Divider -ディバイダー 11
下衆な思想の男が主人公の、憑依系の話です
次かその次で終わらせます
確認
*この物語はフィクションです
実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません
Divider -ディバイダー 11 「再憑依」
病院のベンチに座り、憔悴しきった女の子を慰める。
映画やドラマでしかお目にかかれないようなシーンにまさか自分が、しかも女友達としての立場で経験するなんて、夢にも思っていなかった。
「う、うう……おねえちゃん……」
もうとっくに枯れ果てたはずの涙がマドカの目からこぼれる。
『彼氏』や『親友』である俺たちが来てから、ずっとこんな調子だ。
「にしても星崎の姉さん、何があったんだ?」
壁にもたれかかった「俺」が腕組をしながら、廊下の奥にある病室を見つめる。
峠は越えたものの、大量の睡眠薬を飲んだナオはまだ目を覚ましていない。
それでも、姉が自殺未遂をしたショックはいまだに大きいようだ。
「い、家に帰ったら……お姉ちゃんが、倒れてて……床に、いっぱい、薬が……っ」
弱々しく首を振りながら、またマドカの目から涙がこぼれる。
俺はそんな彼女を慰めながら、ナオについてある程度の憶測を描いていた。
マドカになっていたとき、俺はナオを手酷く傷つけた。
おそらくだが、今回の事件はそれがキッカケで起こったのだと思う。
今朝のあの言動から察するに、ナオの愛は重い。
一途というレベルではなく、それこそ病的に人に依存する性質なのだろう。
その愛が裏切られ、絶望に叩き落されたナオは、睡眠薬を大量に摂取し死のうとした。
運良く帰宅したマドカが発見しなんとか助かったものの、一歩間違えば本当に死んでいたかもしれない。
「き、きっと……バチが当たったんだ……センパイに告白されて、浮かれていたから……!」
「そ、そんなの関係ないって!」
瀕死だった姉を発見した影響か、マドカは涙を流す機械と化して泣き言しか言わなくなっていた。
何でもかんでも自分のせいだと嘆いて、空気を重苦しくする。
正直なところ、少し、ウンザリしていた。
「じゃあ、別れるか」
まるで俺の気持ちを汲んだかのように、『俺』がそんな事を言い出す。
「せ、せん……ぱい?」
泣き笑いのような表情を浮かべて、マドカが困った顔をする。それでも『俺』は吐き捨てるように言葉を続けた。
「星崎の姉さんがああなったのは、俺たちが付き合ったせいなんだろ? じゃあ、別れようぜ」
恋人になったばかりの少女の顔を見ようともせずに、ピシリと淀みなく言い終える。
「…………」
マドカは何も言わない。
捨てられた子犬のような目をして、彼氏の横顔を見つめているだけだった。
そして、忌々しいことにシホの影響が強い今の俺が、それを見過ごせるはずもなかった。
「あ~ッ! ちょっとツラ貸して下さい、先輩!」
怒りに任せて『俺』の手を引き、マドカの目が届かない場所まで移動する。
袋小路のような場所で立ち止まると、俺は相手を壁に押し付けて胸倉を掴んだ。
「いっ……てぇな。何すんだよ」
身長は大差がないため、すぐ目の前に不機嫌そうな俺の顔が映る。俺は、こんなにムカムカする面構えだったか?
「それはこっちの台詞だ。マドカをこれ以上傷つけて楽しいか?」
力強く眼光を飛ばし、睨みつけた。
『俺』はそんな視線をさらりと受け流すかのように、呆れた口調で呟く。
「だってアイツうぜぇし……悲劇のヒロイン気取りだろ、あれ」
「…………」
同じ事を俺も思った。
だけど、自分なら口に出さないようなことをコイツは軽々しく言う。
元は同じ自分なのに、俺たちにはいつの間にか差が出来ていた。
「……元に戻るぞ」
このままじゃ、俺が俺でなくなる。
シホに影響されている俺だけでなく、元の身体のままでいる『俺』もだ。
そんな強い危機感に後押しされるように、自然と口走っていた。
「もう限界だ……このままじゃ危ないんだよ。一つになれば、また元通りの俺になる!」
女のことしか頭になくて、流れ星に願いを託すようなバカバカしいロマンチストで、表面上は社会性をそこそこに維持できる凡庸な男に戻れる。
それは、つまらない人間だと思う。けど今は、何よりも望ましい。
自分でない感情に振り回されることも、性欲を暴走させることもしない、普通の男に戻るんだ。
「ハァ? ふざけんな」
その思いは、あっさり突っぱねられた。
「お前は星崎やソイツの身体になってタンノーしたんだろうけどな、俺は全然なんだよ」
胸倉を掴む手を握られる。身長は同じでも、やっぱり女のカラダの俺とは違う大きな手をしていた。
シホの手首が片手ですっぽりつかまれ、そのまま力任せに襟元から外される。
