復讐メイツ 8
クビになった教師が入れ替わり能力を使って生徒に復讐していく話です
あとちょっと
東海林深春 編 2
復讐メイツ 8 ~東海林深春 2
食事配給は大きく分けて炊き出しと夜回りの二種類ある。
炊き出しはブースを作って暖かい食事を並んでいる人たちに配る支援活動だ。
だがそれではこの地域に流れ着いたばかりの新参者や、すでに寝入ってしまった人、動く元気のない人などには食事が行き渡らない。そこでもうひとつのやり方……夜回りが必要になってくる。
三人から四人のグループを作り路上生活者の密集地帯を巡回しつつ弁当を配るこの仕事は、性質上かなり好き嫌いが別れる。特に若い女性の参加は稀であり、その中で献身的に働く東海林深春の姿はスタッフの間でもかなりの人気を博していた。
そんな衆望の眼差しを一身に集める少女が、まさか心中ではドス黒い愉悦に浸っているなどと勘ぐる人間はいない。
今日パーティーを組む青年スタッフも、深春の本性など知らずニコニコと目を細めて挨拶をしてきた。
「こんばんは、東海林さん。今日もよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
軽く頭を下げ、夜回りをする場所の説明を聞く。
主だった巡回先は駅や公園、高架下などで、深春のグループは公園を担当することになったらしい。
「他のかたは?」
「僕と、もう一人初参加の男性が……ああ、こちらです!」
きょろきょろと視線をさまよわせていた青年スタッフが、急に声を張り手を挙げた。
深春もそちらを振り向き、よれたスーツ姿の男性を確認する。
「せ、先生……?」
それは数週間前にセクハラの噂を流し、深春が"間引き"をした男性教師だった。
教師も目を丸くして、驚いたように話を掛けてくる。
「誰かと思ったら東海林か。奇遇だな」
偶然? 本当にそうだろうか。教師の登場は、どこか作為的なものを感じた。
(でも、私がウワサを流したなんてバレるわけがない)
相手を追い詰める役は、すべて手駒がやってくれる。深春はそのきっかけを作るだけだ。
手駒は自主的に動いていると勘違いし、"間引き"の対象は自分を虐げる手駒の姿しか見えない。
だから、誰も彼女が裏で糸を引いているとは知らない。知らないはずだ。
うろたえる必要はない。動揺すれば、それこそ疑われる。
深春は優等生の仮面をつけ、クビになった教師に笑顔で接した。
「先生がボランティアに興味をお持ちだったとは、知りませんでした」
「最近、ある人間に施しを与える機会があってな。悪くない気分だった」
「そうですか」
持たざる者に対し持つ者が慈善を行う際の優越は、深春にも良くわかる。
この教師は、自分と同類だ。そう思うと、いくらか警戒心も和らいできた。
「それでは、そろそろ行きましょう」
スタッフに促され、公園へと向かう。
木々の間にテントを張る者や東屋の下で眠る者の様子を一人一人見て回りながら、深春たちは食事や毛布を配っていった。
この公園には同じ目的で何度か足を運んだ事があるため、顔なじみの人間もそれなりにいた。
群がる連中に施しを与える行為は、自分がさながら聖者にでもなったかのように錯覚する。
「あぁ、ありがとう。いつも悪いね」
支援物資を渡された初老の男性が、弱々しい笑みを浮かべた。
悪いと言うなら、なぜいつもいつも受け取るのか──悪いなどとカケラも思っていないからに決まっている。
「いいえ、そんな。お役に立てて何よりです」
心の中の悪態をおくびにも出さず、深春は老人に微笑んでみせた。
「深春ちゃん。俺はね、絶対にこんなところから這い上がって見せるよ!」
透明のフードパックを差し出す手をべたべたと撫で回しながら、テンションの高い中年が黄ばんだ歯を見せて笑う。
"こんなところ"に落ちぶれたのはそもそも自分のせいだという認識が一切無いらしい。現実を見ず、大望ばかり抱く人間ほど滑稽なものはない。
「はい、頑張ってくださいっ」
出来るわけないだろう。お前みたいなクズに。
暗い愉悦をひた隠しにして、深春は中年男を応援してみせた。
「どうせお前も俺の事を見下しているんだろう? そうに決まってらぁ。メシなんざいらねぇよ! 帰れ!」
目つきの鋭い痩せぎすの男が、威嚇じみた声を上げて追い返す。
劣等感だけは一人前で、立場をわきまえずに自らを追い詰めていくその姿は無様としか言い表せなかった。
「そんな……私は、見下してなんて……」
いるに決まっている。
言葉尻を濁し、深春は人知れず嘲笑した。
ここにいる連中は、本当に救いようのないバカばかりだ。
一時間ほどかけて公園内を回り、深春のグループに振り分けられた配給品も底を尽いてきた。
「それじゃあ、そろそろ解散しましょうか」
「はい」
「余った弁当はどうしているんだ?」
教師がスタッフに近づき、フードパックに敷き詰められた御飯を指差す。
「こちらで回収します。もしよろしければお持ち帰り頂いても構いませんよ」
「そうか」
頷き、パックのふたを開ける。
まさか今ここで食べるのか、とスタッフや深春が一瞬戸惑う中、男が突如として牙を剥いた。
「らぁッ!」
「うぐっ!?」
持っていた御飯を、男はそのまま青年スタッフの顔面に叩きつけた。
すっかり冷め切っているので熱くはないが、飯粒に視界が埋められた青年は挙動が遅れる。
その無抵抗の隙を突き、教師は次の行動に……スタッフの首に両手をかけ、地面に押し倒した。
「がぁっ!?」
「ヒヒヒ……死ねぇ」
深春は叫ぶことすら忘れ、事の成り行きを唖然として見守る。
豹変、とはまさしくこの事を言うのだろう。目の前で人が首を絞められているのに、そんなことを冷静に考える自分がいた。
「いつもいつもいつもいつも見下しやがって……俺のこと、舐めてんだろ? あぁ!?」
「なに、を……あ、ご……」
青年は口から泡を吹き始め、抵抗する手足が少しずつ弱々しくなっていくのを見て、深春は走り出した。
巡回中ずっと静かにしていた男が、急に暴力を振るうその光景に恐れをなしたのだ。
(あいつ、狂ってる!)
