ヤ サ シ イ セ カ イ 5
ファンタジーなダーク系のお話です
三人目の主人公の物語を開始します
プロローグのためTSシーンはありません
ヤ サ シ イ セ カ イ ~プロローグ3
***:シュバルツェンの王
シュバルツェン王国の国王ジュバールは、魔道具を集めている。
旧文明の遺物。マホウの力を封じ込めた、奇跡を引き起こす道具。
国王は「魔道具を献上した者には思いのままの褒美を取らせる」とおふれを出し、一つでも多く収集しようとした。
それは誓って私利私欲のためでなく、王国の平和を守るべく城の管轄に置いた方が良いと言うのが、彼の建前である。
そう、建前だ。
王の真意は違うところにある。
一つでも手中に収めれば世界を塗り替える事が出来るとまで言われる魔道具。そんな力が手元にあれば、領土を広げることもたやすいはずだ。
交易こそあれ隣国との不和は強くなる一方であり、先ごろは美しく成長した愛娘の一人がとうとう軍職に就いてしまった。
正義感が強く腕も立つため、戦争が起きたら前線に出る可能性は高い。そんなことを想像するたびに、王は胃の縮まるような思いを抱えていた。
もし姉が戦場で倒れたと聞けば、心優しい第二王女も正気ではいられまい。
勇猛なる姫騎士とは正反対の、淑やかで可愛らしい麗しの姫君が傷つく姿を見るのは耐え難い苦痛だった。
国家繁栄のため、そして何より二人の愛娘のために、ジュバールは魔道具を集めている。これが私利私欲でなくなんなのだろう。
二人の姫を外敵から守護することのみに力を注いだ王は、ある臣下の野心には全く気付いていなかった。
*:ドラウザ
王家の居城には、他にも使用人や臣下が暮らしている。
大臣のドラウザも、その一人だった。
丸々と肥えた貫禄のある体付きは猪か、さもなくば養豚場のブタかと陰で囁かれるほどである。当然ながら本人はそんな噂などつゆ知らず、高官の権力にあぐらをかきドラウザは暴飲暴食を繰り返していた。
彼の着る服などは特に窮屈そうで、王城お抱えの仕立て屋をたびたび部屋に招き入れては服を新調している。
だが二人に不審な繋がりがあるとは、使用人も他の臣下も、王ですら疑っていなかった。
「はぁ……はあああ……姫……姫ぇ……! ウッ」
前後に擦っていた手の動きが止まり、精液が勢い良く噴射される。
吐き出された欲望の塊を受け止めるのは、仕立て屋が持ち込んだパステルブルーのドレスだ。第二王女・ナクア姫の使い古しであり、修繕を頼まれたものだった。
「さすがはドラウザ大臣。見事な量でございます」
揉み手をしながら、カイゼル髭を蓄えた細身の男がドレスを汚した白濁液を見て褒め称える。
王家お抱えの仕立て屋でありながら、彼は卑屈な笑みがとても似合っていた。
下半身のみを剥き出しにした大臣は露骨なお世辞とわかっていながらも気を良くし、悪臭を放つ右手で懐から出した金を男に握らせる。
「また頼むぞ」
「えぇ、えぇ、今後ともご贔屓に」
仕立て屋は満面の笑みで何度も頷き、汚れたドレスをぞんざいに袋に詰めいそいそと部屋から出て行った。
「ふん……」
扉が閉じると、ドラウザは傲慢な鼻息を吐いた。
はした金で王家の私物を横流しする仕立て屋を侮蔑し、あざ笑うときの表情である。
(あんな男に王族の服を一任していると言うのだから、国王の目がいかに節穴か窺い知れるというものだ)
ドラウザは忠臣などではない。彼が崇拝するのは、第二王女・ナクアのみでありそれ以外の全ての者を見下していた。
第一王女・アトラは美しいが、父親の血を濃く受け継いでいるためか端的に言ってバカだ。この国最高峰の英才教育を受けておきながら、接待とも知らず剣の腕が認められたと粋がる小娘である。
それに比べて、ナクア姫のなんと慎ましやかなことか。
背中まである白金色の長い髪。
この国には存在しない『海』のような青藍の瞳。
薄紅の小さな唇が奏でる声は天使の歌声かと思うほど甘やかで神々しい。
幼さの残る顔立ちと体型は、化粧を塗りたくり脂肪の塊を誇張する女などよりもよっぽど艶やかだ。
「あぁ、姫。姫ぇぇ……はあ、はぁああっ!」
いまだズボンを穿かずにいた大臣の男根が見る見るうちにいきり立っていく。
数々の女を貫きそのたびに失神させてきたペニスだが、果たして幼い姫の身体は受け入れてくれるだろうか。ドラウザはそれだけが心配だった。
しかし実際問題として、姫と結ばれるための算段は立たない。
今は仕立て屋を懐柔し、不要となった衣類を手に入れるまでが限界だ。
ドラウザは下半身だけ裸のまま、彼の従者すら知らない、一見すると壁にしか見えないクローゼットの戸を開いた。
瞬間、ナクア姫の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
中の空間には、猪だのブタだのと揶揄されるドラウザの体型では決して着用できそうにない、女性用のドレスがいくつも吊るされていた。これらは全て、仕立て屋から買い取った姫の衣装である。
大臣はそのうちの一つを手に取り、わずかに残るナクア姫の残り香を思い切り吸い込んだ。
「すぅ……はぁああ……」
目を閉じ、姫の香りに包まれながら、陰茎を摩擦する。
(姫……姫……ナクア……!)
