復讐メイツ 9 最終話
クビになった教師が入れ替わり能力を使って生徒に復讐していく話です
最終話です
ハッピーエンドなんてありません
復讐メイツ 最終話
俺は深春として警察に保護され、強姦されたカラダを癒すため病院に運ばれた。
連絡を受けてやってきた深春の両親は、娘の中身が別人であることに気付く素振りすらなく、今回の悲劇を受けてただただ涙していた。
その親たちも今は自宅に戻り、念のため一日入院を言い渡された俺は病室のベッドの上で一人きりでいる。
窓の外では煌々と月が輝き、薄暗い病室をほのかに照らしていた。
「ふっ……ふはははっ」
月光の下で、勝利をかみ締めるように笑う。
『俺』と浮浪者の姿をした深春は、殺人未遂と暴行の容疑で警察に連行された。
スタッフはかろうじて息があったらしい。だが、『俺』の罪は決して軽いものにはなるまい。
証言者がいれば、もしかしたら『浮浪者』の疑いは晴れるかもしれない。もっとも、誤解がなくなったところで深春は残りの人生をずっとホームレスとして生きていくことになるわけだ。
それは『俺』になった浮浪者も同じだ。
俺はもはや、元の肉体に未練はなかった。万が一あったとしても、殺人未遂や少女暴行の罪状を背負う立場の人間など誰が好き好んでなるものか。
「ふふふ……」
鏡を見れば、髪の長い美少女がこちらに向かって妖艶に微笑んでいる。
元のカラダに戻る気はない。深春にこの肉体を返してやるつもりもない。
すなわち、俺はこれから東海林深春として生きていけるわけだ。
「それも悪くはないが、な」
だが問題がいくつかある。
深春はこれから先、レイプをされた憐れな少女としてのレッテルが付いて回るだろう。思いっきり膣内射精をされたから、孕んでしまっている可能性も否めなかった。
そしてなによりも……雪美の存在が片付いていない。
「あの女は邪魔だ」
雪美に薦められた三人への復讐は終わった。しかし、今後あの女が俺以外の人間に「転換」のチカラを分け与えない保証はない。
もし、新たに能力を得たその人物が、『深春』に恨みを抱いていたら?
性格こそ最低の部類だが、深春はなにかと目立つ存在だ。元浮浪者がそうだったように、さまざまな理由から東海林深春という少女への注目は高いだろう。
深春として人生をやり直すには、レイプされた事実と他人に転換能力を譲渡できる雪美の存在が大きすぎた。
いや。例えどんな立場の人間と入れ替わろうと、あの女が生きている限り俺に平穏はない。
「消すしかないな」
俺は病室の窓を開け、窓縁から身を乗り出し夜空を仰ぎ見た。
地上と天上とで濃淡がはっきりと分かれる闇夜の中で、どの星々よりも強く輝く天体に魅入られる。
舞い上がるには絶好の夜空だ。
「転換能力を使う人間は、俺だけでいい」
縁に手を付いて、深春のカラダを窓の外へ放り出した。
瞬間、接地感が消失する。
髪が天に向かってはためく。
背中から風が吹き上がる。
月が遠ざかっていく。街の夜景が上下反転していた。
頭上に、地面が迫ってくるがわかる。
わずか二秒にも満たない時間の中でそれらの感覚を全て受け取りながら、入れ替わるための分布図を頭の中に思い描く。
そして俺は。
着陸直前に、『真壁雪美』と転換した。
全身に風を浴びていた爽快感が一瞬で消え、冷たいコンクリートの廊下へと視点が変わった。
同時に、聞きなれない奇妙な音を耳が拾う。
砂袋や土嚢を落としたような、鈍い音だった。
「……ッ」
音のした方を振り向くと、カーテンの取り付けられていない大きな窓枠があった。
室内のほのかな光と外の暗闇を取り入れたガラスは透過の役割を失い、俺が転換した姿を鏡写しにする。
狙い通り、間違いなく、俺は雪美のカラダになっていた。
「しかしここは……それに、今の音は」
窓を開け、外を確認する。
「っ……!」
視線を下にやると、頭から血を流す『深春』と目が合った。
