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長編が頓挫しているのに長編を再び書き始める愚行

映画「悪魔を憐れむ歌」のような雰囲気をめざして書く憑依もののプロローグです
何も始まっていません
 自分の生涯に価値はなかった。
 誰かと愛を育むこともなく、何かに夢中になることもなく、ストレスばかりが溜まる職場と明かりのついていない家を往復するだけの生活にしがみついて、誰の記憶にも刻まれることなく独りで死んでいく。俺はきっとそんな終わり方しかできないと、諦めに満ちた心でそれを受け入れていた。
 ゴミみたいな人生だ。もちろん未練はない。あえていうなら、楽しみにしている本が読めなくなる程度の無念。
 残念だが、それも我慢できないほどじゃなかった。
 いつ終わっても良い。ありふれた不幸な事故で死ぬのは、むしろ本望でさえある。
 だから、歩道に突っ込んできた軽自動車を見た瞬間、心は恐怖ではなく高揚感に震えた。
 やっと死ねる、と。
 そう思った次の瞬間、俺の身体はコンクリート塀にたたきつけられ、フの字に折り曲がった。
 眼鏡が弾き飛ばされ、勢い余った頭がフロントガラスを突き破る。ぼやけた視界がエアバックに守られた若い女を捉えた。
 混乱の極致に達した青ざめた顔が、俺を見る。美人だった。事故を起こしたせいか、それとも俺なんかと目を合わせたからか、女は怯えた表情をしている。
 じわじわと後悔を滲ませる瞳が、とても綺麗だ。
(ずりぃなぁ……)
 かすれつつある意識の中、そんな嫉妬心が湧き上がる。
 見てくれの良い女は、泣き顔まで愛らしい。そんな生き物に対して羨望を抱かないわけがなかった。
 すれ違う美少女を見るたびに、その身を奪い取りたい衝動に駆られてきた。細いくせに全体的に丸みを帯びた身体も、紡がれる高い声も、その女を構成する人格やこのさき築き上げていく未来に至るまで、ぜんぶ自分のものにしたい。
 女になりたいのではなく、成り代わりたい。悦びも悲しみも、酸いも甘いも、ぜんぶ、丸ごと、そっくり俺のものにしたいと、そんな妄想を抱えながら生きてきた。
 当然そんな歪んだ想いが実現するはずもなく、ひたすら欲望を積み重ねるだけの人生だった。
(欲しい……よこせよ。くれよ……! おまえの、ぜんぶ)
 走馬灯が回る瞬間にさえ女を妬みながら、命の灯を消していく。
 ふっと体が軽くなった。
 目の前が暗くなり、痛みが消える。
「あ……?」
 神経が再接続されたような感覚にまぶたを上げると、フロントガラスを突き破った見るもおぞましい男と目が合った。
 暗転したはずの視界が急に光を取り戻し、状況を把握しようと反射的に目玉が動き回る。眼鏡を失ったはずなのに、視界は凄まじくクリアだ。
「車の中……? って、この声……」
 漏れ出た声がいつもと違う事に気付き、飛びつくようにバックミラーを傾ける。
 鏡に映ったのは、驚きに目を見開いた女の顔だった。俺の、げんなりするような男の顔はどこにもない。
 ぽかんと開けた口が少しずつ緩み、口角がじわじわと吊り上がっていく。そうした「俺」の仕草を、鏡の中の女が忠実に再現した。
「マジかよ……マジかよ、これ!」
 キンキンと甲高い声が耳の内側から響く。鏡の女が、整った顔立ちを喜びに染め上げた。
 身体を乗っ取った。憑依ができた!
 夢がついに叶い、俺は価値のない生涯の中で一度たりとも感じることのなかった興奮と愉悦に満たされる。
「はははっ! やった、やったぞ…………あ?」
 手に入れた新しい身体をかき抱こうとして、初めて左腕に違和感を覚えた。
 視線をやると、抜け殻になった男の手が俺の腕を握りしめていた。空っぽのはずの肉体がぴくぴくと痙攣を続け、筋肉が震えるたびに太い指が細腕に食い込む。
「チッ……触んじゃねぇ、よ!」
 乱暴に腕を振り払うと、ブラウスの袖にべったりと血の痕が付いた。
 いかにも不健康そうな赤黒い色を見た瞬間、高揚感が一気に沈んでしまう。
「……おいおいおい。勘弁してくれよ」
 思わずため息が漏れた。
 女に成り代わりたいと願った。人格も未来も、ぜんぶ欲しいと願った。だが、それはあくまでも価値のある人生の話だ。
 交通事故で人を殺した女の生涯は、価値あるものか? 未来にあるのは幸福か?
 ありえない。絶対に。
 価値のない生涯という点において、俺とこの女は今や同等だった。
「クソ……! こんな身体で生きてかなきゃいけねぇのか……!?」
 周囲には野次馬が集まり、センセーショナルな事故を興味深そうに眺めている。逃げることは出来なさそうだ。
 激しい動揺と恐怖心に襲われ、混乱へ陥った顔がバックミラーに映り込む。感情がこの女自身と同化し、引っ張られた。
(ど、どうしよう……どうしたら……!)
