復讐メイツ 5
クビになった教師が入れ替わり能力を使って生徒に復讐していく話です
今回はインターバル的なもので短いです
高西このめ 編 1
復讐メイツ 5 ~高西このめ 1
青空の下で飲むコーヒーは、いつもより美味い。
俺は公園のベンチにもたれかかり、白い息を吐いて目の前にそびえ立つ建造物を見上げていた。
数年前に建設されたばかりの大きな病院には、今日もたくさんの人間が出入りしている。
不幸を背負った人間をここから観察するのは、休日の俺の日課だった。
ナースに手をひかれる老人。松葉杖を付く男。車椅子の女。以前ならそんな連中を見るたびに、自分がいかに健康であるかと実感し、優越に浸っていたが……今は少し違う。
目の前を通り過ぎるカップルや、広場で遊ぶ親子に対しても、俺は優越感を抱いていた。
どいつもこいも平和ボケしたのんきな面構えをしているが、俺がその気になればどんな相手でも一瞬で破滅させてやる事ができる。
「転換」し、好きな勝手に思うまま実行すればいい。そのとき生じる罪は全てカラダの持ち主が被ることになり、俺へのリスクはゼロだ。
そう思うと、まるで目に映る全ての人間の運命を掌握したような気分になる。
「本当に、素晴らしいチカラだ」
セクハラと痴漢の疑いをかけられ教職をクビになったというのに、俺には缶コーヒーを飲みながら無意味に時間を潰せる余裕がある。
再就職先を探す気などない。働く必要がないからだ。
仮に『俺』の肉体が飢え死にしようが「転換」のチカラさえあれば何度でも人生をやり直す事ができる。
先日家庭を滅茶苦茶にしたばかりの北見緑華になるのはゴメンだが、謹慎中の山瀬空と入れ替わるのは悪くない。身も心も淫乱女教師となって、生徒を誘惑していく人生も面白そうだ。
「だが、まだ早い」
『俺』を捨てるには、時期尚早だ。
この肉体とは四半世紀以上の付き合いもあり愛着を持っていた。自分の身体に愛着と言うのもおかしな話だが。
せめてあと二人……いや、あと一人を追い詰めるまでは、自分を大事にして行こうじゃないか。
「くく……うん?」
空き缶を脇に置いて立ち去ろうとしたそのとき、車道を挟んだ向かい側の遊歩道を、見知った女が横切った。
雪美だ。
ベージュのフレアスカートと黒のロングスリーブという地味な格好をしているが、それを踏まえてもなお右目の眼帯が本人の存在を際立たせている。
向こうは俺に気付いていないのか、そのまま一直線に病院の通用門をくぐり建物の中に入っていった。
「検査、か?」
あの眼帯が飾りではないのなら、雪美が病院に行ったところで何も不自然はない。
どうでもいいことに納得していると、サッカーボールが俺の足のつま先にぶつかった。
どこかのクソガキが蹴り損じたのだろうか。
「スイマセーン、取ってくださーいっ!」
元気な声に振り向くと、車椅子の少年が手を振りながら笑顔を浮かべていた。このボールの持ち主らしい。
初対面の人間の善意を当たり前のように信じ、自ら動く素振りは微塵も感じられない。ふざけたガキだ。
「ミノル! あんたまた勝手に外に出てッ!」
ガキの後ろから、メスガキが走り寄ってきた。金髪に染めたツインテールを振り回し、きゃんきゃん喚きながら少年の車椅子を強引に動かしていく。
「ちょ、ね、姉ちゃん待ってよ! ボールが」
「ボールぅ? あんた、まだサッカーやろうとしているの? その脚でッ!」
「な、なんだよ、姉ちゃんには関係ないだろ!」
「……ッ、ボール、どこ?」
怒りを滲ませた顔つきのまま、女は操縦する手を休めて辺りを見回した。ボールを持つ俺と目が合う。
「口うるさい姉を持つと苦労するな、坊主」
車椅子の少年と金髪の少女へ近づき、出来る限り穏やかに、特に男の方に肩を持つよう意識して話しかける。
少女は警戒心をあらわにし、逆に少年は理解者を得られたといったような顔つきで俺を見た。
「学園とはずいぶん雰囲気が違うなぁ。えぇ? 高西(タカニシ)」
「……峰渡」
車椅子の弟を壁にして、親の敵でも見る目で睨みつけてくる。ちょっとでも手を伸ばせば、すぐさま警察沙汰にしかねない剣呑な目つきだ。
「おじさん誰? 姉ちゃんのこと知ってるの?」
かたや呼び捨て、かたやおじさん呼ばわりか。礼儀しらずな姉弟だ。
「知っているとも。俺の生徒だ」
「先生ヅラしないでくれますか? クビになったくせに」
「……ふっ」
そのおかげで、お前に復讐ができるんだ。とは、もちろん言わず黙って冷笑を浮かべる。
この女には、『雪美』になっていたとき虐められた恨みもあった。
たとえ雪美から渡された写真がなかったとしても、俺は高西このめをターゲットにしただろう。
「ほら、ちゃんと持っていろ坊主」
このめの弟……ミノルとかいうガキに、サッカーボールを返してやる。
「女の言うことなんざ気にするな。怪我か病気か知らんが、すぐに良くなる」
言って、ミノルの頭を撫でてやった。
女のものとは比べ物にならないほど、生温かくてチクチクとした短髪だ。気持ち良くもなんともない。
「弟にさわるな!」
怒鳴られるまでもなくすぐに離すつもりだったが、このめの動きはそれ以上だった。
素早くハンドルを握り、俺から逃げるように爆走する。人間を乗せた車椅子が出すスピードではない。
「くっくっく……嫌われたものだ」
学園での雪美虐めの一人で、クラスのリーダーに尻尾を振るメス犬。
弟にも厳しく当たり……しかし今の様子から、愛情がないというわけでもなさそうだ。
「楽しみにしていろ」
お前の大切な弟を使って、地獄を見せてやる。
また姉モノ……

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