ヤ サ シ イ セ カ イ 4
ファンタジーなダーク系のお話です
二人目の主人公の物語です
+
注意
エルフがいじめられていますのでエルフ好きの人は胸糞注意です
ヤ サ シ イ セ カ イ ~ミミックジェム 1
*:アービィ
次の日、日課である聖堂への奉仕活動をするアービィはぼんやりと手を動かしていた。
頭の中を占めるのは、もちろん昨夜の女だった。初めて見た女体は今も目に焼きついている。
(女の人って、あんな感じなんだ……)
手を休め、同じく奉仕活動をするシスター・ジズを盗み見る。
今日も清らかさを象徴するような純白の修道服に身を包み、ヴェールの隙間からは儚さを感じさせる薄茶の髪が流れている。
あの服の下にはどんな美しい肢体が隠されているのだろう。
シスターの首から下が昨夜の裸体と重なり、股間に熱が集中し鼻息が荒くなる。
まるでわが子をあやすような手つきで女神像を優しく磨く聖女に、アービィは言い逃れようのない劣情を抱いていた。
「ずいぶん熱心に見ているのね、アービィ?」
「ひゃあ!?」
呆けていると、背後から声をかけられる。トリーシェだ。
貴族の少女はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべ、アービィの下あごをゆっくりと撫でる。
「ジズが気になるの? まるで発情期のケダモノみたいな顔をしてたけど」
「!? し、してません!」
耳を赤くして叫ぶ。思った以上に声が反響し、ジズが振り向いた。
「どうかしましたか、アービィ。トリーシェ?」
「なんでもないわジズ。ちょっと、この子を借りても良くて?」
「え、えぇ……それは良いけど」
「ですって。行きましょうアービィ」
満面の笑みを浮かべるトリーシェに腕を引かれ外に出る。
いったい何をされるのか。
興奮はとっくに冷めきり、憂鬱な気持ちがアービィを支配した。
「ねぇ、あなたわたしのこと嫌いでしょ?」
誰もいない教会の裏手で、トリーシェはいきなりそんな事を言った。
唐突な質問に戸惑い、とっさに言葉を返す事が出来ないでいるアービィに、貴族の少女は立て続けに言葉を発する。
「当然よね。あなたを悪魔から救うためとはいえ、いつも酷いことしてるもの」
寂しそうな笑顔を浮かべ、二つに束ねたブロンド髪が風になびく。
香水だろうか。若葉のような香りがアービィの鼻先をくすぐった。
「でもね、わたしはあなたが……エルフのことが、嫌いじゃないのよ?」
「え」
「信じられない? でも、ほら」
トリーシェの手が、耳を摘む。
鋭角に尖った先端を指でこねくり回し、穴の形を確かめるようにつま先が優しく引っ掻いた。
「あふっ、んんぅっ!」
敏感な部分が初めて他人の手に触れられ、少年ははしたない嬌声を漏らす。
エルフの象徴として、人々の間では触れることすら忌まわしいとされるその耳を、トリーシェは何の躊躇もなく弄り回した。
「ふふっ、こんな長くて尖った気色の悪い耳……好きじゃなきゃ触れるはずないでしょ?」
「や、やめ、そこ……んんぁっ!」
悶えるアービィに構わず、トリーシェは顔を寄せ息を吹きかけてくる。
エルフにとって耳は非常にデリケートな箇所だ。性感帯の一つと言っても良い。
生暖かい吐息に背筋が震え、脚の力が抜けていく。
「ふふっ、可愛い…………でもねアービィ。わたしと違って、ジズはエルフが嫌いなの」
快楽を促すような声量で、絶望の言葉が囁かれた。
とろけそうだった意識が急速に冷め、脳内でトリーシェの言葉を反すうする。
嫌い? シスターが、エルフを?
「信じられない? でも考えてみて。どうしてエルフに厳しい教会が、あなたたちを保護してると思うの?」
「それは……シスターが……」
「違うのよアービィ。わたしの家……マーグレイ家が、多額の寄付をしているからよ」
マーグレイは、貴族の中でも特に上流階級に位置する大家だ。
山々に囲まれたシュバルツェン王国の物流を一手に担う商会を設立し、王城や教会に勝るとも劣らない影響力を持つともいわれている。
しかしエルフ弾圧を支持する人間は多く、さすがのマーグレイ家も表立って擁護することは出来ないらしい。
「ジズとはお友達だけど、エルフが嫌いって知ったときはショックだったわ。……でも、教会のシスターだもの。考えてみれば当たり前よね」
「嘘……だって……」
優しい微笑み。優しい言葉。それがすべて、偽りだった?
