Divider -ディバイダー 6
下衆な思想の男が主人公の、憑依系の話です
確認
*この物語はフィクションです
実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません
Divider -ディバイダー 6 「旧知との遭遇」
目を覚ますと、まず一番はじめに女の臭いが鼻をついた。
気だるい思いを背負って上体を起こす。
カーテンの隙間からは明るい日差しが差し込み、窓の外では小鳥とセミが賑やかに合唱していた。
「ここは……」
『お姉ちゃん』の部屋だ。
「ふぁ~……あふ。ってことは、まだ、マドカのままかぁ」
一度大きな欠伸をして、体を伸ばす。
目線を下げると、肩から流れる長い髪と膨らんだ胸が映り込んだ。
男とは全く違う、丸みを帯びた魅惑的な体付きに、朝から上機嫌になる。
一晩経てば、憑依状態も解消されるんじゃないかと何となく思っていたが、予想とは違ったらしい。
俺はもう、この先ずっと星崎円として生きていくしかないのか?
「ふ……っ」
だが、それもまぁ良いかと受け入れている自分がいた。マドカの体と人生を奪ってしまったという罪の意識も希薄だ。
女の快感は男とはまるで違う。あんなものがこの先何度も味わえるのなら、元の肉体に未練などなかった。
男に抱かれるかもしれないという嫌悪感こそあるが、セックスの相手はなにも異性に限った話じゃない。
昨晩の姉妹レズセックスを思い返し、自然と唇が歪む。
「そういえば……ナオはどこだ?」
部屋を見渡すが、主の姿はどこにも無い。
ベッドの上にはナオとマドカが身につけていた衣類が脱ぎ散らかされたままだ。
俺は下着を穿き直し、乱暴に上着を羽織り部屋から出た。
「おはよー、円♪」
キッチンに入ると、エプロン姿のナオが満面の笑みで迎えてくれた。
朝食を作っているのか、右手に包丁を握り、傍のガスコンロでは鍋が湯気を噴いている。
『マドカ』が見慣れた、いつものお姉ちゃんだ。おかしな格好に目をつぶれば、の話だが。
「……なんで、裸なの?」
ナオは、エプロンの下に何も着ていない。いわゆる裸エプロンというヤツだ。
「えー? うふふふ~」
気色悪いぐらい朗らかな表情で、口元をだらしなく緩める。どう考えても、妹に無理矢理犯された女が見せる顔ではなかった。
一瞬、昨夜のことは夢だったのではと自分自身を疑いかけるが、『マドカ』の記憶と照らし合わせてもお姉ちゃんがこんな格好をするなんて絶対に変だ。
「えへへ。円さぁ、私のことが大好きって、昨日言ってくれたよねぇ」
怪訝そうな俺に、ナオは頬を緩めたまま話し始めた。
「言った……けど」
あんなもの、ヤるための口実に決まっている。
まさかとは思うが、本気で受け止めたのか?
