ヤ サ シ イ セ カ イ 1
表と裏で一ヵ月ごとの交代制を目指してこちらでも長編を置いていこうと思います
ファンタジーなダーク系のお話です
プロローグのためTSシーンはありません
ヤ サ シ イ セ カ イ ~プロローグ1
*:マホウ文明
かつて、この地上には【マホウ】と呼ばれる技術を持った文明が存在した。
その時代に生きる人々は、薪をくべることなく火を起こし。
祈りや生贄を用いることなく雨を降らせ。
指先一つで嵐を呼び、触れるだけで大地を揺るがしたという。
しかし千年続くかに思われたマホウ文明は突如として歴史から姿を消した。
その理由は現代においてもなお不明であり、未曾有の災害を唱える説や、人類同士の紛争による自滅。外敵の襲来などなど、あらゆる可能性が平民・学者を問わず論じられている。が、どれも風説の域を出なかった。
本当にそんな文明が存在したのかという声もある。
しかし当時作られたと思わしきわずかな品が、マホウ文明の存在を証明していた。
黄金に輝く鎧。一振りで暴風を巻き起こす剣。
空を飛ぶことのできる腕輪。死者を蘇らせる書物。
そういった異能の力を秘めたマホウ文明の遺失物が────魔道具が、この世には存在する。
*:ヴィーグル
「実際、いくらで売れると思う?」
男は何気ない口調で、独り言のように問うた。
いつ頃からか、仕事の前になると魔道具の噂が常に脳裏をかすめる。
本来ならば息を潜め、森の中のかすかな音さえ聞き漏らさぬよう神経を集中させなければいけない場面であることは充分理解しているつもりだったが、それでも気が付けば同じ事を繰り返し訊ねていた。
不可能を可能にする、旧文明の遺物。
時の王ジュバールはそれらの収集に大変熱心であり、発見した者には望みのままの褒美が与えられるといわれている。
もし国王ご執心のアイテムを手に入れたら、いったいどれほどの値が付くのか。職業柄、それを考えるのがクセになっていた。
「アタシはそんなの、マユツバだと思ってますがね」
男の話を傍らで聞いていた女が、言葉通り興味なさそうに相槌を打った。
木の幹に寄りかかりながら、暇そうに手の中でナイフを回している彼女の耳は横に長く尖っていて、人間のそれと大きく異なる。
顔立ちは貴族の令嬢めいていて、冷たい印象ながら妖艶でとても美しかった。反して言葉遣いは乱暴で、立ち振る舞いも他の男連中と大差ない。
この仕事に上品さなど皆無に等しいが、それでも時折『もったいない』と思う。
娼館で働いていれば毎日でも抱いてやるのに、と。
「アニキ、来ました」
木々の合間から斥候に出していた部下が戻り、合図を出す。
男は魔道具への関心も女への性欲もすっかり頭から消し、嗜虐的に唇を吊り上げた。
「仕事だ」
その台詞に反応し、傍らの女と十数名の部下が同じような笑みを作る。
待ちに待った、狩りの時間だ。
「さあ! 男は殺せ、女は犯せ! 積荷は全て俺達のものだぁっ!」
男の合図と共に、部下達がいっせいに声を挙げ急斜を駆け下りる。
突如現れた盗賊団に、荷車を引いた隊商はなす術もなく壊滅していった。
*:アトラ
アトラ近衛騎士団は近衛隊長一名を除き、ほとんどが若く美しい女性騎士のみで編成されている。
彼女たちは勇猛なる第一王女・姫騎士アトラの直属であり、その実力は熟練の戦士に勝るとも劣らない。
そんな騎士団が一堂に会し、守護すべき姫騎士アトラの檄を緊張した面持ちで聞いていた。
