Divider -ディバイダー 10
下衆な思想の男が主人公の、憑依系の話です
リクツターン
確認
*この物語はフィクションです
実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません
Divider -ディバイダー 10 「広がる距離」
袴姿のまま道場を後にして、これからどうしようか考える。
当面の目的は、女としてのセックスを経験することだ。
非処女だったシホと同調したおかげで、その気持ち良さを知ることはできた。しかし俺自身は相変わらず未体験というややこしい状態だ。
男に抱かれる嫌悪感がなくなったわけではないが、記憶の中にある快楽への興味はそれを希薄にさせるほど魅力的だった。
「……適当な男でも捜すか」
思わぬ闖入者の登場でホクト先輩とはヤリそこなってしまった。
道場はアレからどうなっただろう。今頃はあの他校生から自分の彼女が変態だったと聞かされ、ショックを受けているかもしれない。
「ま、俺には関係ないか」
この件で二人が破局を迎えようと、俺の知ったことじゃない。
女の快感を味わう事が出来れば、相手は誰でも良かった。
男勝りのくせに反則的な巨乳を誇るシホの肉体ならば、大抵の男はひっかけられそうだ。
どうせなら街に出てオヤジ相手に小遣い稼ぎでも……などと考えたときだった。
「まどか?」
中庭にある大銀杏の根元に座る、顔を臥せた後輩の姿が見えた。
スカートのまま膝を抱えて、何かを堪えるかのようにジ……と動かない。
男の『俺』に連れて行かれてからどうなったんだろう。少なくとも良い目に遭ったワケではなさそうだ。
「どうしたの、まどか?」
素通りするわけにもいかず、うずくまったままのマドカに声をかけた。
親友の声に反応したのか、ピクリと肩が震え、そろそろと顔を上げる。
「シホ、ちゃん……」
弱々しく呟きながら、泣きはらした瞳が俺を捉えた。
マドカは制服のボタンが数個むしりとられ、ブラジャーに包まれた胸元が見下ろせる。乗り移っていたときに散々見た光景だが、他人の目を通して見るとまた違った興奮を誘った。
俺の視線にも気付かず、マドカの目から大粒の涙がこぼれ出す。
「わ、わた……わたし……うう、えぐ……うわあああああっ!」
跳ねるように立ち上がり、そのままの勢いで俺の胸に飛びついてきた。
「うわああんっ! わたし、先輩に……先輩にぃいいいいい……ッ!」
「お、落ち着いて。何があったか、ちゃんと聞かせて?」
背中を撫でて泣きじゃくるマドカをあやしながら、詳しい話を聞き出す。
なんでも『俺』に部室に連れ込まれるなり、「やらせろ! 約束だぞ!」と怒鳴り散らされたそうだ。
もちろん、好きな相手であってもそんな迫り方で受け入れられるはずがなかった。
先輩の豹変に戸惑っていると、痺れを切らしたのか強引に押し倒そうとしてきたらしい。
ようするに、犯されそうになったわけだ。
おそらく男の俺は、まだマドカを乗っ取っていると勘違いしたんだろう。
「なんでせんぱい……あんな……あんな……うえええ!」
「そんなことが……サイッテー!」
シホの口調をトレースしているだけでなく、俺自身も同じ気持ちだった。
理性というものがまるで感じられない。自分は性欲しか頭に無い男だったのか? そんなはずない。
少なくともマドカに慕われるぐらいには、善良な人間の仮面をかぶっていた。
どうしてこんなにも、他人に乗り移る『俺』と元の身体に残った『俺』とで違いがある?