彼女が自分だけに微笑みかけている光景を夢想し、腕の動きを徐々に激しくしていく。ドラウザが最も好む自慰行為だが、最近では物足りなさも感じていた。
服だけでは足りない。
姫の幼いツボミを守護するブラジャーを舐めたい。
姫の柔らかな花弁を覆うショーツを嗅ぎたい。
かなうのなら、姫そのものが欲しい。
「ナクアぁ……あぁ、ああああ……ウゥッ!」
第二王女の全てを手に入れる妄想に浸りながら、ドラウザ大臣は先ほどの二倍はあろうかという精液を吐き出し達した。
*:ナクア
ゾクッ! と背中に寒気が走り、ナクアはとっさに後ろを見た。
眉をひそめて振り向いた姫に、メイド服の侍女が髪を梳く手を止めきょとんとする。
「いかがなさいました、姫様?」
「……い、いいえ。何でも」
気のせいだったのだろう。ナクアはそう自分自身を納得させ、再び化粧台と向かい合う。
侍女のクレアは腑に落ちないような表情を浮かべていたが、すぐにまた穏やかな手つきで櫛を動かし始めた。
頭髪を撫でられるたびに穏やかな気持ちが心の中に満たされていき、先ほどの悪寒も徐々に薄れていく。
だがどうしても一抹の不安が残り、嫌な予感の正体を確かめようとナクアは口を開いた。
「ねぇ、クレア。お姉様は大丈夫かしら?」
騎士である姉が、盗賊を捕らえるため騎士団と共に山に入ったという知らせは聞いている。
想像したくもないが、もしや姉の身に何かあったのだろうか。
「心配要りませんわ。アトラ様はお強いですし、それに……」
いったん言葉を休め、櫛を置く。
自分の仕事に満足がいったのか、それとも姫を安心させるためか、侍女は明るく微笑んだ。
「なんといっても、レギオニウス様がご一緒してらっしゃるのですから」
「そ、そうよね」
この国でもっとも強い騎士の名を聞いた瞬間、それまでの不安が完全に取り払われ憂鬱だった気持ちに強い光が差す。
彼がいれば何も怖いことはない。その期待を裏切らない男だと、ナクアも充分に承知していた。
「お姉様が羨ましいです。常にレギオニウス様とご一緒できるのですから」
ひ弱で臆病な自分と違い、気高く凛々しい姫騎士は正義を行うことをためらわない。その護衛役に王国最強の男が選ばれたのは当然といえるが、ナクアはいささか不満も感じていた。
物語から出てきたような立派な騎士が、姉姫だけを守護している。
もちろんそれで二人を嫌うはずもないが、ナクアは言葉に出来ない小さなわだかまりを感じていた。
「まぁ姫様。妬いてらっしゃるのですか?」
「ッ、そ、そんなこと!」
からかわれるように言われ、ついムキになって声を荒げてしまう。
侍女は笑顔のまま、姫の肩を抱きしめ身を寄せてきた。
「わたくしではご不満ですか、姫様?」
「く、クレア?」
「女王陛下を亡くして以来、国王様は魔道具に執心し、アトラ様は民を思い、レギオニウス様はアトラ様のものに…………しかしナクア様のことは、わたくしがずっと想っております。それでは、ご満足いただけませんか?」
「そ、そんなこと……」
侍女の声色が耳元で囁かれ、こそばゆそうに身をよじる。
互いの頬が触れ合うような距離で、淑女達はしばらく見詰め合った。
「姫様……」
「クレア……」
二人の吐息が混ざり合い、どちらからともなく近づいていく。
周囲の音が全て消え、胸の鼓動だけがうるさいほど響いていた。
これはただの、信愛の証。何もおかしなことじゃない。