信じられるはずがない。
「よく考えて。ジズは、こんなことしてくれると思う?」
トリーシェの唇がアービィの耳を優しく挟み込む。
絶望の縁に立たされたような心境でありながら、その行為は再び股間に熱をもたらした。
「はぁ……はぁ……っ!」
「ジズのことは諦めなさい。わたしは、あなたが傷つく姿を見たくないの」
囁き声が離れ、目と鼻の先にトリーシェを捉える。
悪辣を企てるようないつもの笑みと違い、たおやかな、それこそ聖女めいた微笑みにアービィの心は揺らいだ。
エルフの女性。貴族の少女。シスター・ジズ。
何が正しいのか。誰を信じ、誰に心を許すべきか。
純粋な少年の気持ちはわずか一日でかき乱され、何も判別できなくなっていった。
*:ディーザ
ベッドから抜け出したディーザは、自分の姿を見下ろし「こんなものか」と呟いた。
引き裂いたシーツで乳房と局部を覆い隠しただけの、いかにも原始的な格好である。
元々着ていた服はボロクズ同然となり、また部屋の主である少年の衣類が入るはずもなく結局こんな姿に落ち着いた。
露出過多ではあるが、水着と思えば気にならない。時機を見て適当な服を少年に調達させようとも思っていたが、女の誘惑に乗ってこない根性無しをこれ以上アテにするつもりはなかった。
「ったく……タダ見しやがって」
ふつふつと怒りが再燃し、憮然として呟く
少年は結局、手を出してこなかった。あれほど性に興味のある視線を向けていながら、土壇場になって怖気づいたのだ。
去勢されていると言われた方がまだ納得がいく仕打ちである。彼女にしてみれば面目を潰されたも同然だった。
「ふん、まぁいいさ」
肉体に溺れさせる事が出来なかった以上、いつ裏切られるか知れたものではない。ディーザはそう判断し、早々に立ち去るつもりでいた。
身なりを整え、他に役に立ちそうなものはないかと視線をめぐらせる。
そのときだ。
「あれ、お姉さん……?」
部屋の戸が静かに開き、少年が戻ってくる。予め聞いていた時間より早い帰宅に、ディーザは小さく舌打ちした。
「も、もう、良くなったんですか?」
「……まぁね」
言いながら、窓の外を注意深く観察する。武装した騎士団に取り囲まれているということはなさそうだ。
一応約束は守ってくれたらしい。
警戒心を少しだけ和らげたディーザはもう一度少年に振り返り、ひどくくたびれた様子に初めて気が付いた。
「なんかあったの?」
思わず訊ねてしまう。
少年は目を大きく見開き、あからさまに狼狽し出した。
「なん……で、わかるん、ですか?」
「…………同じエルフだから、かな」
もちろんエルフ同士にそんな特殊能力などない。観察眼に優れた盗賊ならではの指摘だ。
しかしディーザはあえてそう言うことで、同族の繋がりを強調した。
「そっか……僕達は、同じ、ですもんね」
心の弱った人間は、仲間意識を刺激してやることで簡単にオチる。
少年の声が震え、目じりに浮かんだ涙が少しずつ膨らむ。
それが流れ落ちるかという間際に、彼の口から意外な言葉が飛び出した。
「お姉さん。一緒に連れて行ってください」
「は?」
「もう僕は……これ以上、ここにいられません! お願いします!」
悲痛な叫び声を上げ、両手を床につける。
縋るような瞳は、荒波に呑まれ陸地を求める者のそれだった。
(……ホントに、何があったんだか)
ディーザは頭を掻きながら、視線の高さを少年と合わせ、静かに告げる。
「アタシ、実は盗賊なんだ」
「とう、ぞく?」
「教会の教えに逆らって、人の持ち物を奪い取ったりするわるーい奴のことさ」
『悪い』をわかりやすく強調し、少年の反応を確かめる。まだ驚きの方が大きい。
「あんたにも、同じ事をやってもらう。それでも一緒に行きたい?」
穏やかに尋ねるディーザだが、断るのなら殺すつもりでいた。
正体を知られた以上、野放しには出来ない。自ら明かしておいて勝手な言い分ではあるが、盗賊に道理が通じると思う方が間違っている。
「…………い、行きます」
しばらく逡巡し、蚊の鳴くような声で快い返事が来る。
ディーザは殺意をおさめると、唇を吊り上げた。
「よし。じゃあ、早速仕事だ」
「仕事?」
「今夜、教会に忍び込む」
*
孤児院の人間が寝静まった頃を見計らい、少年と連れ立って外に出る。
少し歩くと、月を刺す十字架が見えた。教会の屋根だ。
ろうそくの小さな火が聖堂を照らし、闇を照らしている。
「まず、お前が教会に入れ。誰もいないなら、すぐに戻って来い」