 おろおろするばかりで、答えが出てこない。
 ふと、後部座席に娘がいることを思い出す。
 あの子は無事だろうかと、親心というよりは単に現実逃避の先を見つけた思いで振り返った。
「う……ん……ママ……?」
 髪をおさげに結わえた幼い娘が、寝起きのようなおぼろげな声を出す。
 衝突のショックでいままで気を失っていたようだ。念願の憑依を果たして場違いにも笑い転げていた母親の姿は見ずに済んだのか、警戒心のない丸々とした瞳を俺に向けてくる。
 母親として安堵したのは、ほんの短い時間だった。押しのけるように浮かび上がってきた計画は、まさに天啓といえる。
「大丈夫?」
 光明のような閃きを態度に出すことなく、俺は娘を心配する母親の感情に突き動かされるまま手を伸ばした。
 自分が髪を梳かし、可愛らしく結わえた数時間前の光景が脳裏によぎる。「俺」の知らない私の記憶を当たり前のようにさかのぼり、小さな頭に左手を添えた。
 俺は優しく微笑み、母親の精神からは湧き出るはずもない欲望に満ちた感情を娘へと向ける。
 瞬間、自分の意識が左手に集まり、内側から外へと流れ出す感覚が走った。
 流れ出た意識は手のひらをつたい、娘の内側へと移る。俺の精神が小さな肉体の隅々にまで行き渡り、身体の所有権を無垢な少女から強引に切り離していった。
 まばたきを一つしただけの、わずかな時間だった。その間にすべての工程が終わり、俺の視界は母親から娘のものへと替わる。
(はっ……! 乗り換え成功だ!)
 さっきまでの身体と比べて目線が低く、手足も短い。
 母親よりもさらに一回り小さな手を何度も握りしめ、問題なく動くのを確かめた。
「どうしたの? どこか、痛い?」
 俺の支配から解放された母親は、それまでの行動を引き継いだかのように娘へ声をかけてくる。
 どうやら支配されていた間のことは覚えていないらしい。それどころか、自分自身の行動として勝手に辻褄を合わせてくれるようだ。
「へぇぇ、こりゃあ便利だ」
「うん? なに言って…………うひゃ、はは、はははっ」
 だらしのない笑い声が、突然、脈絡もなく女の口から溢れ出す。
 娘の手で母親に触れると、俺の視界は見上げる側から再び見下ろす側へと逆転していた。けたけたと笑う母親を、娘がおぞましいものでも見るような目で見つめてくる。
 俺はその眼差しを無視して、女の記憶を探った。予想通り、自らの意思で娘に触れたことになっている。
(やっば……最高すぎだろ、この力!)
 記憶の補完や抽出が可能で、本人の感情もトレースできる。身体の乗り換えも自由となれば、もはや何の心配もいらない。
「きゃははは! これだよこれ! 俺が欲しかったのは、こんな能力だ!」
 触れたままの左手をつたい、再び少女の肉体を支配する。
 まだ舌足らずな甘い声で狂喜すると、ほんの一瞬前まで同じ顔をしていた母親が、おぞましいものを見る目で娘を睨んだ。
「な、何がおかしいの? ねぇ、ほんとに平気?」
「あははっ、大丈夫だよママ。それよりも……」
 野次馬の誰かが呼んだのだろうか。救急車のサイレンが町中から近づいてくる。
 俺は少女の短い指で、フロントガラスを突き破る醜悪な男を指さした。
「その人、死んでるよ」
「え……あ……っ、ああ……!」
 自分の罪を思い出したのか、女がまたもや混乱する。
 そうやっておろおろしていれば誰かが助けてくれる人生を歩んできたのだろう。見てくれのいい女は、それだけで価値があるという証拠だ。
 だが今回ばかりは誰も手を差し伸べられない。女は法の下で裁かれ、人生の一部と多額の賠償金を支払うことになる。
「ママの人生、終わっちゃったね。ふふふ」
 あどけない顔と声で「あたし」が決定的な一言を告げてやると、いよいよ顔つきが変わった。
「なに笑ってるのよ……」
「うん?」
「あんたのせいでしょ!」
 今まで聞いた事もない鋭い声と同時、乾いた音が車内に響く。
「あんたが、話しかけてくるから……そうよ、だから、気が散っちゃったんじゃない!」
 右を、左を。母親は激昂に任せて、幼い娘の頬を張る。母親から虐待を受ける女の子の恐怖が俺と同化し、自分自身のものとして共有される。
「い……ってぇな! クソババア!(ごめんなさい、ママ)」
 脳裏によぎる哀願のセリフを押しのけ、少女の口からは「俺」の言葉が弾き出た。
 人格も感情も少女のものに成り代わったはずなのに、考え方はあくまでも「俺」に基づくらしい。
 娘の思考が欲望まみれの男に成り代わったとは知りもしない母親は、口ごたえされたのがよほど気にくわなかったかますます怒りを燃やした。
「親に向かって、なんて口きくの!」
