復讐メイツ 4
痴漢をしてクビになった教師が入れ替わり能力を使い復讐をする話です
北見緑華 編 1
復讐メイツ 4 ~北見緑華 1
盟悠学園からほど近い、ボロアパートの二階。そこが、俺の家だ。
見慣れた、それでもしばらくぶりに感じる男の骨ばった手で鍵を回し、室内に入る。
すでに肉体の再転換は済まし、俺は元のセクハラ教師に。ソラは同僚を襲う淫乱教師へと戻った。
「くっ、くくく……」
自分の犯していない罪を被ることになったソラの顔は、実に見物だった。
元のカラダに戻れた安堵、下着であることの羞恥、まだ余韻を残していた肉体の疼き、身体を奪われ弄ばれたことへの恐怖。それらの感情が全て混ざり合ったような、そんな表情だ。
『誰も信じないでしょうが……余計なことは言わないでくださいね。俺はいつでも、貴女になれるんですから』。
ダメ押しとばかりにそう言ってやると、ボロボロと涙を流し短い言葉で嘆いていた。
罪悪感などない。むしろあの絶望に染まった顔を思い出しているうちにまたムラムラとしてきた。
生徒指導室では俺ばかり楽しんでいたせいで、『俺の身体』はいまだに興奮から抜け出せないでいる。
あの柔らかな感触がまだ残っているうちに、一発ヌイて鎮めておくか。そう思ったときだった。
「ご機嫌ですね、先生」
「!?」
この部屋には本来存在しないはずの声を聞き、慌てて振り向く。
部屋の入り口に、眼帯をしたセミショートの少女が微笑み浮かべて立っていた。
俺に転換能力を与えた正体不明の女生徒……真壁雪美だ。
「お前……どうやって中に!」
「鍵、閉め忘れていましたよ。無用心ですね」
口元に手を当てて、クスクスと声を上げる。
確かに、俺は鍵を閉めた覚えがない。だがそもそも、どうしてコイツは俺の家を知っている?
「そんなことより、どうでしたか。オンナの快感を知った感想は? 自分と正反対の人気者を陥れた感想は?」
「……ふん」
何もかも、お見通しというわけか。
俺の家も、俺が何をしていたのかも、俺が山瀬空と入れ替わったことさえも。
「気に入らんな」
その見透かした態度。余裕ぶった笑み。
いじめられて自殺し損ねた人間が、特殊な能力を得たとはいえここまで悠然と構えていられるものか?
雪美から笑顔を差し引いてしまえば、あとには狂気しか残らない。そんな気さえする。
信用のできない女だ。
「そんなに怖い顔をしないで下さい。私は、先生の味方ですよ?」
唇は曲げたまま、友好的である事を示してくる。むろん、鵜呑みにはしない。
「どうだかな」
利用するだけして、最後は俺自身も始末される。雪美と対話をしていると、そんな末路しか浮かんでこなかった。
例の三人への復讐は、大いに賛同する。だが考えることはもう一つありそうだ。
何としてでも、この女を出し抜かねば。
「それで、何の用だ。わざわざそんな事を聞きに来たのか?」
反逆の意思は悟られぬよう、雪美に話を促させる。
もし本当に感想を聞きたいだけなら、思う存分語ってやるつもりだ。
「……私は復讐者で、先生と私は共通の目的で動いています」
「? あぁ、そうだな」
仲間とは思っていないが、同志であることに間違いはない。
俺をセクハラ教師だと噂した連中と、雪美をいじめていた連中は同じだ。
奴等には報いを受けて貰う。そこに迷いはなかった。
「先生がまだ、ターゲットを決めていないのでしたら」
雪美は髪をかき上げながら、妖艶に笑う。
全てを見透かすように。全てを見下すように。
「私のプランを、使ってみませんか?」
口端に悪意を宿らせて、雪美はそう言った。
***
北見緑華(キタミ ミカ)はごく普通の少女だった。
恋愛ごとに関しては同世代と比べてやや遅れているが、それでも一般的に言えば大した差でもない。普通に友達と喋り、普通に授業を受け、普通に遊び、特にこれといった災難にも見舞われず穏やかな人生を送ってきた。
共働きの両親が不仲ということもないし、水泳部の妹との関係も良好で、心許せる友人を多からず少なからず持ち──そしてそのうちの一人を保身のために裏切ってしまったことさえも、一般的であると言える。
真壁雪美。
きっかけは何かは知らないが、クラスのリーダー的存在が彼女に目を付けたことが全ての始まりだった。
リーダーには発言力があり、求心力があり、そして圧倒的な支持があった。対して緑華と同じ、ごく普通の少女である雪美には何もない。
クラス一丸となって雪美を『排除』する流れは、一週間とかからず成形されたように思う。
そんな空気の中で、憤然と立ち上がり雪美の味方でい続ける力は緑華は持っていなかった。いや、誰であろうともあの状況で雪美の味方なんかできるはずがない。
だから緑華は、クラスのみんなと同じように雪美を無視し。
みんなと同じように彼女の持ち物を隠し。
みんなと同じように親友を『排除』した。
したはず、だった。
「──ッ」
その日。
セクハラ教師のクビ祝いと、人気女教師のショッキングな謹慎処分に学園中が湧いたその日。
真壁雪美は、一ヶ月ぶりに登校をしてきた。
「あっれー? マカベちゃん。ひっさしぶりー」
「っていうかもう昼休みも終わっているんですけどー? 何しにきたのー?」
クラスの中で、特にリーダーに取り入ってるグループが早速とばかりに雪美を囲う。
人垣の隙間から彼女の表情を窺うと、右目に痛々しい眼帯がしてあった。
(もしかして、目を?)