「ヴィーグル盗賊団……彼等の悪逆非道なる振る舞いは、諸君も十二分に承知していると思う。盗賊たちはあろうことか、飢える民達へ与えるはずの食料を、思い出の詰まった装飾品を、そして家族や恋人に宛てた手紙を! 人々の大切な積荷を奪い私腹を肥やしている! いや、あえてこう言おう。ヤツラは女の敵だ!」
盗賊団から唯一生き延び、彼らの情報を伝えてくれた女性はつい先日死んだ。自殺だった。
口に出すのもおぞましい辱めを受け、あまつさえ胎内には悪魔の子が宿っていたらしい。その報せは同じ女として、盗賊団への憎悪を強くする大きなキッカケになった。
「我が父ジュバールと民のためにも! 我々の手で悪を討つのだ! 王国にマホウの加護をッ!」
「マホウの加護を!」
凛とした姫騎士の声に、騎士団員らも威勢よく声を挙げる。
沈黙を保っているのは不安でいっぱいの新兵と、アトラの傍らに控える近衛隊長だけだった。
「自分は反対です」
集会を終え、執務室に戻るなり近衛隊長はようやく重い口を開いた。
討伐の詳しい作戦を決めようと意気込んでいた矢先の忠告に、アトラの端正な眉が寄せられる。
「どうして? 近衛隊長ともあろうあなたが、悪を見過ごせと言うの?」
「そうではありません。しかし、お父上の判断も仰がずに……」
「たかが十数人の盗賊団が相手なら、私や騎士団の相手じゃないわ。新兵がいるけど、そこはあなたがフォローしてあげて」
姫の実力は国の中でも抜きん出ている。
日によっては、王国最強の名をほしいままにする近衛隊長すら劣勢を強いられるほどだ。
対する盗賊団は多く見積もっても二十人程度だろう。それ以上の規模ともなれば、山間に配置している警備隊が見落とすはずもない。
「負ける要素はないわ。絶対に勝てる」
「…………了解いたしました」
何を言っても決して曲げないだろう姫の強い眼差しに、とうとう近衛騎士は折れる。
勝てる戦い。
新兵の実戦訓練にはうってつけともいえるが、果たしてそんな戦いが本当に存在するのだろうか。
*:リタ
リタは憂鬱だった。
近衛騎士団に入隊したはいいが、まさか一ヶ月にも満たない内に実戦へ出されるとは想像もしていなかったのだ。
もちろん、入隊試験をパスした実力は本物であり、新兵とはいえ並の男相手なら引けを取らない。ただしそれは、リタがまともに相手と対峙できればの話だ。
リタには少々男性恐怖症のきらいがあり、近衛隊長にも最近になってようやく慣れ始めた頃だった。
そんな自分が、下劣な男たちばかりの盗賊団討伐に加わるという。
考えただけで卒倒しそうになる気持ちを、リタは両手を握り締めグッと堪えた。
「大丈夫だよ、きっと」
*:ヴィーグル
その頃。
血の臭いと女の悲鳴に包まれた阿鼻叫喚の中で、男たちは下卑た笑いを上げていた。
「アニキ見てください、この女神像、銀でできてまさぁ!」
「この真鍮のロザリオも高く売れそうだなぁ。神に感謝しなきゃな!」
襲った隊商は、おそらく教会への物資を運んでいたのだろう。
手紙しかなかった前回とは大違いの収穫だ。しばらくは遊んで暮らせるに違いない。
「うん?」
上機嫌だった男が、積荷の一品に目を留める。
視線の先にあるのは、豪奢な装飾品の中では違和感を覚えるほど質素な指輪だった。
宝石などが付属しているわけでもない、ただの小さな銀の指輪が、男の目を捕らえて離さない。
「コイツは、俺が貰うぞ」
気が付けばそんな事を言っていた。
言い終わらないうちから指輪を手に取り、迷うことなく自身の中指に嵌める。まるであつらえたように、太い指にピッタリと収まった。
「そんなものがアニキの取り分で良いんですか?」
「お前にはわかんねぇか。この美しさがよぉ」