「お姉ちゃんも、円のこと大好きだよ。さ、最初はちょっと怖かったけど……その、円は、えっちなこと、好きなんだよ、ね?」
顔を赤らめ、手をもじもじと交差させる。
……つまり、なんだ。その格好も、俺のためだというつもりか。
「私が『えっちなお姉ちゃん』になったら……円は私のこと、もっと好きになってくれるよね?」
「…………」
開いた口がふさがらないとは、まさに今の気分だった。
たった一回のセックスと薄っぺらな愛の言葉で、よくもまぁここまで献身的になれるものだ。
(愛が重い、ね)
ナオが男に捨てられた理由が、今なら良くわかる。
頼んでもいないのに積極的になり、献身的になり、相手次第で態度をころころと変えるような女が愛しいと思えるはずも無い。反吐が出そうだ。
「円……ずっと、一緒にいようね」
うっとりとした表情のまま近づき、俺の手を取る。
慈しむように頬をすり寄せて、ハァ、と恍惚としたため息を漏らした。
ベタベタした態度に、幸せそうな表情。
見ているだけで不愉快だ。
「……うっとうしい。離せ」
「えっ」
ナオの手を振り払い、背を向け歩き出す。
マドカの部屋に戻ると、俺はテキパキと制服に着替え出かける準備を整えた。
「え、ま、待ってよ円。いきなり、どうしたの?」
部屋から出ると、慌てた様子でナオが駆け寄ってくる。
歩くたびに胸が揺れ、エプロンの隙間から大事なところが見え隠れする。
非常に扇情的ではあるが、とてもその肉体を貪る気分にはならなかった。
「ご、ご飯は? そ、それとも私とえっちする方が先?」
「黙れ淫乱」
「いん……!?」
「あのさぁ。一回寝た程度で何を勘違いしているの? 気持ち悪いんだけど」
戸惑うナオに告げてやる。
あざ笑うための微笑みすら浮かべず、冷え冷えとした瞳で見下し、侮蔑の言葉をぶつけてやる。
「女同士で、さらに近親相姦? 変に決まっているじゃない。なのに「好きだ」って言われただけで恋人気取り? お姉ちゃんって、変態だったんだね。幻滅だよ」
口調をマドカに寄せて、しかしマドカ本人では考えもしないような台詞をぞんざいに吐き捨てる。
幸せそうだったナオの顔から、サッと血の気が引いていった。
「だ、だって……うそ……そんな……円が、先に……」
「ムラムラして一発ヤリたくなったの。わかる? 性欲処理の相手をしてもらっただけなの」
「そんな……へ、変態なのは円じゃないのッ!」
「なら、その変態な妹のために裸エプロンをして朝から誘ってくるお前はなんだ? 尻尾を振っておねだりするメス犬か?」
徹底的に突き放した俺の言葉に、ナオはその場に崩れ落ちた。
表情がだんだんと曇り、じわ……と目じりから涙が滲み出す。
「ひどい……好き、だったのに。いっぱいいっぱい、好きだったのに! 円なんて……円なんか大嫌いッ!!」
「……ッ」
ナオから面と向かって嫌いと言われ、マドカの肉体が激しく動揺する。
しかし、俺には関係の無いことだ。
「ばいばい、お姉ちゃん」
自分の頭がお花畑だったのに、そんなことも自覚せずに一方的に相手を批難して泣き叫ぶ。
ナオの反応は子供と同じだ。いくら成熟した肉体を持っていようと、これでは魅力も何もあったもんじゃない。
(ガッカリだ……)
そのカラダに興味がそそられることは、もうおそらくないだろう。
「さて、と」
家から出て、通学路を歩く。
勢いで制服に着替え学園に行くと言ってしまったが、どうしたものか。
学園では、『俺』が俺の訪問を待っているだろう。
約束どおり現れた俺に詰め寄り、ヤらせろと言ってくる光景が簡単にイメージできた。
「気持ちはわかる、けどな」
元は同じ自分だから良くわかる。女の肉体を自由に貪るという悲願を、男の俺にも叶えさせてやりたいとも思う。
しかし、だ。
「男と……自分とセックスするってのは、どうもなぁ」
せめてマドカの肉体が経験済みなら、もう少し前向きに考えられただろうか。
うんうんと悩みながら、それでも俺の脚は六藍学園の坂道を登り続けた。
決断を躊躇するうちに、校門が見えてくる。
夏休みとはいえ、生徒の数が全く無いわけではない。むしろ普段より騒がしいぐらいだ。
校舎からは人の話し声や吹奏楽部の演奏が聞こえ、グラウンドや体育館では運動部の連中が張り切って声を出していた。
「まーどかっ」
「?」
