちいいと言われているわ。でも、感応はひとりひとり違うものでしょう? セックスよりもクリイキの方がずっと気持ちいいって子もいれば、ナカでしかイケない子もいる。逆に、どれだけ膣内をかき回しても全く感じない子もいるのよね」
「は、はぁ……」
いきなり赤裸々に語られ、私は赤くなってしまう。仕事とはいえ、これが男性相手ならすぐにでもセクハラで訴えることができそうな話題だった。
「私たちは、その全てを知りたいの。女の子の気持ち良さを知って、世の男性たちへと伝えたい。女って、こんなに気持ちいいんだぞって」
エレベーターはあっという間に最下層へ辿り着いたが、セクハラトークはいっそう熱を帯びていく。
扉が開くと、薄暗い廊下を挟んですぐ目の前にも扉があった。
空木社長は胸元からカードを取り出し、リーダーに差し込む。
「わが社での女性社員の仕事はとても単純よ」
扉を開けると、強い光が一気に差し込んできた。
一瞬だけ視界が真っ白に染まる。目が慣れると、ここまでひたすら怪しげだった雰囲気を払拭するような清潔感のあるエントランスに出迎えられた。
正面にあるガラス扉にはセクシュアルスワップという社名ロゴが描かれ、白や茶色をしたレンガ壁の内装からは異国情緒みたいなものを感じる。
会釈する受付のお姉さん(この人も美人)に見送られながら進むと、吹き抜けのある細い回廊が見えてきた。
高い天井と木目のフローリングはおしゃれで圧迫感もない。壁際に置かれた観葉植物は、ここが地下であることを忘れさせる。
「わ……すごい……」
さっきまでのセクハラトークも忘れ、素直に感動した。
こんな綺麗な雰囲気の会社がブラック企業なはずはないと、確信にも似た気持ちでいっぱいになる。
「ほら、ちょうど社員が仕事をしているわ」
吹き抜けの前で立ち止まると、社長が下のフロアを覗き見るよう促した。
どうやらそこは、オフィスルームになっているようだ。
「え……?」
事務机が整然と並び、フロアの中央や壁際にはエントランスと同じく大きな観葉植物が設置されている。
デスクの前には、五人ほどの男女がいた。……私の頭が平静を保てたのはそこまでだった。
「はひっ! あ、あああっ、んんぅ!」
耳に飛び込んでくる、甲高い嬌声。
肉を打ち付ける乾いた音や、ぐちゅぐちゅという粘液をかき回す淫靡な音が、フロアのあちこちから聞こえてくる。
白濁液を裸体のいたるところにまとわせた若い女性は、下半身を露出させた男に今も後ろから犯され、よがっていた。
「ふぁあ! おくっ……当たって……この女、気持ち良すぎ……!」
「ハタさん手が止まってますよ! ベテランなんっすから、どんな風に気持ちいいかしっかり書いてくださいよぉ!」
「んなこと言ったって……んひっ、はぁ、あああんっ!」
女は正面のデスクに置かれたキーボードに手をかけるが、よほど快感に翻弄されているのか、タイピングもままならないらしい。
鋭い喘ぎ声をあげて仰向けにのけぞる。
私とそう変わらない、新卒の、まだ少女と言っても差し支えのない顔が快楽に歪んでいた。淀んだ瞳と目が合い、私は思わず息を呑む。
地帯を繰り広げているのはその二人だけではない。別のデスクでは騎乗位でゆっくり腰を振りながらメモを走らせる女もいるし、自らの巨乳を揉みしだきながら自慰行為にふける学生服姿の女もいた。
狂宴、乱交。
私のこれまでの人生で、ニュースの中の出来事でしかなかった光景が、目の前で繰り広げられている。
「な……に、これ……」
「仕事よ」
おののく私に、空木社長は顔色一つ変えず、むしろ誇らしげにほほ笑みながら答えた。
「ウチは女の快感を追究する会社よ。ここではオナニーもセックスも仕事の一環。彼女たちの仕事は、それを記事にすること」
「そ、そんなの、異常です!」
百歩夕って、セックスやオナニーの体験談を記事にするのはまだ理解できる。けれどそれを職場で、しかも他の人の目の前で繰り広げるなんて、常識では考えられなかった。
私が強い嫌悪感を示すと、、それまでにこにこしていた空木社長の雰囲気が急変する。