装飾品に詳しいはずもないアニキの言葉に、女は首をかしげる。その視線を無視して男が声を張り上げた。
「お楽しみの時間は終わりだ! 引き上げるぞ!」
「了解ッス!」
統率の取れた集団はその瞬間それぞれ凶器を手に取り、今しがたまで淫行を重ねていた女を次々に切り刻んでいった。
これで外部に盗賊団の情報が漏れる心配はない。念には念を入れ、死体や荷車の残骸は川に捨てるよう部下に命じてある。
慎重で大胆。
下衆でありながら狡猾。
それが盗賊団団長・ヴィーグルだった。
*:ヴィーグル
隊商襲撃から三日経ち、そろそろ奪った物品を売りさばきに行こうかという話になった。
国境を防衛する山間警備隊の目を盗んで山越えをするのはなかなか骨の折れる行程だが、国内よりは隣国で売った方が危険度は少ないだろうというのがヴィーグルの判断だ。
「いつも通り、俺を含めた五人で品物を運ぶぞ。残りは隠れ家で待機だ」
移動する人数が多ければそれだけ警備隊の目に付きやすくなる。しかし荷車を使わず盗品を運ぶには、最低でもそれだけの人員が必要だった。
多くの荷物を運べる怪力自慢二人と、品物の価値を正確に見極める目利きが一人。
そして料金を吊り上げたりゴミ同然の物を高値で買い取らせたりする交渉役には、盗賊団の紅一点が選ばれた。
「任せてください。なんなら、アニキの指輪も大金に変えましょうか」
「バカ言え。俺はコイツを手放さねぇよ」
ヴィーグルの中指にはあの時奪った指輪が今も嵌められている。銀製の質素な指輪のどこに大金以上の魅力があるのかはなはだ疑問だが、女はそれ以上言及することはなかった。
そんなやり取りを経て、五人の盗賊団が道なき道を進む。
シュバルツェン王国は山々に囲まれ、交通の便はお世辞にも良いとは言えない。ろくに整備されていない山道を歩くだけでも大変なのに、そのうえヴィーグルたちは警備隊の監視区域を避けるため獣道を選ぶしかなかった。
大量の荷物と悪路が続き、体力の消耗は著しい。
ここらで休憩しようかという、まさにその矢先だった。
「…………アニキ」
重い口振りで、女が足を止める。
長い耳をピクピクとせわしなく動かす様子は、まるで天敵の接近を警戒する動物のようだ。
「囲まれた」
「弓兵、撃てーッ!」
女の言葉と、凛とした声が攻撃の合図を叫んだのはほぼ同時だった。
瞬間、四方八方から弓矢が飛んでくる。鋭い矢尻が地面や幹に突き刺さり、数本の矢が先頭を歩いていた目利きの男を貫いた。
部下の悲鳴が上がる中、斜面の上から先ほどの声の主が姿を見せる。
「盗賊ども! 我が名はシュバルツェン王国が第一王女、姫騎士アトラ!」
鞘から抜いた剣先を五人に突きつけ、甲冑を着込んだ女が勇ましく名乗りを上げていた。
姫騎士アトラの噂はヴィーグルも聞き及んでいる。逆光を背にしているため容姿はわかりづらいものの、凛々しく美しい声音だけでその美貌は充分に窺い知れた。
「貴様等は我が近衛騎士団によって完全に包囲されている。抵抗は無意味と知れ!」
姫騎士の号令に合わせ、山林のあちこちからプレートアーマーを身につけた少女達が顔を出す。
アトラ近衛騎士団。彼女らの実力は王国正規軍の大隊にも匹敵するといわれ、山間警備隊以上に厄介な連中だ。
こちらは五人のみで、しかも一人は負傷している。戦ったところで負け戦なのは目に見えていた。
「大人しくしていれば命までは取らない。大人しく……きゃあ!?」
姫騎士の口上が急に可愛らしい悲鳴で途切れ、続いて金属のぶつかり合う音が響く。
アトラに向かって投擲されたナイフが、彼女の隣に控えていた男の剣閃によって弾かれた音だった。
