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「あ」「つ」「い」

あついので
シンプルで軽いショートショートを置いておきます
某漫画の言葉ゲーム要素があります

 私の一つ年上の彼氏は、廃屋に忍び込むのが趣味だった。
 昨日は町外れの病院に行ってきたとか、今日は小学校に忍び込むつもりだとか、毎日のように撮ってきた写真を見せながら楽しそうに語っていた。
 私はいつも、その話に苦笑いを浮かべて相槌を打つだけだった。実際に彼の『探検』へ付いて行ったことは一度もない。やっぱり、怖いし。
 幽霊とかもそうだけど、ホームレスとか不良とか、それでなくても廃屋だから倒壊の危険だってある。何度か注意したこともあるけど、先輩は一向にやめようとはしてくれなかった。
 今思えば、どんな手を使ってでも彼を止めるべきだったと思う。
 少なくともあの日。『明日は例の幽霊屋敷に行くぜ!』と誇らしげに言ったあの時だけは、絶対に止めるべきだった。


 私の住む街の一角には、大きな一軒家がある。そこは昔から、少なくとも私が物心ついたときからボロボロで、人が住んでいる気配を感じたとこは一度もなかった。
 そんな状態だから、私たちの間であそこは『幽霊屋敷』と呼ばれ、ちょっとした心霊スポットになっていた。
 廃屋好きの先輩はそこに忍び込むと言い残し、それ以来、連絡が取れなくなっている。
「ここね……」
 『幽霊屋敷』は想像以上にボロボロで、心なしか建物全体が傾いているように見えた。少しでも大きな地震があれば、すぐに崩れ落ちてしまいそうな危うさだ。
 私は持っていた懐中電灯をつけると、錆付いた門を開け雑草の生い茂る庭へ踏み入れる。
 ここに先輩がいるのかはわからないし、そもそもこんなことは警察に任せるべきだ。
 だけど私の足は止まらない。
 ガラスの割れた縁側から屋敷に入り、床をきしませながら廊下に懐中電灯の光を走らせる。
 歩くたびにホコリが舞い上がり、梁から勢力を拡大した巨大なクモの巣に私は何度も悲鳴を上げた。
 悪辣すぎる環境に、心が折れる。とても一部屋一部屋を探索しようなどという気にはなれなかった。
「?」
 ふと、一つの部屋が目に留まる。
 閉じられた襖の中央に、真新しい貼り紙がしてあった。

 【この部屋では決して「あ」と「つ」と「い」を続けて言ってはいけない】

 よくわからない、注意書きのような文書だ。
 意味こそわからないが、少なくともこれを貼り出した人物がいることは確かだ。それが先輩なのか別の人間なのかはわからないけど、もしかしたらこの部屋に手がかりが残されているかもしれない。
 私はノドを鳴らすと、襖に手をかけた。

 真っ暗だと思っていた室内には何本かのロウソクが立てられ、かがり火が薄ぼんやりと中を照らしていた。
 そして十二畳ほどの広さがある和室の中央には。
 ロウソクに取り囲まれるようにイスに座る影は、人の形をしていた。
「やあ、いらっしゃい」
 影が振り返り、かがり火に照らされた表情が浮かび上がる。まだ幼い、少年のような顔立ちだった。
「君の目的はわかっているよ。男を捜しているんだろう?」
「そ……そう、だけど」
 なぜ知っているのだろう。そもそも、なぜこんな場所に少年が? 彼は私の疑惑など見透かしたような笑みを湛えるだけで、望む答えは返してくれない。
「彼はここにいるよ。でも、ただじゃ返せない。……僕とゲームをしようよ」
「ゲーム?」
「そう。ルールは簡単だ。ある三つの言葉を使わずに、三時間この部屋で過ごせばいい」
「三つの言葉……それは、なに?」
「さあ? キミはもう知っているはずだけど」
 ニヤニヤする少年の視線から顔をそらし、入り口を振り返る。
「……『あつい』?」
 貼り紙にあった言葉を、口にする。
 無意識に、無闇矢鱈に、それがどんな意味を持つのかさえ考えることもなく、浅慮にも言葉に出してしてしまった。
「あ~あ……」
 心底呆れたような少年の声と共に、私の意識が、急速に肉体から乖離していく。
 何が起こったのか、それすら理解する暇もなく。私は五感を切り取られ、闇の中へと落ちていった。



「……つまらないなぁ。ゲームはまだ始まってもないのに」
 少年は自分の掌に浮かび上がる、淡いオレンジ色をした火の玉を見つめながらため息を漏らした。
 「あつい」という言葉を続けて言ってはいけない。部屋に入る前のルールとして警告しているのに、訪ねる連中は必ず油断してその言葉を口にしてしまう。
 「あつい」と言った瞬間、魂が抜き取られるなどと微塵も考えていない。少女の魂もまた、難なく掌握してしまった。
 目の前には、抜け殻になった少女の肉体が倒れている。
「さて、と……手に入れたのはいいけど、もうストックがないんだよね」
 少年を取り囲む燭台の数は六本。手に入れた魂はそこに保管し、いつでも眺める事ができる。
 魂はどの人間も等しくオレンジ色に光り、しかし魂を所有していた人物によってその輝きは異なっていた。
 眩いほどに輝くものもあれば、濁ったものもある。今回手に入れた魂の輝きは美しいの一言に尽きた。
 前回手に入れた『探検』に来た少年の魂も、まだ捨てるには惜しい。
「んー……じゃあ、これ、いらないかな」
 少年はくすんだ色をしたロウソクの火を吹き消し、掌で輝く新たな炎を燭台に灯す。
「あはは……キレイだぁ」
「う……なんだ……俺は、一体……」
 炎に見蕩れていると、床から呻き声があがり、抜け殻だったはずの少女の肉体がムクリと起き出した。
 ついさっき廃棄した魂が、抜け殻の肉体に宿ったのだ。
 前回の男は、確か痴呆症で迷い込んだ老人の魂が入っていた。
「なっ、て、てめぇ!」
 少女は少女らしからぬ口調で、目の前の少年を睨みつける。
「キミは確か、ここをねぐらにしていたホームレスだったかな? 残念だけど君の元の肉体はもう、迷子だった女の子にあげちゃったよ」
「な、何を言って……うん? な、なんだ、この声……この胸……!?」
「うるさいなぁ……早く出て行きなよ。それとも、また僕とゲームをするかい?」
 少年が笑いかけると、少女の肉体を得た男は、男女の骨格の違いに戸惑っているのか、バランスを崩しながらぎこちない足取りで部屋から逃げ出した。
 あの男がこれからどうするかなど、知ったことではない。
「ああ……キレイだなぁ」
 六つのかがり火に取り囲まれながら、少年はただただ、恍惚に微笑んでいた。




みたいな展開が見たかったです、先生
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非公開コメント

ああ、ついでに氷も入れてくれ。

No title

言ったら少女になる!?
なんだ、ただのTS聖地か

コメントありがとうございます

>N.D  さん
それじゃあ、追加で魂一つですね


>John さん
廃屋に忍び込む人種を考えると少女になる確率は……