想像し、緑華の体から一気に血の気が引く。
緑華は雪美を直接いたぶるようなことはしなかった。それだけは、どうしても越えてはならない一線だと思ったからだ。
だけど他のみんなは? 線を引いたのは、あくまでも緑華個人の意思にしか過ぎない。
いじめが、本格的な暴力を振るう段階にまで上ってきた。こうなればあとはもう、エスカレートするばかりではないか。
(ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ)
きつく目を閉じて、幾度となく繰り返してきた言葉を心の中で唱える。
弱い自分には何もできない。雪美の味方をして、自分まで酷い目に合わされるのは耐えられない。
北見緑華は、どこまでも普通の少女だった。
午後の授業を全て受け終わり、緑華はいそいそと帰り支度をする。
何か用事があるわけではない。ただ、彼女は一秒でも早くこの教室から出て行きたかった──雪美の視界から消えてしまいたかった。
助けを求められている気がして。
責められている気がして。
しかし救う勇気もなじられる覚悟もない少女は、ひたすら謝ることで心の均衡を保っていた。
それも、もう終わる。少なくとも今日はこれで終わりだ。
緑華は急いで席を立ち上がり、教室の外へ出ようとして────。
「ミカ」
呼び止めた声が身体を一瞬で凍えさせ、一歩も動けなくなる。
振り向くと、親友が露出した左目を糸のように細めて、妖しく笑っていた。
「久しぶりに授業なんか受けたから、疲れた」
そう言って雪美はうぅんと唸り声を上げて伸びをした。
まるで友達に対するような気さくな態度に、緑華はひたすら戸惑う。
「な、何か……用?」
「用がなきゃ、呼び出しちゃダメ?」
「そんなことは……」
呼び出しておいて用事がないということの方が珍しい。だが、雪美への負い目もあり言葉を濁すだけに留めた。
階段の踊り場で向かい合う女子生徒二人に、目を止める人間はいない。
校舎の片隅に位置し、開放されていない屋上にしか行き先のない踊り場は当然ながら人通りがない。放課後の喧騒すら遠く、まるでこの空間だけが別世界に切り取られたかのように静まり返っていた。
「ねぇ、ミカ。私が今日、どんな目に遭わされたか、ちゃんと見てた?」
「……」
首を横に振る。
すると雪美は、これまで以上ににっこりと笑った。
「取り巻きの連中ったら、教科書どおりのことしかしないよね。足を引っ掛けて転ばす。虫を投げつけてくる。髪の毛を引っ張ったり、スカートを切ろうとしたり……。実はこれから、三階のトイレに行かなきゃ行けないの。"仲直り"がしたいんだって。くくっ」
「……めん、なさい……」
「うん? 何、聞こえない」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ッ」
緑華は耐え切れず、その場でくず折れるように座り込んでしまった。
目じりには涙を浮かべ、恐怖に彩られた目で親友を見上げる。
雪美は、笑っていた。
楽しそうに裏切り者に話を掛け、楽しそうにいじめの内容を語り、楽しそうに自分を見下ろしていた。
それがどうしようもなく、恐ろしい。ストレートに責められた方が何倍もマシだと思えるほどに、目の前の少女はひたすら不気味だった。
「わたしに構わないで……もう、許してぇ……ッ」
ついにはポロポロと泣き出し、小さな子供のように頭を抱え込む。
そんな緑華の頬に、雪美の両手が触れた。
「許して欲しい? 本当に?」
顔を挟まれたまま、強制的に正面を向けさせられる。
文字通り目と鼻の先に、眼帯をした少女の顔があった。
「それじゃ私のお願い、聞いてくれるよね?」
「な、なに……?」
「ミカの身体、ちょーだい?」
「んんっ!?」
言い終わったと同時に、緑華の口は雪美の唇によって封じられた。
ショックのためか、ほんの一瞬だけ意識が肉体から離れる。
そして気が付くと、緑華の目の前には鏡に映る自分の姿があった。
「え……な、なんで、わたしがそこに……?」
「くくっ、成功……ね」
緑華の意思を介さずに『緑華』が動き、喋る。
その笑顔は自分の顔でありながら、まるで別人のようだった。
***
「それじゃあ、あの人たちと"仲直り"してきて?」
身体が入れ替わった事実を突きつけ、早速とばかりに『雪美』を取り巻きグループの待つトイレへ促す。
もちろん、連中の言葉など嘘に決まっている。緑華自身、それはわかっているのだろう。
どんな嫌がらせをしてくるのか、想像するに及ばない。
最初は頑なに拒んでいたが、元に戻りたければ言う通りにしろと脅すと緑華はこの世の終わりのような顔をして承諾してくれた。
「安心して。夜には戻してあげるから」
笑顔を見せると、緑華は怯えた様子を見せながらもその言葉を信じたのか、重々しい足取りで階段を下りていった。
『雪美』の姿が完全に見えなくなり、踊り場には『北見緑華』だけが残される。
「──なんて、な」
そして。
"俺"は、自分のものになった緑華の顔で、ケタケタと不気味に笑った。
「さぁて……友達を裏切る様なヤツには、制裁を加えてやらないとなぁ」
雪美よりは胸のある身体をまさぐり、生徒手帳を見つけ出す。
いじめの肩代わり程度で済むと思ったら、大間違いだ。
反省している裏切り者って、いじめたくなるよね?(クソ外道)

[PR]