馴れ馴れしい声に振り向くと、ショートカットの女の子が立っていた。
ニコニコと活発そうな笑顔を見た瞬間、彼女にまつわる情報が奔流のように頭に浮かび上がる。
「シホ……ちゃん」
加東志星(カトウ シホ)ちゃんは『わたし』の幼馴染で、一番の親友だ。
ちょっと男勝りで、元気いっぱいで、背が高くて髪も短いから昔はよく男の子と間違われていた。
性格は相変わらずだけど、今ではすっかり体付きも女の子っぽくなっている。特に胸の成長が凄い。邪魔とか贅沢なこと言うぐらいなら、少し分けてほしいぐらいだ。
(……なるほどね)
ヒガミの混ざったマドカの記憶を読み取り、改めてシホを見る。
ちょうど目線の位置に、ボールのような存在感を放つ膨らみが二つ並んでいた。彼女が身動きするたびに、ゆさゆさと小刻みに揺れている。
確かに、でかい。マドカどころか、ナオのボリュームも軽く超えていそうだ。
「おっはよ。どうしたの? こんな時間に」
「あぁ……ええと。ぶ、部活。シホちゃんも?」
「まね。今日は久しぶりの合同練習だからさぁ。もう楽しみで楽しみでっ」
拳を握り締め、本当に嬉しそうに言う。目の前にいる親友の中身が別人などとは少しも疑っていないようだ。
まぁ、外見は間違いなく本人なのだから、疑えと言う方が無理な話か。そのうえ記憶や仕草までコピーしているのだから、見抜けるはずも無い。
実の姉ですら、冷たい言葉を突きつけた俺を最後までマドカだと信じきっていた。
「……って、まどかぁ。あんたさっきからアタシの胸ばっか見てない?」
「っ! げほ、げほっ!」
まさか気付かれていたとは思わず、派手にむせ返る。
「けほっ……その、う、羨ましいなって」
「えー? いつも言ってるけど、おっきくても良いことなんかないよ? っていうか、竹刀振るのにすっごい邪魔だし」
言いながら、自分の右乳を乱暴に揺さぶる。ゆさゆさ動く大きな半球は熟れた果実のようで、とても美味そうに見えた。
「もー、またそんなこと言って。いらないなら、ちょうだいよ」
「それが出来たらそうしてるって。大丈夫っ、まどかはこんなものなくても十分可愛いから!」
肩に腕を回して、抱きしめてくる。弾力のある脂肪の塊が頬に押し付けられ、心地よい感触が走った。
「……んで? 可愛いまどかは昨日、どうしてたの?」
「どう……って?」
「ゆうべ、星見に行ったんでしょ? 天文部の先輩と。何か進展とかなかったわけ?」
マドカは俺の事が好きだった。親友であるシホも、その事を知っている。
どうやら何度か恋愛相談をしたこともあるようだ。口元を悪戯っぽく曲げて、根拠もなく大丈夫と言うシホの姿がありありと浮かび上がる。
「……別に、何も。流れ星にお願いしただけ、かな」
流れ星というか極小の隕石だったわけだが。それに、だけ、というわけでもない。
俺の願いは現実に叶えられた。恋心を抱いていた相手と一心同体になれたのだから、マドカだって本望だろう。
だが、と思う所が無いわけではない
この先マドカとしてやっていくのもそれはそれで面白そうだが、俺の欲望はさらに肥大化していた。
「ふぅん。何、お願いしたの?」
「内緒」
人は欲深い。
俺は、女が欲しい。
マドカだけではなく、ナオも、シホもだ。
『世界中の女が欲しい』なんて大それたことは言わないが、せめてこの目に映るイイオンナを、自由に弄びたい。
このカラダでは満たしきれない、女の魅力を堪能したい。
例えば。
シホの巨乳を、俺のものに出来たなら。
「ちょ、ガン見しすぎだって。さすがにハズいんだけど」
俺の拘束を解き、距離を取る。
わずかに頬を染めながら苦笑を浮かべる顔も、マドカとは違う魅力で溢れていた。
「って、あれ? 先輩」
シホの呟きに釣られて、視線を逸らす。
正面を振り返ると、『俺』がいた。
「よう、待ってたぞ」
「センパイ……」
突然現れた男の俺に呆然としていると、フッと見透かしたような笑みを浮かべ俺に耳打ちをしてくる。
「ごまかすなよ。今日来たってことは、お前は『俺』だろ?」
耳元に息がかかって、気持ち悪い。
「な、なんのことです?」
「下手な芝居はやめろって。ほら、行くぞ」
「ちょ、離し、てっ!」
力強く腕を掴まれ、ムリヤリ引っ張られる。
思っていた以上に握力が強い。骨がミシミシと悲鳴を上げているようだ。
(つか、痛ぇよバカ!)