 完全に冷静さを欠いた目で睨み、歯をむき出しにする。
 子供の首を絞めるには充分すぎるほど大きな手が、わなわなと震えていた。
「ちょっとあんた! 何してんだ、やめろ!」
 怒りに狂った母親の凶行は、やって来た救急隊員によって未遂に終わる。
 同時に、人生の終わりが確定した瞬間でもあった。交通事故を起こしたばかりか、錯乱して娘への虐待を働いたヒステリー女に誰が味方するものか。
 逆転どころか、やり直しすら出来ない、最悪の状況だ。
(はははっ、ざまあみろ)
 スッとした気分になり、初めて自分があの女を恨んでいたことに気付く。
 事故には、むしろ感謝しているぐらいだ。
 しかしそれはそれとして、俺を殺したのは許しがたい。
 死にたいと思っていたのに、殺されれば腹が立つ。理屈ではなかった。
 ともかく、女への復讐は達成された。
 俺は救急隊員に抱きかかえられるようにして車を降り、改めて自分の身体を見下ろす。
 短い手足に小さな胸は、女というにはまだまだ未成熟だ。
(……まぁ、いいさ)
 誰にでも際限なく乗り換えられる俺に、メインボディは必要ない。
 少女の低い視線で、野次馬どもを見渡す。
 スマホを構える制服姿の女子高生。同情的な目を向ける主婦。健康的に日焼けしたショートヘアの女。扇情的な格好をした大学生風の女。堅苦しそうなスーツに身を包むOL。
 俺は、誰にだって成り代われる。
 幸せな人生をいくらでも味わえるし、逆に本人しかわからない辛い体験をすることもできる。嫌になったら別の体へ移ればいい。
 最高の生活が始まろうとしていた。


「はははは……は…………あ?」
 耳障りな笑い声に目を覚ます。
 品定め途中の女たちが忽然と消え、見慣れた天井が空を覆っていた。
 交通事故に色めく野次馬どものざわめきが、都会で鳴くセミの声に変わっている。半年以上も眠っていたかのような違和感を覚え、俺はため息をついた。
「……夢か」
 女への憑依。その念願がついに叶った、人生最高の瞬間だった。
 寝起きの頭が、少しずつハッキリしてくる。
 俺はグッと身体を反らし、唸り声を上げた。ここのところ寝落ちばかりで、まともに横になった覚えがない。両手両足が重く感じ、だるい気分がいっこうに抜けていかなかった。
「ま……しょうがねぇか」
 嘆息と同時にベッドから立ち上がり、部屋の隅に立てかけてある姿見の前に立つ。
 成熟した女の体がそこにあった。女はルームウェアはおろか下着すら身につけず、大量の愛液が乾いた股間を恥じる様子もなくニヤニヤと眺めている。
 これが、今の俺だ。
 ゆうべはこの肢体をオカズに、明け方まで自慰に耽った。身体がだるく感じるのはむしろ必然だろう。
 貪るように絶頂を繰り返し、十回を超えたあたりで記憶がなくなっていた。股間がやや赤みを帯びて、ヒリヒリとした痛みを訴えているあたり、あれからさらに悦楽を味わったのだろう。
「女って、ホント気持ち良いよなぁ……あ……やば」
 思い出したら、身体が疼いてきた。
 俺の興奮に女体が反応し、さらに深い快楽への堕落を促す。
「困ったなぁ……午後から講義なんだけど……」
 女の記憶と同調して、心にもない呟きを漏らす。
 湧き出た欲望を制止するつもりはなかった。今までも、これからも。
(懐かしい夢も見たことだしな……あれはホント、嬉しかった)
 この力を手に入れてからというもの、俺はさまざまな女に乗り移り、あらゆる快楽と幸福な人生を経験した。
 しかし、近頃は充実感に欠ける気がする。
 「ぜんぶ」を手に入れた実感が、どうにも不足気味だった。
 通りすがりの女を乗っ取り、自由に快楽を得るいまの生き方に不満はない。あるはずもないし、これこそが俺の求めた生活だと今も自信を持って言える。
 飽きることもない。幼女から人妻まで幅広い女の人生を奪いオモチャにする遊びは、価値のない空っぽな男の生涯とは比べ物にならないほど楽しい。
 それでも、初めて憑依したときほどの興奮は得られなかった。心の底から狂喜するほどの手ごたえを久しく感じていない。
「ぁ……んんっ、別に、いいけどさぁ……はっ、んぁっ」
 胸を揉み、乳首を根元から爪で擦り上げ、甘い声をこぼす。
 思考が麻痺し、欲望のスイッチが入った。
 今日の講義を落としたら単位が取れないのに、「私」の手は快楽を得るため激しく動き始めるのだった。

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この後いろんな人の人生を捻じ曲げたのかと思うとワクワクしますね!

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