「はぁ……こんな気持ちいいモノ持ってるくせに、セックス嫌がるやつが多いんだもんなぁ。予想通りとはいえ、シラけるわ」
「社長……?」
「ま、今更何言ってもおせーけど」
それまでの上品な物腰から一転して、まるで男のような喋り方でニヤリと笑い、彼女の双眸がギラリと光る。
やっぱり普通じゃない。私は本能的に危険を悟り逃げ出そうとした。
ところが背中を向けた瞬間、いつのまにか真後ろにいた黒服の男たちに拘束されてしまう。屈強な男二人に腕をつかまれ、あっという間に身動きが取れなくなった。
両脚をばたつかせても腕をホールドする力が強くなるだけで、ちっとも抜け出せそうにない。痛いだけだ。
「まだ会社案内は終わってないのに、どこ行くつもりだ?」
「や……は、離して! 絶対、誰にも言いませんから!」
「あー、はいはい。いままで業務内容知った女ども、全員同じこと言ってたよ。くくっ、そいつら、いまどこにいると思う?」
ニヤニヤと、人を見下しきった嫌な笑顔だ。
「わ、わかりません……」
「おいおい、もうちょっと考えろよ。正解はぁ……お前が外で見た冴えない中年オヤジの中だ」
「……はい?」
「さ、会社案内を続けようか」
空木社長が再び歩き出すと、私の体は私の意志に反し、黒服の男たちに引きずられるがままその後を追った。
階段を降り、吹き抜けになっていた乱交部屋の中を素通りして奥の部屋に入る。
ドアが開いてまず目に飛び込んできたのは、二つの椅子だった。
薄明りが灯る小部屋の中央に、革張りの大きな椅子が置いてある。背もたれやひじ掛けの部分には大小さまざまなコードが取り付けられ、それぞれが隣と繋がっていた。
「ようこそ、わが社の中核へ」
空木社長はイスに座り、大仰なセリフで胸を張る。
私の背中で扉が音もなく締まり、室内の息苦しさがいよいよ増した。エントランスのような観葉植物もなく、椅子しか存在しないほの暗い部屋はまるで映画で見た拷問部屋のようで圧迫感がある。
扉を閉めた黒服の片割れはそのまま女社長の椅子に近づき、ベルトで彼女の手足を固定し始めた。
「さっきも言ったが、この会社では女がどれだけ気持ち良いかって記事を作っている。でも、女が男の何倍気持ちいいかなんて、両方体験している奴じゃねぇと書けないよな?」
拘束されながら、あくまでも余裕たっぷりに女社長が語る。
唖然としながら話を聞く私の腕を、もう一人の黒服が引っ張った。
「この椅子は特別でな。座った者同士の精神を入れ替えるんだ」
「いれか……え……?」
「そうだよ。ここの男性社員は、女と体を入れ替えていろんな性の快感をレポートしている。お前が外で見かけた冴えない中年どもは、元は新卒のお嬢さんだったわけだ」
話をしている間にも黒服は私を椅子に押し込め、女社長と同じように手足をベルトで縛る。
私は自分の身に何が起きているのか、そして彼女が何を言っているのか、半分も理解できていなかった。
考えがまとまらない。混乱している。
「そ、その子たちの身体は……どうなったの?」
「さっきお前も見ただろ。いまも、フロアで一生懸命仕事しているよ」
ドアの向こうから、絶頂のような鋭い嬌声が聞こえる。
ここにいる連中が何をしようとしているのかようやく悟った時には、手遅れだった。
こいつら、わたしの身体を奪う気だ。
「ま……待って! 空木社長は、女性でしょう!? 私と入れ替わる必要なんて……!」
「バカかお前。俺がもともとこの女なワケないだろ」
わかっていた。予想はついていた。
でも今は話をつないで、とにかく時間を稼ぎたかった。
拘束されている。手も足も首もベルトをきつく締められ、指先程度しか動かせない。それでも一筋の光明を求めて、私は矢継ぎ早に口を動かす。
「わ、私、文章力ないから! 私の体になっても、いい記事なんて書けませんよ!?」
「いいんだよ。今回は採用とかじゃなくて、新しいカラダが欲しかっただけだから」
そこまで言うと、空木社長は思い出し笑いでもするような軽い口調で、「あぁ、そうそう」と言葉を紡いだ。
「ちなみにこのカラダ、妊娠してるんだ」
「え?」