自らにそう言い聞かせ、ナクアはそっと目を閉じた。
*:クレア
ナクア姫の部屋を後にし、クレアはいまだに熱を帯びた頬を手のひらで覆いながら廊下を歩いていた。
(わ、わたくしったら、姫様になんてことを……)
姫を想う気持ちに嘘偽りはない。だが、今日は暴走しすぎだ。
唇が触れ合う直前で正気に戻らなかったら、今頃何をしでかしていたか想像もつかない。
(もう……それもこれも、姫様がいけないんですっ)
主に非難の矛先を向けるのは心苦しいが、そうと思わなければとても平静を保てなかった。
近頃ナクアから出てくる話題は、第一王女や近衛隊長のことばかりだ。
幼い頃から世話係として同じ時間を共有しているのに、自分のことなど見向きもしてくれない。
しかし所詮クレアは使用人である。
過ぎた願いを夢見て嫌われるよりは、傍にいて仕えることのできる幸せを噛み締めるべきだと考え自らを戒めていた。
「はぁ、姫様……」
「クレアさん」
ぼんやりとしたため息を吐き出しながら回廊を曲がると、部屋の前に自分と同じメイド服を着た少女が佇んでいた。
襟元で後ろ髪を切りそろえた少女はスカートをぎゅっと握り締め、何かに耐えるように肩を震わせている。
(この子、たしかドラウザ大臣の……)
醜悪な中年男の姿を思い出し、気分が悪くなる。小さくて可憐なナクア姫とは正反対の男だ。
官吏なのを良いことに、女性の使用人を何人も手篭めにしているという噂を聞く。少女はそんな大臣の従者だった。
「どうしたの? ……もしかして、大臣に何かされましたか?」
「い、いえ、あの…………お、お伝えしたい事が」
首を振り、おそるおそる顔を上げる。
今にも泣き出しそうな瞳が、助けを求めていた。
「わ、私……もう、これ以上……耐えられなくて……!」
「……詳しく教えていただけますか?」
ただ事でないと察し、少女を自室に招き入れる。
伝えられた内容は、想像もしてなかったおぞましい所業だった。
*:ドラウザ
ドラウザは何が起こったかわからなかった。
起床後すぐに姫の服で射精し、爽快な気分で仕事に向かおうとしていたときだ。
「ドラウザ! 両手を挙げて床につけ!」
複数の衛兵が突然ドアを破り、槍を突きつけてきた。
続けて入って来た二人組の男達がドラウザの目の前で室内を荒らし回り、滅茶苦茶にしていく。
「ななな、なんだ貴様等! ワシを誰だと思っている!」
「黙れ! 抵抗するなら殺傷の許可も出ている!」
最初に突入してきた衛兵が槍の先端を背中に刺し、恫喝してくる。
いったい何事か。これではまるで罪人の家宅捜索ではないか。
(まさか……)
収賄や横領などの心当たりがない大臣が思い至るのは、ひとつだけだった。
自然と、壁と一体化した秘密のクローゼットに目を向ける。その迂闊な行為を目ざとく見つけた衛兵が、部屋を荒らしまわる二人組みに指示を与えた。
電光石火の勢いでクローゼットの戸が破壊され、ハンガーに吊るした姫の古着が衆目にさらされる。
「も、目標物、発見!」
一瞬だけ気後れした様子を見せたが、衛兵達はすぐに気を取り直し、ドラウザの拘束をより強くした。
「ドラウザよ! 貴様が犯した全ての罪は、我等が国王ジュバールの裁断によって決定する! 来い!」
「な、なぜ……なぜだぁ!?」
バレるはずがなかった。
あの隠し扉を知っているのは、自分だけだ。それなのに、なぜ!?