バンザイをするように両腕が無防備に上がり、俺は思わぬ反撃に頭の回転が追いつかなかった。
「もう限界なのは、俺の方だ」
取り上げられた両手に気が逸らされ、理解が遅れる。
何を言っているのか。何が限界なのか。何をする気なのか。
それがわかったときには、既に“されていた”。
「ン────────ッ!?」
俺の、シホの唇に、男の唇が押し当てられる。
アゴが固定され、目の前が自分の顔で埋まり、わずかに開いた口の隙間に生暖かい肉厚なものがねじこまれた。
ソレが相手の舌だとわかり、嫌悪感と吐き気にさいなまれながら、しかし口を閉じることも出来ず自分の舌に絡みつかれる。
「んつ、んゅ、ンンン────ッ!」
抵抗することも忘れ、目頭がジン…と熱くなる。抵抗することも忘れ、アタシは大嫌いな男に口の中を滅茶苦茶に犯されていた。
「ちゅぱ……れろ……っ、ふぅ……」
顔がわずかに離れ、唇と唇が粘液で繋がったまま、『先輩』が鼻の下の伸びきった笑みを浮かべる。
「はは、泣いているのか? キスをされたぐらいで?」
「うるさい……この、ケダモノ!」
情けなくて、悔しくて、ホクト先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
相手をぶちのめそうという気力も湧かない。
なんで、こんなことに……。
「ったく、メソメソすんなよ。身体どころか心まで女になったんじゃないだろうな」
「!」
その一言で、ハッと我に返る。
アタシ? 先輩?
まるで、心の中までシホと同化しているような気分だった。
あるいは上書きといった方が正しいかもしれない。男としての記憶が、この女のものに塗り替えられていくようだ。
まずい。
まずいまずいまずい。
早くこの身体から離れなきゃ、取り返しのつかないことになる。
「……センパイ? シホ、ちゃん?」
その声は、愉悦に浸る『俺』と、焦燥感に駆られる俺との間に突然割り込んできた。
足音も立てず近づき、袋小路の奥まった場所を窺っていた少女は、信じられないものを見たような顔をして棒立ちになっている。
「ま、まどか……」
「どうして……? なんで、センパイとシホちゃんが、キス、してるの……?」
細い足がガクガクと震え、今にも倒れそうな様相だった。
言い訳が奔流のように浮かび上がるが、何を説明しても聞き入れてはもらえそうにないことは一目でわかった。
騒がれると面倒だ。
それを感じているのは『俺』も同じで。
「移れ」
たった一言、俺にそう命じた。
世界がぐにゃりと歪みだす。
内臓だけに強烈なGがかかったように、全身が重くなる。
シホの内側に潜む俺の自我が、地獄に引きずり込まれる。そんなイメージだった。
虚脱感と嫌悪感と不安が混ざり合って膨張する。
シホの肉体から、自分の意識がこそぎ落とされていくのがわかった。
(やった……!)
憑依状態が終わるこの瞬間はとても不愉快だが、背に腹は代えられない想いの方が強かった。
身体を乗り換えたのがそもそもの間違いだった。
マドカになれば、この悩みからも解放されるはずだ。
(お前は……俺のものだ……)
ボトリ、と肉体から意識が剥がれ落ちるような感覚と共に、歪みまくっていた景色が完全にブラックアウトする。
次に意識を取り戻すと。
俺の目の前には。
彼氏になったばかりの男と、彼氏がいるはずの親友が絡み合う、絶望的な光景が広がっていた。
「う……」
ふらつく頭を支えながら、自分の手のひらを見つめる。
剣道で鍛えたものとは違う、綺麗な手。男とは異なる、充分に隆起した胸。
スカートから伸びる脚。長い髪。
俺は、マドカの身体に戻っていた。
「移ったか?」
『俺』が手を放すと、シホの身体は膝から崩れ落ち床に倒れた。
廊下に転がった女を無視して、『俺』が近づいてくる。
先程まで嫌悪感でいっぱいだった顔が、今は全く不快にならない。
「……あぁ」
答えるのと同時に、『俺』が俺の肩を抱き顔を覗き込んできた。
さっぱりとした笑顔が目の前いっぱいに広がり、心臓の鼓動が早くなる。
「じゃ、ヤルか」
とことん、デリカシーのない男だった。
中身が違うとはいえ、実の姉が自殺未遂をして、彼氏と親友とのキスシーンを見て、その親友が突然昏倒した状況の少女に向けられる一言ではない。
けど中身が違うからか、俺はコク…と小さく頷き返すことができた。
ようやく、女としてのセックスを体験できる。
期待で胸をいっぱいにして、俺たちはシホを置き去りにその場から離れていった。
ネットアイドルフラグは回収できませんorz

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