乱暴すぎる。いくら中身が自分だからって、今の俺はマドカなんだぞ。
(これからコイツとセックスするのか? うわ、絶対に嫌だ)
自分自身に陵辱される、おぞましい未来予想図にゾッとする。
と、横合いから伸びてきた手が、男の『俺』の腕を振り払った。
「ちょっと、先輩。うちのまどかに何するんスか」
「シホちゃん……」
さっきまでの朗らかな顔つきとはまるで違う、強い眼差しを湛えた凛々しい表情をしていた。
庇うように俺の前に立ち、ピンと伸びた姿勢と高い身長がいっそう頼もしく映る。
「はぁ? 邪魔するなよ一年。これは、俺とコイツの問題だ」
シホの迫力に気圧されてか、少し声が上擦っていた。
それでいて、視線は真っ先に彼女の巨乳を注視した。
おおかた、さっきまでの俺と似たような事を考えているんだろう。
確かにシホのでかい胸は魅力的だが、火に油を注ぐ行為としか言いようがない。
そう考えた瞬間、めまいが降り掛かった。
「え……?」
何だ、と思う間もなく、全身から力が抜けていく。
いや、むしろこれは……。
(まさか……ここで……!?)
マドカの肉体から、俺の意識がボロボロと剥がれ落ちるような、漠然とした不安を煽る感覚。それが、物凄いスピードで広がっていく。
まさか、憑依状態が終わるのか? このタイミングで?
「ぐっ……」
景色が揺さぶられ、立っているのかすら判別できない。とても目を開けてなどいられなかった。
夢と現実の狭間に迷い込んだような不安定な感覚が意識を包み込む。
(ま……だ……だ……)
俺の願いは叶えられた。
──満足には、程遠い。
終わらない
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*この物語はフィクションです
実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません
Divider -ディバイダー 6 「旧知との遭遇」
目を覚ますと、まず一番はじめに女の臭いが鼻をついた。
気だるい思いを背負って上体を起こす。
カーテンの隙間からは明るい日差しが差し込み、窓の外では小鳥とセミが賑やかに合唱していた。
「ここは……」
『お姉ちゃん』の部屋だ。
「ふぁ~……あふ。ってことは、まだ、マドカのままかぁ」
一度大きな欠伸をして、体を伸ばす。
目線を下げると、肩から流れる長い髪と膨らんだ胸が映り込んだ。
男とは全く違う、丸みを帯びた魅惑的な体付きに、朝から上機嫌になる。
一晩経てば、憑依状態も解消されるんじゃないかと何となく思っていたが、予想とは違ったらしい。
俺はもう、この先ずっと星崎円として生きていくしかないのか?
「ふ……っ」
だが、それもまぁ良いかと受け入れている自分がいた。マドカの体と人生を奪ってしまったという罪の意識も希薄だ。
女の快感は男とはまるで違う。あんなものがこの先何度も味わえるのなら、元の肉体に未練などなかった。
男に抱かれるかもしれないという嫌悪感こそあるが、セックスの相手はなにも異性に限った話じゃない。
昨晩の姉妹レズセックスを思い返し、自然と唇が歪む。
「そういえば……ナオはどこだ?」
部屋を見渡すが、主の姿はどこにも無い。
ベッドの上にはナオとマドカが身につけていた衣類が脱ぎ散らかされたままだ。
俺は下着を穿き直し、乱暴に上着を羽織り部屋から出た。
「おはよー、円♪」
キッチンに入ると、エプロン姿のナオが満面の笑みで迎えてくれた。
朝食を作っているのか、右手に包丁を握り、傍のガスコンロでは鍋が湯気を噴いている。
『マドカ』が見慣れた、いつものお姉ちゃんだ。おかしな格好に目をつぶれば、の話だが。
「……なんで、裸なの?」
ナオは、エプロンの下に何も着ていない。いわゆる裸エプロンというヤツだ。
「えー? うふふふ~」
気色悪いぐらい朗らかな表情で、口元をだらしなく緩める。どう考えても、妹に無理矢理犯された女が見せる顔ではなかった。
一瞬、昨夜のことは夢だったのではと自分自身を疑いかけるが、『マドカ』の記憶と照らし合わせてもお姉ちゃんがこんな格好をするなんて絶対に変だ。
「えへへ。円さぁ、私のことが大好きって、昨日言ってくれたよねぇ」
怪訝そうな俺に、ナオは頬を緩めたまま話し始めた。
「言った……けど」
あんなもの、ヤるための口実に決まっている。
まさかとは思うが、本気で受け止めたのか?