乱暴に押さえつけられ、胴体ごと荒縄できつく縛られる。まるで出荷される豚のようだったが、そのような茶々を入れる者は誰もいなかった。
「死刑だ」
縛られたまま謁見室に通されたドラウザは、玉座に座る国王ジュバールと向き合った瞬間、そう言い渡された。
「なっ、お、お待ちください陛下! これは何かの罠です!」
「口を開くなゴミ虫め。貴様のような輩を臣下にしていたなどと、我が不徳を恥じ入るばかりだ」
頬杖を付く国王の表情は憤怒に満ち、どんな弁明も受け付けないとばかりに苦々しく言葉を吐き出した。
「我が姫に不純なる想いを抱くだけでは飽きたらず、衣類を盗み出し、おぞましい欲望のはけ口にしていた罪は神をも恐れぬ行為と知れ。よって死罪に処す」
「誤解です陛下! あれらは仕立て屋から買い取った、いわば嗜好品でございます! このドラウザ、間違っても盗みなど働いておりません!」
それどころか、不要となった姫の私物に大金を支払うことで仕立て屋も潤う。実に経済的な取引ではないか。
何がいけないのか、ドラウザにはわからなかった。だが今はそんな正当性を訴えるよりも命乞いだ。
縛られたまま額を床に付け、懸命に訴える。
「お願いします。どうか、どうか寛大な処置を! 嗜好品は捨て、金輪際集めないと誓います! ですから……!」
「レギオニウスを呼べ! いますぐこのうるさい豚を黙らせろ! ついでに仕立て屋の男もだ!」
「へ、陛下ぁあああ!!」
もうだめだ。おしまいだ。
足元に真っ暗な穴があいたような心地だった。
死んでしまう。武人ならば王国最強の男に殺されるのを名誉と思う輩もいるだろうが、ドラウザは文官であり、レギオニウスに殺される自分を想像をしただけでかすかに失禁してしまった。
「お、お待ちください、お父様!」
そこに、天使の声が掛かる。
涙と鼻水で醜さを増した顔を上げると、謁見室の入り口にナクア姫とお付きの侍女が立っていた。
ジュバールも愛娘の出現に驚き、次第に相好を崩す。
「おぉ、ナクアか。安心しろ。この変態は今すぐお前の目の届かないところで処分するからな」
「お、お父様……ドラウザ様のこと、お許しになってはいただけませんか?」
姫の意外すぎる言葉に、広間にいた全員がざわつく。
ただ一人、傍らのメイドは渋面のまま何も言わず、這いつくばるドラウザに冷たい視線を向けていた。
「ナクア……お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「同じ事をクレアにも言われました……ですが、やはり、命まで取るのはやりすぎです。その、わ、私は、平気、ですから」
後半につれて台詞がだんだん小さくなるものの、それでも最後まで伝えきる。
誰の目にも平素でないのは明らかだったが、健気な姫の態度に国王は唸り声を上げた。
「うぅ~む……しかしなぁ、ナクア。こやつを放置すればまた同じ事をしでかすやも知れんぞ?」
「よろしいでしょうか、国王陛下」
それまでずっと沈黙を保っていた女が手を挙げ、一歩前に出る。
「何だ、クレア? お前もドラウザの弁護に立つのか」
「いいえ、わたくし自身は陛下と同じお気持ちです。しかし我が主ナクア姫は、大臣の命が奪われることに非常に心を痛め、どうにかして救えないかと頑なに訴えております。侍女としてその一助を行うのは当然のこと」
「うむ。それで?」
「さりとて、このような不義不忠の者が無罪放免などありえません。そこで思い至ったのが、地下書庫の管轄に置くことです」
クレアと呼ばれた侍女の言葉に、再び周囲がどよめく。
地下書庫は、王国の成り立ちからこれまでの歴史の中で生まれたあらゆる記録を全て管理しているという、書物の寝床だ。
そんな広大な施設を、たった一人の人物が管理している話は城内では有名で、ドラウザも噂には聞いている。
クレアの言葉は普通に考えれば閑職への左遷だが、問題は場所ではなかった。
「ほぅ【エルフ】の部下にするのか。ふふ、クレアよ。なかなか面白い趣向だな」
「お褒めに預かり光栄です」
(わ、ワシが……ワシがエルフの部下だと!?)
書物庫の管理をしているのは、世界中から忌み嫌われる【エルフ】の女だ。
呪われた種族の女がなぜ王城で働いているのかといえば、やはりその類まれな能力のおかげだろう。
しかしエルフの地位が最底辺であることは変わらず、ましてや人間がエルフの部下に成り下がるなど尊厳を全て奪われるのと同義だった。
「聞いていたかドラウザ。ここで死ぬか、それとも地下書庫でエルフと共に働くか選ぶが良い」
「ぐふぅ、ううう、ううううううう!」
低い呻き声を上げ、プライドと命を天秤にかける。答えは一つしかない。
「か……寛大な処分に、感謝、いたします」
心の中で血を吐きながら、王に形ばかりの謝辞を述べる。
エルフにアゴで使われる屈辱の日々が待っていたとしても、命には代えられなかった。

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