「チッ……惜っしい!」
ナイフを投げたのは、ヴィーグルのすぐ隣にいた女だ。
敵将を失えば部隊は混乱する。その隙を付いて逃走するのが常套手段ではあるが、まさかこの場面でそんな事をしでかす女の大胆さに、さすがのヴィーグルも呆気に取られた。
それはアトラ側の軍勢も同じだったのか、すぐさま次の行動を取った女に反応できる人間はいなかった。
「ほらっ!」
「え? きゃ!?」
女が持っていた荷物を近くの少女騎士に投げ渡し、気を逸らす。
その一瞬で間合いを詰め、荷物ごと少女を蹴り飛ばした。
衝撃に加え重い荷物と鎧の自重に耐え切れず、少女が転倒する。それにより包囲網にわずかな隙間が生まれ、女は森の奥へと駆け抜けていった。
「り、リエーレ隊は追撃! 残りは彼らを捕縛してッ!」
目まぐるしい戦況にようやく頭が追いついたのか、アトラが気を取り直して指揮を振るう。
女の逃げた方角に数名の少女騎士が向かい、残りの隊はじりじりとヴィーグルたちに距離を詰めてきた。
女のやったような不意打ちは二度と使えまい。降伏するかこの場で殺されるか、選択は二つに一つだ。
「アニキ! 逃げてくださいッ!」
「女風情にオレ達を取り押さえられるものかよッ!」
団長の判断を待たず、今度は怪力自慢の二人が怒号を上げ少女達に突撃していく。
筋肉が振り下ろされた剣を受け止め、豪腕から繰り出される衝撃は鎧越しにも大ダメージを与えた。
必然、騎士団の視線はそちらに集まる。
ヴィーグルは彼女らの目を逃れ、正反対の方角へと逃走を始めた。
「い、行かせ、ません!」
短髪の少女が前に躍り出てくる。
両手に剣を構えてはいるものの、脚は震え瞳には明らかな怯えの色が浮かんでいた。
「……新兵か?」
「え? は、はい。初めての実戦で……きゃ!?」
バカ正直に答える少女騎士との距離を詰め、剣を構えたままの手を掴み少女のノド元へと矛先を向ける。
拍子抜けするほどの弱さだったが、ヴィーグルにとっては好都合だ。
「動くなよ? おっとお前達もだ!」
少女の仲間に釘を刺し、斜面の上にいる姫騎士へ嬉々として宣告する。
「お姫様、取引だ! コイツの命が惜しければ俺達を……」
「もうお前だけだ」
少女らの黄色い声とは全く異なる、重厚な男の声が響く。ナイフを弾いた男だ。
いつの間に斜面から下りたのだろう。血のりで汚れた剣を一度大きく振るいながら、黒の鎧に身を包んだ男はヴィーグルを真正面に捉えていた。
「もう仲間はいないぞ。お前が最後だ」
男の背後では、怪力自慢の二人が血に沈んでいた。負傷した少女騎士に見下ろされたまま、ピクリとも動かない。
目利きの男は矢の当たり所が悪かったのか、すでに呻き声すら上げなくなっていた。
「れ……レギオニウス様」
「レギオニウス!?」
人質に取っている少女の口から、驚愕の名前が漏れる。
レギオニウス。王国最強の男。王国で暮らす者なら誰でも知っている、マホウよりもよほど確かな生ける伝説。
怪力の二人が死に際の悲鳴さえ許されなかったのも納得のいく相手だ。
人質など無意味に等しい。そんな男が一歩一歩と自分に近づいてくる恐怖に、ヴィーグルは耐え切れなかった。
「こ……降伏、する」
少女騎士から身を離し、直後、他の少女らに取り押さえられる。
王国最強の男は姫騎士が頷くのを確認し、静かに剣を収めた。
「お優しい姫様に感謝するんだな」
「くっ……」
優しいと言うのなら、最初から見逃してはくれないものか。
もちろんそんな軽口を滑らせるはずもなく、ヴィーグルは唇を噛んでただ沈黙した。

[PR]