「は、はい……っ」
初の盗賊行為に緊張しているのだろう。少年は声を上擦らせて頷き、ディーザの二倍はありそうな木扉を押し開いた。
教会には鍵を掛けるという概念がない。憐れな信徒をいつでも迎え入れるよう、駐在が終夜祈りを捧げているという狂気じみた話だ。
そんな体制だから当然金目のものは期待できないが、盗賊初心者には良いチュートリアルであった。
「誰もいません」
少年が戻り、首尾を伝える。
駐在は何も本当に夜を徹して聖堂にいるわけではない。仮眠をとる場合もあるし、手洗い所に行く場合もある。
ディーザたちは運良く、そのチャンスに巡り合った。
「良し、行くぞ」
教会の構造は知っている。
物音を立てないように、しかし足早に動きながら、ディーザは少年から教わった頭の中の見取り図を実物と比較していった。
ほぼ正確で、今のところ文句のつけようもない。
「物置は……あっちか」
見通しの悪い聖堂の片隅に、別室への扉が見える。
お飾り程度にかけてあるカンヌキを外し、外からの光が一切差さない暗闇へと飛び込んだ。
途端、ホコリっぽい臭いが鼻につく。
「教会の癖に、ここは掃除していないのか?」
「は、はい。神父様から、けほっ、絶対に入ってはいけないと」
「ふん」
そういった場所には大抵、家主や組織にとって後ろ黒い部分が隠されているものだ。
これは、思わぬお宝が手に入るかもしれない。ディーザは聖堂から持ち出した燭台をかざし、部屋の奥まで照らした。
四角い大小の木箱が所狭しと積まれているが、間取り自体は少年の部屋より広い。
仮に貧困層の人間が忍び込んでねぐらにしたとしても全く気付かれないだろう。
しかし窓はおろか通気孔すら見当たらず、空気はよどんでいた。
息が詰まりそうな環境に顔をしかめながら、ディーザは仕事に取り掛かる。最初の木箱には、何かの書類の束が収まっていた。
それら一枚一枚に素早く目を通し、不審な点がないか調べる。情報もまた、貴重なお宝だ。
ふと視線に気が付き振り向くと、何をしたら良いかわから無いといった様子で少年がおろおろしている。
「ぼさっとするな。あんたもやるんだよ」
「は、はい」
いそいそと少年も木箱を開ける。
「えと、これは……」
また紙の束だった。おそらく入り口付近にある木箱は似たような物ばかりだろう。
自分の真似をして一枚一枚を読み始めた少年に、ディーザは短いため息をついた。
「書類はいい、金目の物を探せ」
「は、はいっ!」
「静かにしろバカ」
連れて来たのは失敗だったかもしれない。
明かりも持たず奥へ向かう少年に再び嘆息し、視線を書類に戻す。
どのくらいそうしていたのか。
誠実さの塊である書類の束は、木箱と一緒に部屋の隅に積まれていた。
期待は見事に裏切られ、ディーザが手に入れたのはちょっとした装飾が施された手鏡一つだ。
「あの、お姉さん……これ」
「あぁん?」
空振り同然の収穫に憮然としていると、少年が声をかけてきた。しかし不機嫌そうな眼差しがそれを見た瞬間パッと見開かれる。
少年の手には、宝石が付いた首飾りが握られていた。
奇妙な石だった。
ろうそくの炎を照り返してオレンジ色に輝いていたはずが、次の瞬間には翡翠のような鮮やかな緑に変貌し、かと思えば薄暗い桔梗色に怪しく発光する。
色の変わる宝石など聞いた事がない。盗賊団にいた目利きの男ならばその存在を知っていたかもしれないが、ディーザにそこまでの見識はなかった。
何にせよ、高価であることは確かだろう。
「良くやった少年。首にかけておけ」
「え?」
「逃げるとき落としたら元も子もないだろ?」
「あ、そ、そうですね」
素直に頷き、銀色のチェーンを首にかける。その間も、きらきらと絶え間なく宝石は輝いていた。
「だ、誰ですか、そこにいるのは!?」
物置の入り口に、新たなろうそくの灯が差し込む。
ディーザは背後を確かめることなく即座に少年を押しのけ、高く積まれた木箱の陰に隠れた。
とっさの事態に少年は動けず、一瞬遅れて姿を現した声の主と正面から鉢合わせてしまう。
盗賊が持ち出した燭台とは別のろうそくを握り、不安そうな面持ちで現れたのは、純白の修道服に身を包むジズだった。
武器の類は持っていない。代わりに神の威光があるとばかりに、首に提げる十字架が胸の上で揺れている。
彼女の姿を物陰から確かめ、ディーザの頭は高速で回り始めた。
(今日の駐在はこの女か)