「お姉ちゃんも、円のこと大好きだよ。さ、最初はちょっと怖かったけど……その、円は、えっちなこと、好きなんだよ、ね?」
顔を赤らめ、手をもじもじと交差させる。
……つまり、なんだ。その格好も、俺のためだというつもりか。
「私が『えっちなお姉ちゃん』になったら……円は私のこと、もっと好きになってくれるよね?」
「…………」
開いた口がふさがらないとは、まさに今の気分だった。
たった一回のセックスと薄っぺらな愛の言葉で、よくもまぁここまで献身的になれるものだ。
(愛が重い、ね)
ナオが男に捨てられた理由が、今なら良くわかる。
頼んでもいないのに積極的になり、献身的になり、相手次第で態度をころころと変えるような女が愛しいと思えるはずも無い。反吐が出そうだ。
「円……ずっと、一緒にいようね」
うっとりとした表情のまま近づき、俺の手を取る。
慈しむように頬をすり寄せて、ハァ、と恍惚としたため息を漏らした。
ベタベタした態度に、幸せそうな表情。
見ているだけで不愉快だ。
「……うっとうしい。離せ」
「えっ」
ナオの手を振り払い、背を向け歩き出す。
マドカの部屋に戻ると、俺はテキパキと制服に着替え出かける準備を整えた。
「え、ま、待ってよ円。いきなり、どうしたの?」
部屋から出ると、慌てた様子でナオが駆け寄ってくる。
歩くたびに胸が揺れ、エプロンの隙間から大事なところが見え隠れする。
非常に扇情的ではあるが、とてもその肉体を貪る気分にはならなかった。
「ご、ご飯は? そ、それとも私とえっちする方が先?」
「黙れ淫乱」
「いん……!?」
「あのさぁ。一回寝た程度で何を勘違いしているの? 気持ち悪いんだけど」
戸惑うナオに告げてやる。
あざ笑うための微笑みすら浮かべず、冷え冷えとした瞳で見下し、侮蔑の言葉をぶつけてやる。
「女同士で、さらに近親相姦? 変に決まっているじゃない。なのに「好きだ」って言われただけで恋人気取り? お姉ちゃんって、変態だったんだね。幻滅だよ」
口調をマドカに寄せて、しかしマドカ本人では考えもしないような台詞をぞんざいに吐き捨てる。
幸せそうだったナオの顔から、サッと血の気が引いていった。
「だ、だって……うそ……そんな……円が、先に……」
「ムラムラして一発ヤリたくなったの。わかる? 性欲処理の相手をしてもらっただけなの」
「そんな……へ、変態なのは円じゃないのッ!」
「なら、その変態な妹のために裸エプロンをして朝から誘ってくるお前はなんだ? 尻尾を振っておねだりするメス犬か?」
徹底的に突き放した俺の言葉に、ナオはその場に崩れ落ちた。
表情がだんだんと曇り、じわ……と目じりから涙が滲み出す。
「ひどい……好き、だったのに。いっぱいいっぱい、好きだったのに! 円なんて……円なんか大嫌いッ!!」
「……ッ」
ナオから面と向かって嫌いと言われ、マドカの肉体が激しく動揺する。
しかし、俺には関係の無いことだ。
「ばいばい、お姉ちゃん」
自分の頭がお花畑だったのに、そんなことも自覚せずに一方的に相手を批難して泣き叫ぶ。
ナオの反応は子供と同じだ。いくら成熟した肉体を持っていようと、これでは魅力も何もあったもんじゃない。
(ガッカリだ……)
そのカラダに興味がそそられることは、もうおそらくないだろう。
「さて、と」
家から出て、通学路を歩く。
勢いで制服に着替え学園に行くと言ってしまったが、どうしたものか。
学園では、『俺』が俺の訪問を待っているだろう。
