伝染熱意
夏のお祭りが終わって
あっという間に一週間が経ちました
熱がわずかでも残っているうちに当日思いついたネタを晒し上げます
ママが楽しい所に行くから、わたしもついていきました。
電車に乗って、どんな所かなぁなんて思っていると、窓の外から海が見えてきました。
「ママー。わたし、水着持ってきてないよー?」
海に行くならはじめからそう言って欲しかったです。けれどママは、電車から降りるすぐに逆三角形の変な建物の中に入っていきました。近くにはお船とかもあったけど、ママは無視して早歩きで進んでいきます。
「うぇ~、何ここ~?」
建物の中は人がたくさんいました。
小学校のお祭りのときよりずっとずっといっぱいいます。
「さぁ、買うわよ! ほほほほほ!」
ママは四角がいっぱいかいてある紙を広げて、大きな声で笑います。
わたしの手を引っ張って、いつもは『割り込みしちゃいけません』って厳しく怒るママが人の行列の中に突っ込んでいきました。
おしくらまんじゅうの中は汗とかスプレーとかの変な臭いがいっぱいですっごく気持ち悪かったです。
空気もなんかむわむわしていて、息苦しいです。それでもなんとかママの手は離さないようにと必死でつかみました。
「……あれ?」
そのはずだったのに、気が付くとわたしの手はママの手から離れていました。
「ま、ママー?」
呼んでも、返事はありません。
周りの人たちはみんな、大きなカバンとか女の子のかかれた紙袋とかを大事そうに抱えて、急ぎ足でわたしの前を通り過ぎるだけです。
知らない場所でひとりぼっちになって、わたしはどんどん心細くなってきました。
「な、泣かないもんっ!」
わたしも来年は六年生です! 一番上のおねえさんなんだから、こんなことじゃ泣きません!
《委員会から、お知らせです────》
放送が流れて、わたしの名前が呼ばれました。
でも、おねえさんのわたしが迷子なわけがありません。きっと聞き間違いです。
たぶん、キイロノワンショウを付けた人に話を掛ければ、ママのところに連れて行ってくれるかもしれませんけど、迷子じゃないわたしには関係ないです……キイロノワンショウって、なんのことかわかりません。
「やぁ。君、放送の迷子ちゃんだね?」
突然、後ろから男の人に声を掛けられました。
知らない人と話したらいけませんってママに言われているから、わたしは無視しました。だいたい、わたしは迷子じゃないです。
「お母さんが探していたよ? ほら、一緒に行こう?」
って言いながら、男の人はわたしの腕をつかんできます。
汗でベタベタしてて、すっごく気持ち悪いです。
男の人は腕に黄色いハチマキをしていました。もしかしてキイロノワンショウって、これのことなのかな。
「あぁ、暑い暑い……もうこのカラダもダメだなぁ……」
男の人は頭をふらふらさせて、なんだかわかんないことを呟きました。
その瞬間、わたしの全身が、立っていられないぐらいに暑くなりました。
「え……?」
気が付けば、わたしはわたしを見下ろしていました。
「フヒヒッ、やっぱり若いカラダは元気だなぁ……これであと十年は戦えるよ!」
わたしが変な事を言いながら、ニヤニヤと笑っていました。
「どうして……わたし、ここにいるのに」
「そのカラダはもうダメになったからさぁ。交換させてもらったんだ」
「う、そ……」
「あはぁ、ツインテ最高……ッ。そのカラダのくっさい髪とは大違いだぁ」
二つ結びにした髪の毛をつかんで、クンクンとわたしが自分の匂いを嗅いでいます。変態臭くて、すごく恥ずかしくなります。
「や、やめて……元に戻して……!」
「いやだよ。それに、こんな短いスカートを穿いてさぁ。ホントは僕みたいなのを誘っていたんだろ?」
スカートの端っこをつまみあげて、バサバサとパンツが見えそうなぐらいに派手にあおぎます。暑いときとかによくやるけど、男の人の前でしたことなんて一度もありません。
「そ、そんなことしないで! カラダ、返してよ!」
いつの間にか離れていた手をもう一度握ろうとして、だけど脚は前に進みませんでした。
膝から力が抜けて、地面に倒れます。
「いたっ……!」
「そのカラダ、熱中症になっていたからさぁ。もう限界だったんだよ」
わたしはニヤニヤとわたしを見下ろして、黄色のハチマキを自分の腕に結びなおしました。
「さっ、買い物の続き続き。……まぁ、その前に、ママを安心させて上げなきゃだね」
さっきの、わたしが迷子になっている話の放送がもう一回流れているのを聞いて、わたしがそうつぶやきます。
「まっ……て……」
遠くなる意識の中で、誰かが救護スタッフを呼べと叫んでいる声が、聞こえてきました。
母は無事に帰ってきた娘を抱きしめ、激しく後悔した。
やはり、幼いわが子をここに連れてくるべきではなかった。しっかりしているから大丈夫だろうと思っていたが、この会場は魔窟である事を失念していたのだ。
「ゴメンね。今日はもう帰ろうか?」
「ううん。わたし、まだ行きたいサークルがあるの」
「え?」
おかしい。
娘はまだ幼いし、なによりこの即売会に連れてきたのは今回が初めてだ。
この場でサークルなんて言葉が、すんなり出てくるはずがない。
それどころか、目を付けたサークル?