「任せてまどか! アタシ、先輩と話しつけてくる! ってか、ぶったたいて来る!」
シホの怒りと俺の困惑が混ざり合い、気が付けばそんな事を口走っていた。
だが、悪い考えでもない。
(そうだな……一度、ちゃんと話し合うべきだ)
「た、叩いて……って。えと、あまり、ひどいことしないでねっ」
校舎へ向かう俺の背中越しに、『先輩』を気遣うまどかの声が聞こえた。
無理矢理迫られてなお自分を慕ってくれる後輩に、少しだけ驚く。同時に、むず痒いような満更でもない気持ちが湧き、俺は手を振って応えた。
「マドカにあんな顔させやがって……」
泣き顔を思い出し、改めてアイツに腹が立つ。
この感情がシホのものなのか、それとも自分自身の気持ちなのか。
答えの出ないまま、天文部を目指した。
*
部室のドアを開けると、本やらプリントやらが床に散らばった部屋の真ん中で、パイプ椅子に座る俺の姿があった。
その手にはスマホが握られ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
「動画、届いたぜ」
「……あぁ」
そういえばシホの痴態を見せびらかすために送信してやったんだったか。
もしかしたらその動画で、マドカが『俺』でないと知り解放したのかもしれない。
「それにしても、まさかカラダを乗り換えていたとはな。言えよ、そういうことは」
「俺だって初めて知ったんだよ」
後ろ手にドアを閉め、『俺』に近づく。
逆光でわかりづらかったが、うっすらと頬が赤く腫れていた。
「あぁ、これか? 星崎だよ。あのやろう、思いっきりひっぱたきやがって……服を脱がそうとしただけなのによ」
俺の視線に気付いたのか、頬を押さえながらしかめ面を浮かべる。
マドカがちゃんと一矢報いていたことがわかり、俺は少しだけ溜飲が下がった。
「無理矢理迫るからだろ。ムード作ってちゃんと告白すれば、たぶんフツーにやれたぞ」
マドカは俺の事が好きだからな。
だがそんな俺の言葉を見透かしたかのように、目の前の『俺』は冷ややかな笑いを浮かべた。
「おいおい、お前心まで女になったのか? セックスするのにムードとかいらねぇよ」
「…………」
心まで女に、か。
マドカやシホの記憶や人格と何度か同調し、その影響が俺自身にも出ているということは充分考えられた。
(だとすると、おかしいのは俺の方か?)
本来の俺は目の前のコイツのような、女のことしか頭に無い性欲人間だったのか? そんなバカな。
ぐっ、と拳を握り、シホの強い眼差しでイスに座る男を見据える。
「なぁ、元々一人の人間だったのに、俺とお前で性格が違い過ぎないか? おかしいだろ」
「俺は何も変わってない。変なのはお前だ」
呆れたような顔をして、シホの姿の俺を指差す。
「俺なら、こんなつまんねぇ話はしない。その巨乳で自分のモノを挟んで、とことん気持ちよくしてやることだけを考える」
言いながらファスナーをおろし、ズボンの裂け目から大きくそそり立った男性器を取り出す。
離れている俺の位置からでもはっきりわかるほどガチガチに硬くして、蒸れた臭いをまとわりつかせていた。
「ほら、早くしろよ。お前は俺なんだ」
「嫌だ」
ニタニタ笑う男の言葉を遮るように、眼差しと唇で拒絶の意思を示す。
「……この女は、お前が嫌いなんだ。ムリヤリしたら、噛み千切るかもしれない」
あくまで問題はシホの肉体にあるのだと主張し、自分自身への奉仕を拒む。
噛み千切る、という暴力的な脅迫が効いたのか、『俺』はしばらく逡巡した後でイライラを隠そうともせずに答えた。
「なら、さっさと別の身体に移れ。星崎でもいいぞ」
「簡単に言うなよ……」
どうやったら乗り換えられるのか、コッチが教えて欲しいぐらいだ。
仮説はあるものの、正しいのかわからない。
それに、あの虚脱感。
意識が粒子のように粉々になり二度と元に戻れなくなりそうな恐怖が、気軽な乗換えを躊躇させる。
「……いや、そうだ。星崎なんかよりコッチがいい」
そんな気持ちも知らず、閃いたとばかりに不機嫌だった声を弾ませ『俺』はスマホを操作し始めた。
ややあって、投げ渡された携帯の液晶画面には動画投稿サイトのページが表示されていた。
「せっかくなら、その女がいい」
「【さにぃ~ボゥル】か?」
「ああ」
【さにぃ~ボゥル】はいわゆるネットアイドル風の少女で、既存の曲を歌う『歌ってみる』でそこそこ人気あるユーザーだ。
スマホにはその【さにぃ~ボゥル】のカラオケ動画が、大量のコメントと共に流れている。
『うま杉』『本家を超えてね?』『綺麗な声だな~』『ネ申決定www』などなど賛辞の嵐だ。
元ネタを知らない俺でも、彼女の歌声は澄んでいて綺麗だと思う。