約束どおり現れた俺に詰め寄り、ヤらせろと言ってくる光景が簡単にイメージできた。
「気持ちはわかる、けどな」
元は同じ自分だから良くわかる。女の肉体を自由に貪るという悲願を、男の俺にも叶えさせてやりたいとも思う。
しかし、だ。
「男と……自分とセックスするってのは、どうもなぁ」
せめてマドカの肉体が経験済みなら、もう少し前向きに考えられただろうか。
うんうんと悩みながら、それでも俺の脚は六藍学園の坂道を登り続けた。
決断を躊躇するうちに、校門が見えてくる。
夏休みとはいえ、生徒の数が全く無いわけではない。むしろ普段より騒がしいぐらいだ。
校舎からは人の話し声や吹奏楽部の演奏が聞こえ、グラウンドや体育館では運動部の連中が張り切って声を出していた。
「まーどかっ」
「?」
馴れ馴れしい声に振り向くと、ショートカットの女の子が立っていた。
ニコニコと活発そうな笑顔を見た瞬間、彼女にまつわる情報が奔流のように頭に浮かび上がる。
「シホ……ちゃん」
加東志星(カトウ シホ)ちゃんは『わたし』の幼馴染で、一番の親友だ。
ちょっと男勝りで、元気いっぱいで、背が高くて髪も短いから昔はよく男の子と間違われていた。
性格は相変わらずだけど、今ではすっかり体付きも女の子っぽくなっている。特に胸の成長が凄い。邪魔とか贅沢なこと言うぐらいなら、少し分けてほしいぐらいだ。
(……なるほどね)
ヒガミの混ざったマドカの記憶を読み取り、改めてシホを見る。
ちょうど目線の位置に、ボールのような存在感を放つ膨らみが二つ並んでいた。彼女が身動きするたびに、ゆさゆさと小刻みに揺れている。
確かに、でかい。マドカどころか、ナオのボリュームも軽く超えていそうだ。
「おっはよ。どうしたの? こんな時間に」
「あぁ……ええと。ぶ、部活。シホちゃんも?」
「まね。今日は久しぶりの合同練習だからさぁ。もう楽しみで楽しみでっ」
拳を握り締め、本当に嬉しそうに言う。目の前にいる親友の中身が別人などとは少しも疑っていないようだ。
まぁ、外見は間違いなく本人なのだから、疑えと言う方が無理な話か。そのうえ記憶や仕草までコピーしているのだから、見抜けるはずも無い。
実の姉ですら、冷たい言葉を突きつけた俺を最後までマドカだと信じきっていた。
「……って、まどかぁ。あんたさっきからアタシの胸ばっか見てない?」
「っ! げほ、げほっ!」
まさか気付かれていたとは思わず、派手にむせ返る。
「けほっ……その、う、羨ましいなって」
「えー? いつも言ってるけど、おっきくても良いことなんかないよ? っていうか、竹刀振るのにすっごい邪魔だし」
言いながら、自分の右乳を乱暴に揺さぶる。ゆさゆさ動く大きな半球は熟れた果実のようで、とても美味そうに見えた。
「もー、またそんなこと言って。いらないなら、ちょうだいよ」
「それが出来たらそうしてるって。大丈夫っ、まどかはこんなものなくても十分可愛いから!」
肩に腕を回して、抱きしめてくる。弾力のある脂肪の塊が頬に押し付けられ、心地よい感触が走った。
「……んで? 可愛いまどかは昨日、どうしてたの?」
「どう……って?」
「ゆうべ、星見に行ったんでしょ? 天文部の先輩と。何か進展とかなかったわけ?」
マドカは俺の事が好きだった。親友であるシホも、その事を知っている。
どうやら何度か恋愛相談をしたこともあるようだ。口元を悪戯っぽく曲げて、根拠もなく大丈夫と言うシホの姿がありありと浮かび上がる。