これだからバカは始末が悪い。何の理由もなく人を痛めつけ、ましてや殺そうとするなど理解を超えている。
「ど、どうしたんだ深春ちゃん!」
走る深春の前に、例の中年男が立ちふさがった。
後ろを振り返れば、スタッフから離れた教師が迫って来ている。
「お願いします、助けてください!」
最底辺の部類に入る人間とはいえ、男は男だ。多少の時間稼ぎくらいには役立つだろう。
そう考えて、深春は中年の背後に回った。もちろん二人が対峙したら、またすぐに走り出すつもりだ。
「残念だが」
「え?」
そのしたたかな思惑は、成就する事がなかった。
「お前はもう終わりだ。東海林」
軽い目眩が深春を襲い、次に目の前にあったのは浮浪者の背中ではなく、下卑た笑みを浮かべながら迫る教師の姿だった。
「……え?」
「くくっ」
背中から、女の声が聞こえる。
振り向くと、そこには自分が──東海林深春が、可笑しそうに顔を歪めていた。
+++
俺は『浮浪者』から離れ、自らのカラダを改めて見下ろす。
長い髪、程よく突き出た胸。そして何より全身の至るところから漂う芳醇な香りが、さきほどまでの肉体との明確な差を感じられた。
雪美の情報で次のターゲット……俺を追い詰めた東海林深春がボランティア活動をしていると知った。
とはいえそれは慈善からくるものではなく、優越感を得るための行動だと聞き、俺の復讐計画は一つの方向に定まる。
すなわち、深春が見下している浮浪者との入れ替わりだ。
「成功しましたか、先生」
すぐ近くまで来た『俺』が、『深春』になった俺に向かって声をかけてくる。
「あぁ、これでこの女は、一気にホームレスの立場にまで落ちぶれたわけだ」
「ヒヒッ。そうっすかぁ。……ねぇ、どんな気分だい深春ちゃん? 俺のカラダの居心地は?」
「なん、なの……何を……」
「うは、くっせ! 喋るなよ! 息がくせぇよ深春ちゃん!」
ゲタゲタと高いテンションで笑いながら、『俺』が『浮浪者』を詰る。
品のない男だ。とはいえ、この男の協力がなければ俺の計画は遂行できなかっただろう。
他人同士の入れ替えを実現させるためには、俺を経由する必要があった。このめとその弟にくれてやったパターンと同じだ。
弟が『俺の肉体』を預けても問題のない人物だったように、まずは入れ替わっても騒ぎ立てない相手を探すことから始まった。
深春の予定を事前に調べ、彼女が夜回りする範囲で路上生活から脱出したいと強く思う人間を選抜するのはかなり骨だったが、その甲斐あって、俺の選んだ男は命じられるままに動いてくれた。
『俺』のフリをして夜回りを続け、人気のなくなったところで邪魔なスタッフを排除し、深春を追い立てる。
あとはこの状態でもう一度『俺』と入れ替われば、深春はホームレスのままで、ホームレスが女子校生になる図式が完成だ。
すべて、順調だった。
……たった一つの予定外を除いては。
「ヒハハッ、楽しみだなぁ……もうすぐ俺が深春ちゃんになれるんだぁ。おい先生! 早くやってくれよ!」
路上生活からの脱出どころか自分の懸想する若い女になれると聞き、浮浪者の男は喜んで協力をしてくれた。
俺も従順な手駒を得た気分になってすっかりこの男を信用してしまったが……。
「まぁ待て。その前に、俺も楽しませて貰おう」
「そんな、約束が違う」
「いいのか? 男としてこの女を抱ける、最後のチャンスだぞ?」
「……へへっ、そういうことなら」
『俺』が醜悪に笑い、口元を舌でなめずりする。
その遥か後ろで地面に横たわる青年は、いまだに起き上がる気配がなかった……。
「殺せ、とまでは言っていないんだがな」
「何の話です?」
「いや」
まぁいい。
いまは女の快楽に溺れようじゃないか。
次回、ラストH

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