口封じをするか、それともこのままやり過ごすか。自分の行動によってもたらされる損得を素早く計算し、方針を決めていく。
その思惑を中断せざるを得ない事態が起こった。
「え……?」
呆然と呟いたシスターの手から、燭台が滑り落ちる。
彼女の視線を追うと、ディーザも同じように驚愕した。
それはまるで、盗賊団のリーダーが語ったマホウのような光景だった。
不可能を可能にする、奇跡の力。目の前の光景は、それ以外の考えを失わせる。
「か、か、神よ……ッ!」
ジズは震え声で十字架を握り締め、後ろによろめいた。
そんな修道女を、戸惑いの視線で見つめているのは、彼女とまったく同じ顔をした女だ。
女の着る薄汚れたシャツの上下は、サイズが合っていないのか女体をくっきりとかたち取り、服の下からでも豊満な肉体をアピールしている。
首から提げているのは、十字架ではなく宝石だった。
目まぐるしく色の変わる妖しい輝きが、動揺する三人の女たちを暗闇から静かに浮上させる。
「あ、悪魔め! 立ち去りなさい!」
気丈にも悪魔祓い師の真似事を宣告し、シスターが十字架を突き出す。
だが彼女の目の前にいるのは悪魔でなく、しかし人間でもなかった。
自分と瓜二つの女を見て混乱しているのか、真実に辿り着くことはない。
今の状況を冷静に分析できたのは、女盗賊だけだった。
「あぁ、神よ! 悪しき存在からあなたのシモベをお守りください……!」
「神なんざ、いねぇよ!」
木箱を大きく振りかぶり、必死で祈りを捧げる修道女の脳天に打ち下ろす。
短い悲鳴を上げ、ジズはそのまま昏倒した。
*
見つかった。
見つかった。見つかった。見つかった。見つかった。見つかった。見つかった。
ジズに見つかった。見られてしまった。
アービィは混乱の極致にあり、自らの肉体の変化に気付かなかった。
彼……今やシスター・ジズと瓜二つの姿になった元少年が首から提げる宝石の名は、【ミミック・ジェム】。マホウ文明の遺物であり、姿を別人へと変身させる奇跡をもたらす魔道具である。
ただし装着者が一番心を寄せる者にしか変身できないという制約もあった。
ようするにアービィは、トリーシェの甘言に惑わされディーザと共に行動する事を選んだものの、究極的にはシスター・ジズを最も慕っていたことになる。
しかしそんな魔道具の正体も特性も知らないアービィは、シスターが叫んだ言葉にひたすら絶望した。
「あ、悪魔め! 立ち去りなさい!」
(あく、ま?)
心優しいジズの口から。
人間とエルフに貴賎はないと常々説いてきたシスターが。
敬愛し、地獄のような世界を照らす希望であるはずの聖女が、自分を恐れ侮蔑していた。
「あぁ、神よ! 悪しき存在からあなたのシモベをお守りください……!」
(そんな……!)
もはや自分はジズにとって、邪悪な存在と成り果てたのか。
目の前が真っ暗になり、危うかったアービィの精神がついに瓦解しはじめる。
そのときだ。
「神なんざいねぇよ!」
身を隠していたディーザが躍り出て、シスターに木箱を叩き付けた。
ガンッと鈍い音が物置に響き、そのままジズは頭から血を流し床に倒れる。
「けっ、ざまぁ」
「お、お姉さん……ん、けほ、けほっ」
ディーザを呼ぼうとして、初めて自分の声の違和感に気づく。
声だけでなく服も窮屈だった。
何があったのかと自分の姿を見下ろして、目をみはる。男にはない、ふくよかな胸のラインがシャツに浮かび上がっていた。
「え、こ、これ……?」
「ほら、見ろよ」
ディーザが手鏡を突きつけ、顔を映す。
そこには、ヴェールから解放された長い栗色の髪を湛える、シスター・ジズの顔があった。
「え、ええ……えええええ!?」
右手で頬に触れると、鏡のジズも同じ動きをする。
やや色素の薄い栗毛が視界の端でチラつき、心なしか昼間に嗅いだ若葉の香りがした。
「ぼ、ぼ、僕……が、シスター・ジズに?」
「なぁ、少年」
ジズと同じ姿を得たアービィの耳に……エルフとは異なる人間の耳を撫でながら、女盗賊が囁く。
「アタシと、世の中を変えてみないか?」
「変える……?」
「そうさ。エルフ達の、真の自由のために!」
愉悦に声を震わせながら、壮大な目標を拳と共に掲げる。
「…………」
アービィは倒れたまま動かないジズを一べつし、やがてコクリと頷いた。
希望を失った少年エルフに残されたものは、旧文明の力と、同族のもたらす偽りの共感だけだった。
次は三人目の主人公を始めます

[PR]