後頭部のみならず鼻や口元や耳穴からも赤々とした体液を垂れ流し、鮮血が硬いコンクリートの上にじわじわと広がっていくのが見て取れる。
大きく開かれた瞳は微動だにせず、何の意思も感じられない痙攣を繰り返していた。
「……ふっ、ふはははは!」
死体を見下ろし、哄笑を上げる。
『強姦をされた少女は人生に絶望し、飛び降り自殺をした』。極めて自然な流れだ。
しかし死んだのは深春ではなく、深春のカラダを奪った俺でもなく、直前にカラダを交換した雪美だ。
これで、転換能力を使えるのは俺だけだ。
もう誰も俺を脅かすことなど出来ない。
「おめでとうございます、先生」
勝利の美酒に酔いしれる俺の耳に……頭の毛先から足の爪先に至るまで全てが『真壁雪美』になった俺の耳に。
乾いた拍手と、あってはならない呼び声が、聞こえた。
「お前、は……」
廊下の中央で微笑むソイツは。
その両目に、隠しきれない狂気の光を宿らせる女は。
「お疲れ様です。復讐は完了しましたよ」
見たこともないナースは、穏やかに笑って、そう言った。
復讐メイツ 9 ~南河原雫
東海林深春は私の幼馴染であり、親友であり、そして不倶戴天の敵だった。
昔から病弱だった私をいつも気遣ってくれて、優しくしてくれて、だけどそれが全て欺瞞だったと知ったときの衝撃は今でも忘れられない。
真壁雪美への攻撃が徐々にエスカレートしつつあった頃、私は彼女を庇えないかと深春に聞いた事がある。
別に、雪美と親しかったわけではないし、安い正義感に駆られたわけでもない。自分のクラスから死人が出ると寝覚めが悪いという、ただそれだけの理由だった。
クラスの中心人物である深春なら、イジメを抑えることだって簡単にできるはず。そう思って頼んでみた。
しかしその返事は、つれないものだった。
「無理よ。もう私が言ってどうにかなる段階じゃないもの」
「でも、元はと言えば……」
「何? 私が、イジメの主犯だって言うの? クラスのみんなに『雪美が心配だ』って言っただけなのに?」
「う、うん……でも」
その発言以来、大人しくて地味だった雪美にクラスのみんなが注目するようになった。そういう意味では、このイジメは深春がきっかけなのだと言える。
「ふぅん。そんな風に思ってるんだ。……っていうか、さ」
笑顔を見せたまま、深春が私を見る。
彼女より背の低い私は自然とその顔を見上げ、そして寒気のような忌避感に襲われた。
「あんた、何様のつもり?」
彼女の冷たい声が、恐怖を掻き立てる。
「私が傍にいなきゃ、あんたなんてすぐボッチなのよ?」
いつもの微笑が、今は醜く捻じ曲がっているように映る。
「私のことどう思っててもいいけど……これからも仲良くしたいのなら、わかるわよね?」
自分を見下げる瞳が、精神を無遠慮に踏みにじっていく。
私は理解した。
深春は優しくなどない。彼女にあるのは、己への高いプライドと他人を蔑む気持ちだけだ。
「私たち……親友じゃ、なかったの?」
「何言ってるの?」
私の両手を取って、深春が微笑む。いつもなら同性の自分でもハッとするような可愛らしい顔が、ひどく醜悪に見えた。
「私たち、ずぅーっと友達だよ?」
「……あは」
嘘だ。
直感的にそう悟り、私は私の中にある「何か」が粉々になる音を聞いた。
+++
薄暗い病院の廊下をナースが先導する。
俺は『雪美』の姿をしたまま、ソイツの後に続いていた。
「……深春の本性を知った私は、雪美と協力して復讐をしようと決意しました」
振り返ることなく語る女の口調は淡々としていて、しかしどこか楽しそうでもあった。
おかしい。
俺は最初、雪美がこのナースと入れ替わっているのではと思った。
自殺にしか見えない俺の完璧な殺人計画を察知し、俺が転換する前に彼女は別人のカラダに移ったのでは、と。
だが、今の話はどうだ。
「全てを教えてあげます」と言い歩き出したナースは、道すがら自分の親友だった少女について語った。
だが、何かが変だ。
どうして、雪美が「雪美のイジメ」を止めるよう深春に頼む?