「いやぁ、ちょっと中出しされる感覚が知りたくてな。調子乗ってナマでやりすぎて、気が付けば三か月目だってよ」
「ひ、ひどい……」
「そう思うなら、お前がこの体のリカバリーをしっかりしてやれ。腹ン中のガキもろとも、全部お前にくれてやるよ」
そう言って、空木社長は椅子に深く腰を掛け背後の黒服に「始めろ」と声をかけた。
制止する間もなく、椅子の後ろでスイッチが押されるような、硬くて軽い音がする。
その瞬間、私の視界はグチャグチャにかき回され、あっという間に気分が悪くなっていった。
いやだ。
どうして、こんな。
身体を取られるなんて。初体験もまだなのに妊娠だなんて。
いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
「う、うあああああああああああああああ!!!!」
私は渾身の限り叫び────ぷつんと、目の前が真っ暗になった。
*
これはきっと悪夢。
就活があまりにも上手くいかないから、こんな夢を見てしまっているんだ。
本当の私はまだベッドで眠っていて、目を開ければいつも通り朝で、「今日も面接がんばらなきゃ」とか何とか言いながら憂鬱な気持ちでリクルートスーツに袖を通して昨夜の残りを朝ごはんにしていつも通り鏡の前でいつも通りお化粧をしていつも通りそういつも通りに────。
「んーっ、やっぱ若いカラダはいいなぁ」
私の目の前で私が爽快に笑っていた。
ペタペタと頬を触り、ひとしきり撫でまわした自分の手の平をニヤニヤと眺めている。
「肌もスベスベだな。こっちのほうが全然体も軽いわ」
自分では決して言わないだろう高い自己評価をして、意地の悪いまなざしが私を捉えた。
「そっちの気分はどうだい? 元・香坂さん?」
「あ……あ……」
椅子に座ったまま、自分の声ではない声を震わせて、体を見下ろす。
黒いスーツと中の白いシャツは同じなのに、シャツ越しにうっすらと透けて見えるブラの色は派手な朱色で、下着に押し込めらる胸の圧迫感はさっきよりも強く感じた。
私はこんなに大きな胸じゃないし、髪だってちゃんとアップでまとめていたし、よく見たらスーツのデザインも違うしストッキングを穿いていたのに生脚でこんな長くて細くなってて、でも容姿が少しばかりよくなったからと言って喜べるはずもなかった。
お腹が張っているような、生理中によく似た不快さがある。
胃がむかむかして、吐き気もする。食欲があるのに食べたら吐き戻してしまいそうな、矛盾した感覚を抱えていた。
「気分わりぃだろ? ツワリってやつなんだとよ」
無意識に、私は自分のお腹に手を当てる。
とくん、と胎動を感じた気がするのは、気のせいだろうか。
私はそれに、よりいっそう恐怖を煽り立てられる。母性なんてものが湧き上がるはずもなく、強い拒絶感でいっぱいになる。
「い、いやああああっ!!」
本当に、入れ替わってしまった。私は私を奪われ、初対面の女の体を押し付けられて、顔すら知らない男の子供を身ごもっていて。
「なんで、こんなの、ひどい。ひどすぎる……! 返して、私を返してよ!」
「ったく、ホントお前らって、同じセリフしか言わないよな」
慟哭する私の耳に、失笑を交えた自分の声が聞こえる。
見飽きた光景を眺める目つきのまま薄ら笑いを浮かべる「私」はひどく冷酷で、まるで別の人間を見ているかのようだった。
「いつまでもビービー泣かれちゃ迷惑だからな。一回だけチャンスをやる」
「……ちゃん、す?」
「ああ。世の中には、妊娠して子供を産みたいって変態野郎も多くてな」
ほんの一瞬だけ差し込んだ希望の光が、あっけなく消える。
虫をいたぶるような嗜虐的な目が、私の反応を窺っていた。
「そいつらと入れ替わって男として生きるか、それとも女のまま、誰のかも分かれねぇガキを産むか……どっちの人生がマシか、よく考えてから選びな」
「あ、ああ……あああああああああああああ!!」
想像すらしたくない二択を突き付けられ、私は再び慟哭した。

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