「……別に、何も。流れ星にお願いしただけ、かな」
流れ星というか極小の隕石だったわけだが。それに、だけ、というわけでもない。
俺の願いは現実に叶えられた。恋心を抱いていた相手と一心同体になれたのだから、マドカだって本望だろう。
だが、と思う所が無いわけではない
この先マドカとしてやっていくのもそれはそれで面白そうだが、俺の欲望はさらに肥大化していた。
「ふぅん。何、お願いしたの?」
「内緒」
人は欲深い。
俺は、女が欲しい。
マドカだけではなく、ナオも、シホもだ。
『世界中の女が欲しい』なんて大それたことは言わないが、せめてこの目に映るイイオンナを、自由に弄びたい。
このカラダでは満たしきれない、女の魅力を堪能したい。
例えば。
シホの巨乳を、俺のものに出来たなら。
「ちょ、ガン見しすぎだって。さすがにハズいんだけど」
俺の拘束を解き、距離を取る。
わずかに頬を染めながら苦笑を浮かべる顔も、マドカとは違う魅力で溢れていた。
「って、あれ? 先輩」
シホの呟きに釣られて、視線を逸らす。
正面を振り返ると、『俺』がいた。
「よう、待ってたぞ」
「センパイ……」
突然現れた男の俺に呆然としていると、フッと見透かしたような笑みを浮かべ俺に耳打ちをしてくる。
「ごまかすなよ。今日来たってことは、お前は『俺』だろ?」
耳元に息がかかって、気持ち悪い。
「な、なんのことです?」
「下手な芝居はやめろって。ほら、行くぞ」
「ちょ、離し、てっ!」
力強く腕を掴まれ、ムリヤリ引っ張られる。
思っていた以上に握力が強い。骨がミシミシと悲鳴を上げているようだ。
(つか、痛ぇよバカ!)
乱暴すぎる。いくら中身が自分だからって、今の俺はマドカなんだぞ。
(これからコイツとセックスするのか? うわ、絶対に嫌だ)
自分自身に陵辱される、おぞましい未来予想図にゾッとする。
と、横合いから伸びてきた手が、男の『俺』の腕を振り払った。
「ちょっと、先輩。うちのまどかに何するんスか」
「シホちゃん……」
さっきまでの朗らかな顔つきとはまるで違う、強い眼差しを湛えた凛々しい表情をしていた。
庇うように俺の前に立ち、ピンと伸びた姿勢と高い身長がいっそう頼もしく映る。
「はぁ? 邪魔するなよ一年。これは、俺とコイツの問題だ」
シホの迫力に気圧されてか、少し声が上擦っていた。
それでいて、視線は真っ先に彼女の巨乳を注視した。
おおかた、さっきまでの俺と似たような事を考えているんだろう。
確かにシホのでかい胸は魅力的だが、火に油を注ぐ行為としか言いようがない。
そう考えた瞬間、めまいが降り掛かった。
「え……?」
何だ、と思う間もなく、全身から力が抜けていく。
いや、むしろこれは……。
(まさか……ここで……!?)
マドカの肉体から、俺の意識がボロボロと剥がれ落ちるような、漠然とした不安を煽る感覚。それが、物凄いスピードで広がっていく。
まさか、憑依状態が終わるのか? このタイミングで?
「ぐっ……」
景色が揺さぶられ、立っているのかすら判別できない。とても目を開けてなどいられなかった。
夢と現実の狭間に迷い込んだような不安定な感覚が意識を包み込む。
(ま……だ……だ……)
俺の願いは叶えられた。
──満足には、程遠い。
終わらない

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