アイドル衣装っぽい格好でマイクを握る少女は、サイドテールを振り回しながらプロ顔負けの機敏な動きで踊っている。
心の底から楽しんでいるのがわかる、太陽のような笑顔も魅力的だ。
(やっぱ、かわいいな)
いったい何度、この表情でヌイただろう。妄想の中で彼女を犯した日は数え切れなかった。
もし、このカラダに移れたら…………。
「…………」
しかし、再生が終わるまで動画を凝視してみても俺が【さにぃ~ボゥル】になることはなかった。
「無理だ。移れない」
「本当か?」
「ああ、嘘じゃない」
映像だからか、それとも別の条件があるのか。
少なくとも今の時点では、動画の女に乗り移ることは不可能だった。
「チッ。あの【さにぃ~】とヤレるかと思ったのに」
「お前の頭ン中、本当にそればっかな……」
なんか、もう二度と元のカラダに戻れなくてもいい気がした。
俺と『俺』の変化。
憑依の条件。
考えるより先に動く! というシホの頭脳ではそれら二つの疑問に明確な答えを導き出せるはずもなく、代わりというわけじゃないが次に出てきた言葉は親友への思いやりだった。
「まどかに謝れ」
「は?」
「襲ったんだろ? 警察に突き出されてもおかしく無いぞ」
別れ際の彼女の態度からそれはなさそうだが、危機感を煽るために付け加える。
「いきなり襲ったこと謝って、そうだな、『好きだったんだ』とか言って誤魔化せ」
実は相思相愛だったと知れば、まどかのことだから許してくれるかもしれない。
うまくすれば彼氏彼女の関係になって、『俺』の性欲も少しは大人しくなるかも……と、我ながら名案が浮かぶ。
「はああ? お前、わけわかんねーぞ。なんで俺が謝らなきゃいけない」
「……いや、どう考えても悪いのお前だし」
「そんなもん知るか。お前が星崎に憑依して、全部うやむやにすればいい」
「………………」
勝手極まりない物言いに、拳をきつく握る。
最低だ、こいつ。
まどかの人生をなんだと思ってやがる。
……いや、待て。待て待て。
俺がそれを言える立場じゃない。自分が姉のナオに何をしたか思い出せ。
なのになんだ、この思考は?
シホに引っ張られている、のか?
「どうしても謝れっていうなら、ひとつ約束してもらおうか」
俺の戸惑いにも気付かず、男の俺が人差し指を立てる。
何を、とは聞かない。聞く必要が無い。
「シホより良いカラダを探して、今度こそセックスさせてやる。これでいいか?」
「ああ、約束だぞ」
にっこりと、純粋にドス黒い笑みを浮かべて、右手を差し出される。
俺はその手を無視して、部室のドアを開けた。
*
別れた場所と同じ場所で待っていたマドカに『部室に行ってみて』とだけ伝え、さっさと帰路についた。
当たり前のようにシホの家に帰り、当たり前のようにシホの部屋に入り、当たり前のようにシホの匂いが染み付いたベッドに横たわる。
「くそ……気分が悪い」
俺の心が、加東志星の感情に呑み込まれているかのようだ。
剣道部での後悔、ネット動画への不安、マドカの心配、ホクト先輩への想い。
それらをシホの気持ちで考え、怒ったり落ち込んだりする自分がいる。
全部、『俺』には関係の無いことなのにだ。
「おかしいのは俺……なのか」
何度目かもわからない問いかけを否定する気力も湧かないまま、弱々しく呟く。
本当の俺は、性欲まみれのゲスヤロウ。それを認めたくないのは、今の身体が『俺』を嫌うシホだからか?
「わかんねぇ……わかんねぇよ」
シホの頭は悪い。難しい事を考えようとすると、すぐにぐちゃぐちゃになってまとまらない。
早く、次のカラダに移りたかった。
「俺はシホじゃない……!」
ベッドから飛び起き、スマホをいじる。
送信された動画つきのメールを開き、剣道部でのシホの痴態を再生した。
《ンッ……あはっ……主将……ホクト、せんぱ……んんんッ……アぅッ》
気持ちよさそうにオナニーをする剣道着のシホがバッチリ映っている。
俺はそれを、男の目線で凝視した。
画面に映る女の快感を思い出すのではなく、撮影者の男として食い入るように眺める。
そうすることで、自分はシホではないと強く意識した。
(えっろぉ……)
モザイク無しで乱れる少女の姿はなかなかお目にかかれるものじゃない。
この映像が、本当に全世界に配信されたのだ。
さすがにもう動画自体は削除されているだろうが、見た人間は必ずいる。
さぞかし派手な祭りになっただろう。
「……どんな具合かな?」
メールを閉じ、ネット掲示板に繋げる。
【女子大生、服毒自殺か】
トップニュースに物騒な見出しが躍り、それをスルーしようとした指がピタッと止まる。
「……星崎、奈央?」
見知った名前が、そこに載っていた。

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