「ね、ママ。ここは楽しいね!」
娘はニコニコと何も変わらない、しかしどこか歪な表情で笑顔を見せた。
この物語はフィクションです
一日目に迷子になったデニムスカートのツインテグンマ少女とは一切関係ありません
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電車に乗って、どんな所かなぁなんて思っていると、窓の外から海が見えてきました。
「ママー。わたし、水着持ってきてないよー?」
海に行くならはじめからそう言って欲しかったです。けれどママは、電車から降りるすぐに逆三角形の変な建物の中に入っていきました。近くにはお船とかもあったけど、ママは無視して早歩きで進んでいきます。
「うぇ~、何ここ~?」
建物の中は人がたくさんいました。
小学校のお祭りのときよりずっとずっといっぱいいます。
「さぁ、買うわよ! ほほほほほ!」
ママは四角がいっぱいかいてある紙を広げて、大きな声で笑います。
わたしの手を引っ張って、いつもは『割り込みしちゃいけません』って厳しく怒るママが人の行列の中に突っ込んでいきました。
おしくらまんじゅうの中は汗とかスプレーとかの変な臭いがいっぱいですっごく気持ち悪かったです。
空気もなんかむわむわしていて、息苦しいです。それでもなんとかママの手は離さないようにと必死でつかみました。
「……あれ?」
そのはずだったのに、気が付くとわたしの手はママの手から離れていました。
「ま、ママー?」
呼んでも、返事はありません。
周りの人たちはみんな、大きなカバンとか女の子のかかれた紙袋とかを大事そうに抱えて、急ぎ足でわたしの前を通り過ぎるだけです。
知らない場所でひとりぼっちになって、わたしはどんどん心細くなってきました。
「な、泣かないもんっ!」
わたしも来年は六年生です! 一番上のおねえさんなんだから、こんなことじゃ泣きません!
《委員会から、お知らせです────》
放送が流れて、わたしの名前が呼ばれました。
でも、おねえさんのわたしが迷子なわけがありません。きっと聞き間違いです。
たぶん、キイロノワンショウを付けた人に話を掛ければ、ママのところに連れて行ってくれるかもしれませんけど、迷子じゃないわたしには関係ないです……キイロノワンショウって、なんのことかわかりません。
「やぁ。君、放送の迷子ちゃんだね?」
突然、後ろから男の人に声を掛けられました。
知らない人と話したらいけませんってママに言われているから、わたしは無視しました。だいたい、わたしは迷子じゃないです。
「お母さんが探していたよ? ほら、一緒に行こう?」
って言いながら、男の人はわたしの腕をつかんできます。
汗でベタベタしてて、すっごく気持ち悪いです。
男の人は腕に黄色いハチマキをしていました。もしかしてキイロノワンショウって、これのことなのかな。
「あぁ、暑い暑い……もうこのカラダもダメだなぁ……」
男の人は頭をふらふらさせて、なんだかわかんないことを呟きました。
その瞬間、わたしの全身が、立っていられないぐらいに暑くなりました。
「え……?」
気が付けば、わたしはわたしを見下ろしていました。
「フヒヒッ、やっぱり若いカラダは元気だなぁ……これであと十年は戦えるよ!」
わたしが変な事を言いながら、ニヤニヤと笑っていました。
「どうして……わたし、ここにいるのに」
「そのカラダはもうダメになったからさぁ。交換させてもらったんだ」
「う、そ……」
「あはぁ、ツインテ最高……ッ。そのカラダのくっさい髪とは大違いだぁ」
二つ結びにした髪の毛をつかんで、クンクンとわたしが自分の匂いを嗅いでいます。変態臭くて、すごく恥ずかしくなります。
「や、やめて……元に戻して……!」
「いやだよ。それに、こんな短いスカートを穿いてさぁ。ホントは僕みたいなのを誘っていたんだろ?」
スカートの端っこをつまみあげて、バサバサとパンツが見えそうなぐらいに派手にあおぎます。暑いときとかによくやるけど、男の人の前でしたことなんて一度もありません。
「そ、そんなことしないで! カラダ、返してよ!」
いつの間にか離れていた手をもう一度握ろうとして、だけど脚は前に進みませんでした。
膝から力が抜けて、地面に倒れます。
「いたっ……!」
「そのカラダ、熱中症になっていたからさぁ。もう限界だったんだよ」
わたしはニヤニヤとわたしを見下ろして、黄色のハチマキを自分の腕に結びなおしました。
「さっ、買い物の続き続き。……まぁ、その前に、ママを安心させて上げなきゃだね」
さっきの、わたしが迷子になっている話の放送がもう一回流れているのを聞いて、わたしがそうつぶやきます。
「まっ……て……」
遠くなる意識の中で、誰かが救護スタッフを呼べと叫んでいる声が、聞こえてきました。
母は無事に帰ってきた娘を抱きしめ、激しく後悔した。
やはり、幼いわが子をここに連れてくるべきではなかった。しっかりしているから大丈夫だろうと思っていたが、この会場は魔窟である事を失念していたのだ。
「ゴメンね。今日はもう帰ろうか?」
「ううん。わたし、まだ行きたいサークルがあるの」
「え?」
おかしい。
娘はまだ幼いし、なによりこの即売会に連れてきたのは今回が初めてだ。
この場でサークルなんて言葉が、すんなり出てくるはずがない。
それどころか、目を付けたサークル?
「ね、ママ。ここは楽しいね!」
娘はニコニコと何も変わらない、しかしどこか歪な表情で笑顔を見せた。
この物語はフィクションです
一日目に迷子になったデニムスカートのツインテグンマ少女とは一切関係ありません

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