それに、今の台詞はまるで……。
「雪美に協力者がいたのか? お前がそうなのか?」
「どうしました、先生。声が震えていますよ」
俺の動揺を見透かすように、ナースが薄ら笑いを浮かべた。
そのおぞましい笑顔は、今まで俺が接してきた『雪美』と瓜二つだ。
わからない。
コイツは雪美か? 雪美の協力者か? それとも全く別の何かか?
「お前は誰だ!? 答えろッ!」
「病院ですよ、静かにしてください。……あぁ、着きました」
看護師が病室の前で立ち止まり、ドアを開ける。
ネームプレートには、『南河原雫』とあった。
「コレが『私』です」
分厚いカーテンが月明かりを完全に遮り、代わりに医療機器のランプだけが真っ暗な病室を薄ぼんやりと照らしている。
ナースは迷うことなくまっすぐ進み、四方を取り囲むベッドカーテンを勢いよく引き開けた。
「これは……」
カラダにチューブや呼吸器をつけた少女が、ベッドの上で規則正しい寝息を立てていた。
植物状態というやつだろうか。ドラマなどでしか目にしない何かの機械が、ピッピッという音を断続的に発している。
「南河原雫(ナガワラ シズク)……私の、元の肉体です」
ベッドの縁に腰をかけ、ナースが……シズクが、『自分』の頬を撫でる。
「このめ達から虐められて、親友の緑華にまで裏切られて、パニック状態だったんでしょうね。雪美は私の話に耳を貸しませんでした」
シズクは前触れもなくそういい、先程の話の続きを語り出した。
人通りのない階段の踊り場で復讐計画を持ちかけた少女に対し、雪美は明確な拒絶を示したという。
「あの子、私の事を突き飛ばしたんです」
そこに不運は重なった。
体の弱いシズクはあえなくバランスを崩し、階段から転落してしまう。
「体中が痛くて……「大丈夫?」なんて叫びながら駆け下りてくる雪美が忌々しくて」
急速に失われていく意識を繋ぎとめるかのように雪美の足首を掴んだその瞬間、シズクは初めて"それ"を使った。
「気が付けば、私は『私』を見下ろしていました」
それ以来、シズクは『雪美』として過ごしながら、能力の検証をしていたらしい。
あとは俺も知っての通りだ。
階段から落ちた影響で転換能力が使えるようになったのか、因果関係はハッキリしていない。
ひとつわかるのは、俺が雪美と思って接触していた女は最初からずっと別人だったということだ。
「『深春』として落ちたのは誰だ? その看護師か」
「雪美です。先生のお気持ちは大体察していたので、元のカラダに戻しておきました」
「は……っ」
元の自分に戻れた途端、今度は俺に肉体を奪われたわけか。しかも投身自殺のおまけ付きだ。
「深春。このめ。緑華。そして雪美。これで、私の復讐はひとまず終わりました」
シズクを見下していた深春。
パニック状態になるまで雪美を追い込んだ、このめと緑華。
自分を突き飛ばし、植物状態にした雪美。
「ねぇ、先生」
だが俺は?
ウワサを流したのは深春で間違いない。
では、写真をアップしたのは誰だ?
深春の取り巻き? 痴漢をされた女の報復?
俺を良く思わない人間が作ったコラージュ?
それとも……すべてシズクの謀略?
「次は、誰に復讐しますか?」
医療機器が照らす薄緑色の光を浴びながら、シズクは妖しく笑う。
狂気に満ちた目が、次の獲物を求めていた。
「ははは……あははははははっ」
その邪悪さに感染したかのように、自分以外の全てに憎悪が湧いてくる。
俺はイビツな心に蝕まれるまま、少女の甲高い声で嗤った。
仲間と共に害意を振りまく愉悦は、いつまでもいつまでも俺から離れることはなかった。
シズクは蛇足です?
『復讐メイツ』は以上で終わります
「私のカラダ返して!」「このカラダはもう俺のモノなんだよ!」というやり取りが書きたくてダークな入れ替わりモノを出しましたが、お楽しみいただければ嬉しいです
読んで下さった方、コメントや拍手を入れてくださった方に感謝します
お付き合いいただきありがとうございました
3/27の該当作には上のようなやり取りが当然あるものと期待しています!ひゃっはー

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